53話
よろしくお願いします
「この、能力って」
何かに気付いた沙久羅が大扉の方を振り仰いだ。自分には懐かしく愛おしい感覚。待ちに待っていた人が今すぐそこにいる。
『…沙久羅』
自分の結界が何者かによって補強されたことを知った美奈は沙久羅を見下ろして今まで見たことのない表情をしていることに気付いた。
『来たんだね』
そう呟くと大扉の前が突然魔族がいなくなったことを悟り、美奈は結界を一瞬開いた。
そこから滑り込むように入って来たのは、少年と闇の精霊。
「…あ…き、ら」
沙久羅は口に手を当てて覆うと、それきり言葉を失った。
「…沙久羅、ごめん。遅くなった」
耀は沙久羅に近寄ると名を呼んで謝った。沙久羅はただ首を横に振るだけ。もう声なんて出せなかった。ずっと待っていた。声が聞きたい時もあった。心配していたのだ。あんな別れ方をしてしまったから、無事だとは思っても、目で見てはいなかったから、不安だった。本当に闇から抜け出せたのだろうか、一人で立ち直れたのか。まあ、一人ではなかったかもしれない。あちらには沢山のお節介な人たちが多いから。それでも目で見るまでは信じられなかった。
「ごめん、泣いてる暇はないんだよ。まだ本当にこの外が安心ってわけじゃないからね。魔王はこの城の入口で将軍達と遣り合ってたよ。もちろん、そっちにも行きたいんだろう?」
沙久羅の頭に手を置いて優しく撫でながら耀は諭すように言った。
「…そうよ。魔王もこの世界も救って、私たちの世界も救うのよ」
沙久羅は瞳に浮かんだ涙を拭って耀を見上げて宣言するように言った。
「まあ、あっちは七家の人たちがきっと終わらせていると思うけどね」
耀は苦笑してその面々を思い出しため息をついた。
「耀はあの人達に頭が上がらないって感じだね。お姉さんやお兄さんがたくさんできてしまった感じだものね」
沙久羅は楽しそうに笑顔を浮かべた。
もう大丈夫。泣いたりしている暇はない。まだこの戦いは終わってなどいないのだから。
『あと、少しでこの結界が解けてしまうわ。この後は沙久羅、お願いね』
美奈が苦しそうに途切れ途切れに言った。
「任せて、美奈」
沙久羅はそういうと結界が解けてくるのを自覚し、力尽きた美奈を抱き留めた。
「美奈様は私がお守りいたします」
ラティアが沙久羅から美奈を預かると、沙久羅は耀に向き直った。
「わかったと思うのだけど、私たちの味方は美奈とラティアさんの二人だけだよ。魔族はここにいるだけでも2百はいたと思うけど、どう突破するの?」
沙久羅の問いかけに耀は顎に手をやって、少し考えた後、思いついたのかにやりと笑って沙久羅達を見た。
「戦力が少なすぎるから、ここはやっぱり強行突破だね」
「やっぱりそう来るかぁ」
沙久羅は大いに脱力して返した。
「ラティア、美奈を守ってね。私と耀が道を開くわ。あなた達は城の入口を目指して、魔王と合流して。私たちもできるだけついていくけど、置いて行って構わないからね。…美奈、絶対魔王の所に貴女を連れていく」
決意したように沙久羅は言うと結界が崩れ始めた。
『私の能力ではここまでのようだわ。後はお願いね、沙久羅』
美奈は少し荒い息を吐きながら沙久羅に言った。
「もう十分よ。ありがとう、美奈。…行くよ、耀」
「ああ」
沙久羅の呼びかけに短く答えて、耀は先ほど入ってきた大扉を見据えた。
この状況でも不思議と不安はなかった。お互いに近くにいることが実感できている今、恐れることはなかった。
「耀が来るまで時間があったからね、ただじっと待っていたわけじゃないんだから。いろいろ試したいことがあるんだよ」
耀にだけ届くように小さく呟いて沙久羅は口端を上げた。
「ただ待っていることはしていないと思っていたよ。頼むから、無茶だけはしないでくれよ」
耀はやっぱりと小さくため息を吐いた。向こうで時間が過ぎていくのを待っている間、自分もただ手を拱いていたわけではないが、彼女は平気で無茶をする。心配が現実となっていたわけだが、何となくそれでも嬉しい。今度は自分が彼女を助ける番だ。
「無茶は私の十八番でしょ?」
沙久羅は気にする風でもなく、楽しそうに言った。どれだけの事をしでかそうというのだろうか。もう、何も言うまい。耀はそう心に決めて、沙久羅のサポートに回ることにした。
「そうだったね」
もう苦笑するしかない。
それぞれの想いを整理する時間はそう長くなく、大扉が勢いよく開かれた。
ありがとうございました




