43話
よろしくお願いします
時間だけが無情に過ぎてゆく。
何の手がかりもないままに更にひと月が過ぎた。沙久羅が行方不明になってふた月。席は空席のまま、置かれていた。
「…沙久羅」
心配そうに結希が空席を見つめて呟いた。
「いなくなった人の事なんて放っておけばいいじゃない」
そう言うのはクラスでも浮いた存在のお嬢様のような風格を持った人物。
「比賀さんだったかしら、そんな事言うものじゃないわ」
そう言ったのは、耀に用事があってたまたま来ていた美羅依だった。
「宮梛、高等部生徒会長…」
驚いた表情で美羅依を見て、何を思い出したのか、そそくさとその場を後にした。
「…彼女が比賀さん、いえ、魔の者」
美羅依は耀にというよりは彼女を見にやってきたのだった。
「はい、自宅に最近帰ってないそうで、一体、何をやっているのやら。そう言えば隠岐兎という兄がいたはずですが、彼もまた学園以外の生活が全く見えないんですよ」
最近の行動を不空会が探っていたが全く解っていなかった。
「この間の話だけどね。怪しい物件って比賀家の所有物らしいわよ。よくよく探ってみると怪しかった物件すべてで比賀家が関わっているものだったわ」
美羅依は耀にそっと耳打ちした。周りには何を言っているのかさえ分からないような言葉だったが、耀にははっきりと聞き取れる。
「引き続き、彼女を見張ってて。彼女達が当たりなのは確実だから。でも焦らないで。彼らを逃がしたら沙久羅さんが危険になるわ」
美羅依は最後にくぎを刺すのを忘れていない。
「解っています。沙久羅を助けるまでは絶対に逃がしません」
耀の瞳はとても鋭く、野生の獣の瞳を思い出させた。
「…耀君。君には本当に申し訳がないわ。私達に関わったばかりに…」
「美羅依さん、それ以上言うと柚耶先輩が怒りますよ。もちろん俺もですが。これは俺が招いた事でもあるんです。あなたが気に病む事はないんですよ。後は沙久羅を助けだせば良いんです。時間はかかるかもしれませんが、俺は絶対にあきらめない」
耀は机の上に置かれた美羅依の手にそっと指先を触れて頭を左右に振った。そして笑顔を向ける。
「君も、沙久羅さんも本当に強いんだね。私もあなた達を見習うことにするわ」
美羅依はそう言うと耀達の教室を後にした。
「最近、見張られてる事が多くなったわ」
比賀 奈都は右手の親指の爪をギリギリと噛んだ。
「まあ、警戒しない方が可笑しいだろ?あれでも歴戦の勇者たちだ」
隠岐兎は想定内だと言わんばかりに答えた。
「違うのよ。もともと知っていたような感じなの。今までは泳がせていたとでも言いたい感じなのよ」
奈都は悔しそうに言った。
最近は絶対に逃さないと言うようにつけ狙われているような感じだ。
「前に一人やたらと感の良い奴がいたな」
五十年くらい前の事を思い出していた。こちらの世界の住人の寿命の十倍は長寿である魔族の者達は少しずつ姿を変えつつも中身の魂は変わっていない人間の存在を知っていた。魔王が狙うのもその魂の変わらない者の一人だった。
「そう、確か、シロカネと呼ばれていた一番年の若い奴」
何度となくこちらの討伐に来ていた将軍は思い出した。いつも梃子摺る相手だった。
「あいつがいなければ討伐はスムーズにいっていたのに」
奈都は前回の深手を負わされた相手の事を思い出していた。シロカネと呼ばれた奴の側にいた女。
後少しで魔王がこの世界を掌握しようとしていた時に体制を立て直させ、我らを退けた。
「時々思い出す、あの憎き女。私に深手を負わせ、人側の体制を立て直させた奴ら。あいつらから先に始末しなければならないな」
奈都は不敵な笑みを浮かべた。
「焦って仕掛ける事もなかろう。もう少し様子を見ても良いのでは?」
隠岐兎は溜息交じりに言った。
だが、その言葉とは裏腹にこの者はこのまま人側に仕掛けるだろうことは解っていた。冷静さを欠いた行動は裏目に出る事をこの者は解っていない。
「…まあ、正面から行って勝てるものではないな」
奈都の言葉に少し驚いた表情をした。
「何か、おかしいか?」
「いや、まさか冷静だったとは」
「私はそれ程頭に血が上り易くはない。それなりに策は考えてあるのだ。あいつらすべての首を魔王様に献上してくれよう」
奈都は楽しそうに言った。
その表情に冷や汗を内心掻いていた。
さすが魔将軍と言われ、恐れられた女将軍。魔界でも五本の指に入ると言われる勇将よ。と感心していた。
ありがとうございました。




