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36話

よろしくお願いします

その手は人の腕だった。少年の腹部は中からの力で大きく張り割け、体中の血が腹部から流れ出ているようだった。あたりに血の臭いが充満し、その赤い中に浮かぶように突き出された白い腕は女性のような腕だった。

 耀は信じられないものを見せつけられ、何もできなかった。沙久羅も耀の後ろから一部始終を見せつけられ、何もできずに立ち尽くすしかなかった。

 放心している耀をよそに白い手は耀の後ろに立ち尽くしている沙久羅を狙って更に突きだされた。

「耀、沙久羅ちゃんを守りなさいっ!」

 戦闘を終え、耀達の様子を見に来ていた祐希が異常に気付き、耀に叫んだ。

「沙久羅」

 耀はその声にハッとしたように我に返り、後ろでまだ立ち尽くしていた沙久羅を庇ってイヴァーレを呼び出すと、闇の結界に逃げるように連れ込んだ。



「逃げたか」

 手の持ち主は血液に汚れた手を一舐めして舌打ちした。結界に入り込まれては、この世界の身体に慣れていない今は手が出せない。

「まあ、良い。今回は様子見だからな」

 少女はくすくすと笑って血液を振り払った。

「カリス将軍。いかがでしたかな」

 青年が楽しそうに聞いた。

「馬鹿者。今はその名で呼ぶでない。今は比賀(ひが) ()()という名を持っている。そちらで呼ぶが良い、カグエリルいや、隠岐(おき)()兄さん」

 少女は楽しそうに言った。

「そうそう、その調子ですよ、奈都。この男の能力もまあまあですし、我らには打ってつけの人材でしたね」

 青年も楽しそうに答えた。今の状況を本当に楽しんでいるようだった。

「兄さん、またしばらくは大人しくしていましょうか。私はクラスメイトと楽しい学園生活というものを満喫してきますわ」

 少女は口の端を持ち上げて不敵に微笑んだ。

「そうすると良いでしょう。あ奴らももう少し泳がせてやりませんと」

 青年の目の前には数人の精気の抜けたような男たちが立っていた。

「そうね、使いものになるまでは大人しくしているわ」

 少女はこの後にある楽しいことに思いを馳せているようだった。

 魔界の者を信用するなんて馬鹿げているのですがね。

 カグエリルは少女の後ろ姿を見送りながら思った。魔界の歴史は騙し合いの歴史でもある。裏切りと殺戮。信用する者は馬鹿を見る世界。裏切るだけ上を目指す事が出来た。今の地位は自分自身で築き上げた。これからもそうする。魔王を倒し、自らが魔王になるその時まで続く。いや、その先までも黒く塗り固める様に続く。

「そのためには魔王の弱点を手に入れなければな」

 ほくそ笑むその顔は楽しそうに歪んでいた。

ありがとうございました。

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