31話
よろしくお願いします
「何者!」
ラティアは手にした短剣を投げた。
「メイド、さすが魔王様に気にいられただけはあるな」
短剣を大剣で薙ぎ払い、そう言って入ってきたのは美菜も姿を見たことのある人物、カリス将軍だった。
「将軍、如何して、このような所に…」
ラティアは美菜を背に庇いながら聞いた。
「そのものを渡せばお前は死ななくて済む」
有無を言わせない言い方にラティアは一層睨むのを強くした。ここで少女を渡して、自分が生きながらえようとも魔王は許しはしない。そんなこと、将軍だったなら知っているはずだ。
「私は美菜様を守る様に仰せつかっております。離れるわけにはいきません。たとえ将軍の命令でも渡すわけにはまいりません。それに将軍、魔王様の直接命令なくしてここに踏み込んで良いはずもありませんよね」
ラティアの手は震えていた。自分一人でこの魔将軍と言われているカリスに勝てるはずなどないのは日を見るより明らかだった。
その時、きゅっとラティアの腕を掴む手があった。しきりに首を横に振る。もうやめてと訴える。
「やめるわけにはいかないのですよ。相手がだれであろうと、私はあなたのメイドです。あなたを守るためにここにいるのですから」
ラティアはそっと少女の手に触れた。
美菜は願うしかなかった。魔王を今は心から呼びたかった。
『…助けてっ!』
美菜は魔王に届かないかもしれないと思いつつも心の中で強く願った。この声を届けてと……
そうしているうちにラティアはカリスに簡単に弾き飛ばされ、部屋の奥で意識を失っている。出血はさほどではないにしても、頭を打っているかもしれない。治癒の魔法を使ってあげないと命にかかわるかもしれなかった。
「自分の不運を呪うのだな、小娘。死ね!」
大剣が美菜に振りおろされようとしたその時にカリスの大剣が宙を舞った。
「何をしている」
窓から恐ろしい形相の魔王が姿を現した。
「カリス、我が部屋に何の用だ。この部屋には誰も近づくなと言っておいたはずだ」
そう言うと美菜の傍に近寄り、怪我がないのを確認して抱き上げた。
カリス将軍は両手を震わせて魔王にひれ伏した。
「私はただ…」
「そなたに理由など求めぬ」
そう言うと魔王は手にした剣でひれ伏しているカリスに切りつけようとした。それを美菜は小さな手で制した。首を横に振る。殺してはいけないと瞳で訴える。
「美菜…そなたを殺そうとしたものの命を私が奪って何が悪い」
手に力を込め、振りおろそうとしていたが、美菜がかたくなに首を横に振り続ける理由を理解した。
「…解った、一度だけそなたに従おう」
魔王はそう言うと剣を納め、カリスを開放した。
カリスが出て行ったのを確認して、魔王に美菜はラティアの事を知らせた。自分を守ってくれたのだと。
「そなたが面倒を?メイド仲間に任せろ。そなたは私の近くにいなければならん。またこのようなことが起こってはラティアのような優秀なメイドがいなくなる」
魔王の言うことも尤もで、美菜は従うしかなかった。ラティアは魔王が殆ど傷を治しておいた。
「そなたの優しさは癒しにもなるが、害にもなる。特にこの世界では害になりやすい。すべての者に情けをかけてやることはできん」
魔王はラティアを下がらせた後、結界を掛けながら言った。
「それより、そなたの声が大聖堂まで聞こえた。一体何をしたのだ?」
美菜は首を横に振った。解らないと。
そして、思い当たることが一つだけあることを思い出した。魔王の手にそっと触れる。
『これで、私の声は届きますか?』
魔王の頭に直接響くような声が聞こえてきた。
「ああ、この声だ。頭に直接響く声だった」
魔王は驚いて美菜の手を握った。
『もともと、私は接触テレパスという超能力を持っていたのです。まさか、今になって使えるようになるとは思いませんでしたけれど……』
美菜は苦笑して魔王を見上げた。
「まあ、これでそなたと話すことができる。そなたの能力は危機があると強まるようだ。そなたが危険な目に合わぬ方が本当は良いのだが、そうも言っていられない。何かあった時はその能力を使うが良い」
美菜の頭を優しく撫でると、結界を張り終え、部屋を出て行った。
仲間に取り押さえられたカリス将軍は縛られたまま魔王の前にひれ伏した。
「あそこでは美菜が泣くのでな、切り捨てることはしなかった。カリス、一度だけチャンスをやろう。あちらの世界に行き、七つの珠を持つ者の息の根を止めて来い。それができぬ限りはこの地を踏むことは許さぬ」
魔王はそれだけ言うとその場を立ち去った。
カリスはただ黙って聞いていた。今その場で切られても仕方のない事をして、チャンスをもらえる。それだけで良かった。
解き放たれた手足を確かめるようにギュッと握って、力が入ることを確認すると、口を強く引き締めた。これに失敗すれば自分は二度とこの地には、魔王様のもとには還ってこられない。覚悟を決めて、世界を後にした。
ありがとうございました。




