30話
よろしくお願いします
今回の報告はあの世界の事だった。魔王の力を使える者に能力を植えつけることに成功したとの報告だった。
「そうか」
魔王はただそう言っただけだったが、明らかに言葉が弾んでいた。また、あちらの世界の女が来る。女性将軍、カリスはぎりっと歯を噛んだ。
なぜに魔王はあちらの世界を欲するのかわからなかった。
「もう少し見る必要があるな。引き続き報告を頼むぞ、リスキート将軍」
魔王はそう言うと会議を終えた。
先程の美菜の抵抗ぶりに少々疲れたが、また顔が見たくなる。笑うことがない彼女を笑わせてみたい。
そんなことを思っていること自体、今までと違うのだということに魔王自身まだ気づいてはいなかった。
魔王が部屋を訪れると、美菜はベッドから一歩も動いてはいなかった。ただ、泣き疲れて寝ているようだった。
「…つまらぬ」
美菜のベッドに腰掛けて、拗ねたような表情をした。
「美菜」
少し起こしてみようと思い、声をかけるが美菜は起きなかった。そのうち寝がえりを打つと、魔王の手に美菜の手が重なった。その手をきゅっと掴む。
大きな魔王の手に小さな子供の柔らかい手。その手が縋るように掴んできた。
「そなたの手は暖かいな」
そう一人呟くと美菜を起こさないようにそっと抱き上げた。
「私も疲れた。ともに休むが、また泣くなよ」
魔王は美菜を包むように抱き、眠りに就いたのだった。
美菜は目を覚まして驚いた。いつのまにか寝てしまっていたらしいが、いつ、魔王が来て寝ていたのだろう。それも、自分を抱きしめている。これでは起き上がれない。
長く溜息を吐いて、美菜は魔王が起きるのを待った。大体、自分で起きられるはずもない。
しばらくすると魔王も目を覚ます。闇に包まれたこの世界ではいつが昼でいつが夜かわからない。目が覚めた時が昼で眠くなる時が夜なのだそうだ。
「起きていたのか。朝食にするか」
魔王は起き上がると美菜も起こしてやる。美菜は言われるままにするしかない。
「着替えはラティアに頼んである。すんだらまた迎えに来る」
そう言い置いて魔王はさっさと出て行ってしまった。
数分置いて女性のメイドが入ってきた。ラティアと呼ばれたメイドが入ってくる。いつも美菜の世話をするのがこのラティアだった。人のようだが、耳は頭の上に猫のように付いていた。後ろを向くとフルフルとねこの尻尾も付いている。
「美菜様、お着替えを」
言われるままにこくりと頷く。着ていたものを自分で脱いでいく。
「本当は美菜様のようなお方は何もせず、私がすべていたしますのに」
ラティアはそう言うが美菜は首を大きく振った。できることは自分でやると意思表示した。この二年間でラティアにメイドが代わるまで何人代わってもらったろう。自分の事をさせてくれない人たちばかりで、酷い人は魔王に取り入ろうと画策までしていた。魔王はそんなことはお見通しで、一日で何処かに行ってしまった。
「では、今日はこちらを着てくださいませ」
差し出した服はシンプルなデザインの水色のワンピース。美菜の服は本人が脱ぎ着しやすいようにラティアが殆ど用意した。ただ、謁見の間に連れて行かれる時には仕方なく付き添い用の豪華なドレスを着なければならず、その時はラティアが着換えさせた。
何とか着替えを終えるとラティアが最後におかしい所がないか確かめて終わる。
「では、魔王様がお越しになるまでお待ちください」
ラティアは一礼して出て行った。
そのあとはいつものように朝食を魔王と共に摂り、部屋に連れられて、政務がない時は相手もしてくれた。
自分の身体が自由なら言うことはないのだが、それはきっと許されない事なのだろう。そう思って美菜は魔王の言いなりになっていた。
夕食の時、魔王は帰ってこなかった。何かあったのかと少し不安に思った。
「美菜様。魔王様は本日、お出かけになっておられるのですよ」
ラティアに言われ、はっとする。まさか、あちらの世界?と慌てて聞こうと縋る。
「ど、如何したのです?魔王様は近隣諸国の王達との謁見のために城下街の大聖堂におられます。そちらには連れていきたくないからとおっしゃっておりましたよ」
ラティアの言葉にほっとする。
「近くにおられるのがわかってホッとしましたか?」
ラティアが聞くと美菜はこくこくと頷いた。
「夕食はこちらにお持ちするように言われておりました。どうぞ」
ラティアはそう言ってサイドテーブルにたくさんの乗り切らない食事を持って来た。
美菜はそれに困った顔をする。作ってくれたものはどれもいつもおいしくて残すのが勿体ない。魔王が言うにはこの世界は貧困にあえいでいる者も少なくないと聞く。自分がこんなに良くしてもらう事は申し訳ない気がした。
美菜はひとりで食事をするときには最近はラティアを共に付ける。一人での食事は寂しい。
「…解っておりますとも。私も少し戴きますね」
ラティアはそう言うと美菜の前に椅子を持って来た。
「これで良いですか?」
美菜は嬉しそうに頷く。その顔を見てラティアは嬉しそうに微笑み返した。ラティアはこの少女が連れ去られてきた時の事を良く知っていた。
魔王が困ったようにラティアに少女を押し付けた時があった。その時は少女自身が混乱したままだったこともあり少女自身は覚えていない。できたなら、彼女を世話してみたいと思ってはいた。しかし、メイドでも下に位置していた自分にはまわってくることはないと思っていた。
この人形のように可愛らしい人間の少女を魔王はいたく気に入っていた。彼女に気にいられなかったメイドたちは悉く死刑になっていた。まさかそんなことになっていたとはこの少女は知る由もなかっただろう。だが、それでも仕方ないとラティア自身は思っていた。この世界では魔王は絶対的な存在だし、その魔王が決めたことに逆らうことは神に逆らうことなのだ。
「紅茶のお代わりをお持ちしますね」
ラティアはドアの近くに置いていたティーソーサーを手にした。
その時に何に気づいたのか、ラティアは急いで美菜のところに戻った。
美菜は不思議そうにラティアを見上げた。
「美菜様、魔王様がお戻りになられるまで、私から離れずにいてください」
魔王が掛けていた結界が破られた。ラティアはそれにいち早く気づき、美菜を庇うように守ろうとした。
ドアはゆっくりと開けられた。
ありがとうございました。




