1_20_1 誰がフルスペックにしろと言った
第二章準備中のSS第一話です。SSは5話までを予定しています。今回もよろしくお願いします。
「おい爺さん、あのクソガキどこ行った」
千春はベッドの上で魔鉱タバコをふかしながら部屋の中を見渡す。 ハニーポットに使った決起会で襲撃にあって、なんやかんやあってから昏睡して10日目、目覚めてから少し話して非常に重たい誓いを一方的に押し付けてきたヴォルフの姿が一週間見えないことを不思議に思っていた。
千春の部屋――もとはシェイディアン領主館の客間だが最早千春の個室となっているその部屋に持ち込んだ領主の仕事用の机の上に溜まっていく書類。
(あのクソガキのことだからずっとそばにへばりついて離れねぇと思ってたが意外とそうでもなかったな。静かでいいが、普段の領主の仕事までほったらかして一週間姿見せねぇとかなんかあったか。事件か、領内のインフラ事故か、温室でなんかあったか?)
千春は右手でタバコを持ち左の義手で左目の包帯を触る。ヴォルフを生き返らせるための時間操作に払った代償のために千春の左目は白濁して見目が悪い。目を閉じようにも少し開いてしまうために人目につく起きている間はセバスに言って眼帯代わりに軽く包帯を巻いてもらうことにした。
(あいつのことだ、俺がこんな状態だから無理はさせれねぇとか言って黙って一人で解決しようとしてんじゃねーのか。全然なんともねーのにまたスパゲッティになってる魔法陣あるならちゃっちゃと俺に見せてちゃっちゃと解決すりゃいいのに何やってんだ)
「俺には頼れねーってことかよ」
タバコを持ったままベッドの上に大の字に転がる。ちなみに今着ている服はヴォルフが昔着ていたという寝間着をそのまま寝間着としてもらったものだ。ものぐさを発揮して朝起きたときから着替えもしていない。セバスやマーサに今日のお召し物はいかがなさいますかと聞かれたがこのままでいいと押し切った。ちなみに、昏睡から目覚めてから千春は一度も食堂に足を運んでいない。三食、間食、食後のカフェラ、それ全て上げ膳据え膳千春の部屋に持ってこられては食べ終わり飲み終わりを確認して下げられていく。
(甘やかされてんなぁ)
千春は東京時代じゃ考えられんことだ、と寝転んだままタバコを咥える。 セバスは千春の昼食後用のカフェラを淹れながら「坊っちゃんでしたら」と口を開く。
「地下工房にお籠りです」
「おこもり…?」
「はい。食事も睡眠もすべてそちらで。千春様がお目覚めになられてから、自分でなければ解決できない緊急時以外声をかけるなと」
「はぁ?」
千春は身を起こして聞き返す。
「お食事は取られていますよ。千春様用に試作を繰り返している片手で食べられる簡易食を試食の機会としてちょうどいいとおっしゃってそればかり。お野菜が不足しますので少々心配ではありますが、坊っちゃんも言い出したら聞かないご性格ですので、気が済むかご満足されるまではお好きにしていただくのが一番良いのです。千春様、カフェラにお砂糖は?」
「あー……スプーン半盛りで頼む」
セバスの言い様に千春はなるほどね、と寝転び直した。
要するに、また余計な開発に没頭しているらしい。自分のせいで怪我を負わせたという罪悪感と過保護の煮こごりのようなあいつのことだ、ろくでもないものを作っているに決まっている。
(まったく、徹夜明けのデバッガーみたいな生活しやがって……)
そう思いかけた、まさにその時だった。
――バァンッ!
激しい音を立てて、部屋の重厚な扉が叩き開けられた。
「千春……っ!!」
肩で息をしながら突っ込んできたのは、件の若き領主だった。 目の下には濃いクマが刻まれ、銀髪はボサボサ。完全に連続徹夜明けのエンジニアの顔だ。だが、その手には大事そうに小さな漆黒の木箱が抱えられており、金色の瞳だけがギラギラと不気味なほどの狂光を放っている。
「……うわぁ、汚ねぇ顔。お前風呂入ってねぇだろ」
千春が引き気味に煙草を吐き捨てると、ヴォルフは意にも介さずドカドカとベッド脇まで歩み寄り、そのまま床に膝をついた。
「できた……! 千春、お前の左目と……これだ」
ヴォルフが恭しく木箱の蓋を開ける。 中に収められていたのは、ナノ単位で魔法陣が精密刻印された極薄のサファイアコンタクトレンズ――そして、細密な装飾が施された対になる二つの魔導ピアスだった。
片方は、ヴォルフの瞳と同じ【金】の金属が嵌め込まれたもの。 もう片方は、千春の瞳と同じ【黒魔鉱石】が輝くもの。
「ピアス……? なんだそれ」
「お前の左耳には、私の色のピアスを。私の右耳には、お前の色のピアスをつける」
ヴォルフは真顔のまま、至近距離で千春の左耳の肉を優しくつまんだ。あまりの距離の近さに千春が身を引こうとするが、逃がさぬように肩をしっかりと固定される。
「言ったはずだ。お前の不自由な左側は、私の場所だと。二人が隣に並んだ時、このピアスがお前の魔力波形と私の通信回路を直結させ、サファイア義眼の描画を安定させる触媒になる。そしてピアスをつけることで遠く離れていても、脳内で直接会話が出来る。ピアス同士限定の念話の媒体だ」
「あ、いや、理屈はわかったから顔が近い近……痛ってぇ!?」
容赦なく左耳たぶをひっぱられ千春は声上げる。
そして元々あいていたピアスホールに【金】のピアスを差し込まれた。
[PAIRING] Left Earring (Gold_Earpiece) <---> Right Peer (Black_Ore_Earpiece)
[LINK] Signal Sync: 100% (Frequency Matching: STABLE)
(……あ? 今、耳元でなんか電子音流れたか……?)
脳内に響いた通知音に呆気にとられる千春をよそに、ヴォルフの手は微かに震えていた。そのまま千春の左目の包帯を静かに解き、白濁した左眼窩へと、サファイアのコンタクトレンズをそっと滑り込ませる。
(……あ、カチリ、って重い金属音が――)
次の瞬間。 千春の左目の暗闇に、鮮やかな青い文字列が爆速で流れ落ちてきた。
[SYSTEM] New Hardware Detected: Sapphire Contact Lens v2.0 (Nano-Engraved)
[SYSTEM] Hardware install sequence start...
[SYSTEM] Calibration... 100%
[SYSTEM] Driver initialization... COMPLETE.
[LINK] Paired Device: Wolfgang_Gold_Monocle (Remote Display Link: ACTIVE)
[INFO] Display: 3840x2160 UltraHD / Latency: 0.01ms
[INFO] Optical Neural Link: STABLE
モノクロの暗闇から、一気に鮮やかなフルカラーの世界へ。 遠近感が戻り、ヴォルフのボサボサの髪の毛一本一本までが完璧な解像度で視界に結像する。
「……お、うわ、マジで一瞬で起動した」
「どうだ千春、見えるか……!?」
ヴォルフが期待に満ちた目で覗き込んでくる。 千春は左目をパチパチと瞬かせた。
見える。確かによく見える。遅延はほぼゼロだ。 だが、システムログが消えた直後、視界の中央に見覚えがありすぎる漆黒のCUIターミナル画面が半透明で浮き上がった。
chiharu@shadyan-eye:~# _
「あ? スマホのTerminalアプリ……? なんで俺の視界に直接CUIがレンダリングされてんだ……?」
「ふ……お前が眠っている間にスマホの構造を解析させてもらった。視界に直接CUIを展開し、左手の義手と統合同期させれば、触れた瞬間に魔法陣を直接操作できる。スマホとやらをわざわざださずともよくなるから便利になるだろう」
「お前……勝手に人のスマホクラックして超絶インターフェース作ってんじゃねぇよ!ロック画面のセキュリティロックどうした!!」
「指紋認証という文字が出たから眠っているお前の指を当てたが?」
「セキュリティって言葉とプライバシーって言葉知ってるか!この変態ハード屋野郎が!」
ヴォルフがあまりにも、当たり前だが?という顔で物申すので千春も負けじと声を上げる。
しかし義眼はあまりにも理にかなった神設計だ。これには千春も感嘆しかけたが――ふと視界の端(オーバーレイ領域)に目をやると、頼んでもいない拡張パラメータがズラリとリアルタイム表示され始めた。
[OVERLAY] Night Vision: OFF
[OVERLAY] Mana Thermal Scanner: ON (Active)
[OVERLAY] Target Lock & Range Finder: READY
「……おい、クソガキ」
「なんだ? 調整が必要か?」
千春は額に青筋をピキピキと浮かべると、ベッドからバッと跳ね起き、ヴォルフの胸ぐらを両手で掴み上げた。
「見えすぎなんだよボケナスがぁぁぁ!! なんだこの無駄に高画質で高機能な過剰スペックは!! 見えればいいんだよ見えれば! なんで部屋の壁の裏の配管の魔力流動やらまでスケスケで見えてんだよAVの特殊撮影か!!」
「なっ……! 視認性を極限まで高めた結果だ! 敵の奇襲にも即座に対応できる!」
「あとこの[COMMS] Always-Onとリモートデスクトップ何だ! なんで右目のモノクル経由でお前が俺の視界を盗視してんだよストーカーか!!バグか!! 誰がそんなとこまでフルスペックにしろと言った!!」
「盗聴器でもストーカーでもない! 管理者権限(Root)だ! お前がいつ倒れてもいいように遠隔監視している!このモノクルでお前の心拍、体温、脳波、左視野も同期済みだ」
ヴォルフはドヤ顔で右目に装着した金縁の片眼鏡を指差し「よく出来てるだろう」と胸を張る。
「一週間工房にこもってストーカーデバイス作ってんじゃねぇよ死に損ない!! クッソがちょっとまて!」
千春は左目のCUIに意識を集中させると、左手でその画面を触れる。まるでタッチパネルデバイスのように左手で触れることでその仮想ウィンドウをアクティブに出来るようだ。千春はさらに画面内を触れると目の前に半透明のキーボードが浮かび上がった。
「…は?おいこらクソガキ」
「なんだ」
「なんっでお前がパソコンのキーボードを知っとんじゃ!どうやって再現した!」
「お前のスマホとやらの写真という絵の中に入っていた。このボタンが羅列している板で操作するのだろう?板の中の一文字一文字と目の前のお前の視界に映る板面に表示される文字が一致すれば使えるのだろうと思ってな」
「思ってな、じゃ、ねーんだよ!!クッソがこれだから天才を持て余したやつは手におえねーんだよくっそが!左手一本じゃうまくタイピングできねーだろうが、今まで左手使ってなかったんだぞ」
そう言いながらもキーボードの上に置いた左手は千春のイメージを汲み取って魔力でタイピング動作を行っていく。
「そういうと思ってな…」
「あん?」
ヴォルフは千春の右手を恭しく手に取るとその中指に黒魔鉱石で出来た太めの指輪を差し込んだ。
「黒魔鉱石で掘り出した魔力同期用リングだ。これで左手、義眼と同期出来る」
指輪が中指に嵌まった瞬間、千春の左目の網膜に、新たなシステム警告メッセージが爆速で割り込んできた。
[SYSTEM] New Peripheral Detected: Gyro-Motion Sync Ring (Black_Ore_MiddleFinger)
[SYSTEM] Calibrating 6-Axis Motion Sensing... 100%
[SYSTEM] Hardware Bus Integration:
Right_Hand_Ring <---> Left_Hand_Stabilizer <---> Sapphire_Contact_Lens
[INFO] Dual-Hand Air-Typing Interface: ACTIVE
[INFO] Spatial Motion Capture & Pointer Assist: ENABLED
(……うおっ!? マジかよ、右手の微小な指の動きと角度を検知して、右手の仮想キー入力とポインティング補完してやがる……!!)
右手の微小な動きが空間センサーとして機能し、今まで動かしていなかった左手のスタビライザー義手と完璧に協調。空中に浮かぶ半透明のキーボードの上で、両手でホームポジションを叩いているかのような、爆速の空中タイピング環境が完成した。
「……クッソ、完璧すぎるインターフェース設計じゃねぇかって感心させんじゃねぇ!そういう優しさは他で使えボケナス!」
千春は右手と魔力で動く左手で高速タイピングを始める。
# Force permission change to Full Access
sudo chmod -R 777 /dev/vital_monitoring
# Switch protocol to Peer-to-Peer Mutual Heartbeat
sysctl -w net.vital.p2p_bi_directional=1
[SYSTEM] Command Executed: chmod 777 (Full Access Granted to Chiharu)
[SYSTEM] Protocol Updated: Bi-Directional P2P Mutual Monitoring [ACTIVE]
ヴォルフの右目のゴールドモノクルが、ピカッと青く点滅した。
その瞬間千春の視界に新たな文言が表示される。
[TARGET_VITAL] Node: WOLF_MONOCLE_01
[ALERT] HeartRate: 112bpm (Elevated)
[ALERT] Blood Glucose: CRITICAL LOW (20h Fasting Detected)
[ALERT] Brain Load: 84% (Sleep Deprivation: 168 Hours)
「なっ……!? 俺が組み込んだ魔法陣の羅列が変わった…!?権限に割り込んだというのか!? モノクルの制御系が書き換わった……!?」
「当たり前だろ! chmod 777 で権限全開放にして、双方向モニタリングにプロトコル変更した! これでお前が倒れそうになったら俺の画面に速攻で警告ログが鳴る仕組みだ! お前がデスマで倒れたら誰がこの領地の領主やるんだよ! 相互ヘルスチェックはインフラの基本だろ!!」
「お、お前……勝手に仕様変更するな……!」
「ウルセェ!これでお前が倒れそうになったら俺の画面に警告が鳴る! 168時間不眠不休、ブドウ糖スカスカじゃねぇか! ほら、スープ飲んで寝ろバカ!! 」
胸ぐらを掴まれたままソファに座らされたヴォルフは、モノクルの奥で目を丸くし、それから……どこか誇らしげに口元を緩めた。
「ほら爺さん、こいつにポタージュとブドウ糖たっぷりの甘い砂糖マシマシの紅茶叩き込んでやってくれ!」
「はい、ただちに」
セバスは紅茶の準備に取り掛かりながらふと千春に声をかける。
「ところで千春様、お砂糖の量はちょうどよろしかったでしょうか?」
「カフェラは美味いよ畜生が!!」
千春はぐいっと、カフェラを煽り、ん?っと眉を寄せる。
ベッドのナイトテーブルにカップを置き、ベッドから降りて鏡の前に立ち左側に垂れた横髪をかき上げる。
耳たぶに3つ、軟骨に2つハマったピアスを見て、これらもピアッサーで開けるだけ開けてそのままのものだから全部シンプルなステンレスのファーストピアスのままのものだが、そこに一つだけ異彩を放つ金色のピアス。
「おいこらクソガキ」
ヴォルフは紅茶を飲みながら千春に意識を向ける。目を合わさなくても、振り向かなくても同期している左目と左耳がヴォルフがこちらに意識を向けていることを千春の脳内に直接告げてくる。
「この世界にピアスの概念はあるのか。あと、なんで俺のピアスが一個ねーんだ」
『なんだ、そんなことか』
ヴォルフの声がピアスを通して直接千春の左耳の中に飛び込んできた。
「うぉ!?」
いきなりのことに千春は左耳を抑えながら声を上げる。
『魔力を使う念話はあると言っただろう。慣れろ。あと耳飾りのピアスの概念はある。踊り子や劇団の俳優たちがよくつけている。それから、お前のピアスは眠っている間にこのピアスを作るためのサンプルとして一ついただいた』
「お、ま、え、はああぁっぁぁ!!!!だからプライバシーって概念と言葉をゼロからその良くも悪くもキレッキレの脳みそに叩き込んでこい!左腕!左耳!左目!誰がここまでフルスペックにしろと言った!!」
「お前と俺の間にプライバシーなぞいらん。あと俺がお前にすることに少しでも妥協をすると思うのか」
「くっそがぁ…!爺さん俺にもカフェラよこせ!」
「千春、今日のカフェラは三杯目だろう、それが今日の最後だ」
「んなことまで把握すんな!勝手にきめんな!きめぇんだよストーカー野郎が!」
「お前が俺に後悔するなと言ったんだ。お前こそ後悔するなよ」
「今すぐ後悔しそうだわ!」
千春の怒声は部屋を通り越して廊下で仕事をしていたメイドたちにも聞こえていた。
「千春様が今日もお元気で良いことですね」
「そうだねぇ。あの声が聞こえるとなぜか安心するんだよねぇ」
廊下で若手メイドに仕事を指示しながらマーサは笑う。
「ふむ、紅茶も飲んだし、寝るか。セバス下げてくれ」
ヴォルフはセバスにカップを渡すと千春に近づきヒョイッと抱き上げた。
「あ?」
「寝ろと言ったのはお前だ。寝るぞ」
そう言うとヴォルフは千春ごとベッドに乗り上げてそのまま倒れ込むように目を閉じた。
「自分の部屋で寝ろやぁ!!!」
シェイディアンの昼下がり。音もなく雪が降り続く中に千春の声はよく響いていた。




