1_20 エピローグ2
シェイディアン編本編完結です、ここまでお読みいただきありがとうございます。
さらに3日後―
「んん…、朝か…」
千春はベッドの上で状態を起こし、まず座る姿勢を取った。そのまま掛け布団は下半身にかけたまま胡座をかき部屋の中を見渡す。
右手でまず顔の右半分を覆い、そのあと左半分を覆ってやはり左は何も見えないことを再確認して、ふう、と息をついた。
「まぁ、これで済んだなら安いもんか」
千春は右目だけで部屋の中を見渡す。日照が少ないと言われるシェイディアンで珍しく朝日の明かりがまどから入ってきていた。ナイトテーブルに目をやると、いつもの魔鉱タバコと水差し、そしてグラスが目に入る。
右手を伸ばし、まずは乾いた喉を潤そうと水差しに手を伸ばすが距離感が掴めず中を空振る。ゆっくり慎重に手を伸ばして水差しを手に取りグラスに水を注ぎ一気に飲み干した。そしてタバコを手にとろうとするがこちらも距離感が掴めず何度かテーブルの上をパタパタと空振ってしまう。再び慎重に手を伸ばして、やっとタバコを手に取ることが出来た。
ヴォルフが用意してくれた魔鉱タバコ用のイチゴフレーバースティックを刺してきゅっと握り魔力を通すイメージをする。するとスティックを挿す部分の魔鉱石が青白く光って加熱している証拠の蒸気が少しずつ上がってくる。
この蒸気にもイチゴの香りがついていることは千春の密かなお気に入りだ。
魔鉱タバコの本体が少しだけ手の中で震えて十分に加熱が終わったことを知らせると、千春はすぅっと一口吸い込んだ。
「はぁー。このメンソール感たまんねー、目が覚めるー」
ヴォルフが用意したこの魔鉱タバコのスティックは千春好みの強いメンソールを再現してあり、いたく気に入っている。
タバコをくゆらせながら、千春は部屋の中を改めて見渡した。ソファに座り腕組みをしてそのまま眠っている様子のヴォルフ。執務机の上の書類とティーカップ。ここでヴォルフが仕事をしていたことは一目瞭然だった。
(…俺、何日寝てたんだ…)
千春はゆっくりと瞬きをしてベッドから足を下ろす。
裸足のまま、絨毯の上をゆっくり歩き、タバコ片手にヴォルフに近づいていく。
ヴォルフの目の前まできて、ゆっくりとしゃがみ込んで下から顔を覗き込むと端正な顔立ちにしっかりとクマを残した顔。
「…っふ、ひっでぇ顔」
千春はそのままタバコを吸い込み、ふぅっと吐いて立ち上がる。
「おい。おいこらクソガキ」
千春は義手の左手でヴォルフの額を小突いてやった。
その刺激でヴォルフはバチンと目を開けてガバっと顔を上げる。金色の目が驚愕に揺れていた。
「ち…はる…?」
揺れる金色はタバコ片手に立って不遜に笑う黒髪の姿を映して水の膜を張った。
「おーおー、千春様だよ、ひっでぇ顔してんなぁ領主様よぉ」
すぅー、はぁーとタバコを吸い、黒い瞳の右目を細めてにやりと口端を上げる。
寝巻き代わりとして渡されたヴォルフが十代の頃に着古していた柔らかい生地のシャツとズボン、ズボンは裾を余らせて足の甲を半分以上隠し、シャツは袖が長く余っていてタバコを吸うために持ち上げている右腕はブカブカの袖口を肘あたりに余らせ、左手はすっぽりと義手を指先まで覆った状態で腰に当てている。
そして揺れる金色に張った膜はあっけなく決壊した。
「…千春!」
飛び上がるように立ち上がったヴォルフは千春をぎゅうぎゅうと抱きしめポロポロとその頬に大きな雫をこぼし続けた。
「おい、こら、くるしい、離せ」
「嫌だ、離すものか」
ヴォルフはさらに力を入れて思い切り千春を抱きしめる。
「よかった、千春が立って動いている、喋っている。二度と離さない。…。はは、おかしなものだな、千春が目覚めたら、話したいことが山程あったはずなのに、いざとなると言葉が出てこない…」
「いいから離せ!離れないから!タバコが吸いたいだけだ!」
その言葉をきいて、ヴォルフはおずおずと腕の力を緩めた。
腕の中には不機嫌そうな顔をした千春が、まったく、と言いながら右手でヴォルフの腕を押し、一歩下がった。そしてタバコを咥えて苺の香りがする煙を吐き出した。薄っすらと桃色に色づいている煙が二人の間をたゆたう。
その千春をヴォルフは抱き上げベッドへと連れて行く。
「おいこら」
「不安定な視界で立っていては危ないだろう、そのままタバコを吸っていていい」
ヴォルフは千春をベッドに下ろすとそのまま甲斐甲斐しくヘッドレストにクッションを敷き詰めて千春の背もたれにしてやった。そして再び千春を抱きしめる。
「おいこらクソガキ…人をぬいぐるみか抱き枕と勘違いしてねーか」
「今はこうさせてくれ、お前が生きている、その実感が欲しいんだ」
ヴォルフの訴えに千春ははぁーっと大きくため息を付いた。
「あー…悪かった。心配かけた。何日寝てたか知らねーけど」
「一週間と3日だ」
「まじか」
流石に寝ていた日数を聞いて千春も引いた。その間、夢現で目を開いたりヴォルフと話をした記憶もうっすらあるが、それが現実なのか夢なのか千春には区別がつかなかった。
「お前が、血みどろで俺の上に倒れていて、生きた心地がしなかった」
ヴォルフはぽつりとこぼす。
「俺を生き返らせるために左目を犠牲にしたと。血を吐きながら神に抗ったとダクネスに聞かされた。すまない、お前を守ると誓ったのに、お前を傷つける結果になってしまった。俺はお前に償いきれない代償を払わせた」
ヴォルフの声が震えている。千春はそのヴォルフの背に左腕を回してぽんぽんと優しく叩く。
「償うとかそんなんいーわ。お前がこうして生きて動いてりゃ俺的にはノーエラーだ」
千春の言葉にヴォルフはゆっくりと顔を上げる。その顔を見て千春はふはっと破顔した。
「イケメン領主様がひっでぇなさけねぇ顔だなぁ」
千春の言葉にヴォルフは耳の先を赤くして答える。
「お前は…俺がどんな思いで血みどろのお前をここまで連れて帰って、この10日を過ごしたと思ってるんだ。このままお前が生きたまま動けない体になったらと思うと恐ろしくて仕方なかった」
ヴォルフの言葉を千春は静かに聞く。
「俺は、俺はこの先、神が俺に死を与え、それに抗いお前が残してくれたこの命をお前に使う」
「おい、ふざけ…」
「聞け」
ヴォルフは千春の額に自身の額を合わせて続ける。
「お前が神に牙をむくというなら俺はその背を支える。お前が世界を敵に回すと言うならお前の唯一の味方でいる。今まで神や精霊は絶対だと教えられそれを信じて生きてきた。だが、俺を実際に生かしたのはお前だ、千春。天才だなんだと持て囃されてきたがそれでも俺は孤独だった。セバスやマーサがいてくれたが俺と対等に口を利いてくれる人間はいなかった。そして俺はこの地を守らねばならないと一人で生きてきた。そしてお前が現れた。俺にとっては奇想天外な方法でこの地が抱えていた問題を何のしがらみなく、何が問題があるという顔でお前は俺の横で解決の糸口を俺に放り投げてきた。俺は嬉しかった。そして救われた。お前がいればこの地は救われるのだと本気で思った。だがお前は平気な顔してすぐに自分の命を、身体を放り出す。俺にはそれが許せない。それをしようとするお前も、それを止められない俺も。だから、お前の命は、身体はこの先俺が守る。お前が嫌だと言おうと、何かがあってまたその身体を差し出そうとしても全力で止めるしそれをしないで済む方法を一緒に考え、お前を生かしたい。お前は俺の心臓だ、そして、俺の心臓はおまえにやる。俺はこの先をかけてお前を守り通す」
「…はぁ?ばっかお前、そんなくっそおもてーもん人に押し付けんな!お前はこのシェイディアンの領主だろうが、その命領地にささげとけよ!俺なんかに簡単に渡してくんな!」
千春はヴォルフの誓いに講義するが、その金色の目は猛烈に受取拒否を示していた。
「もう決めた。俺は存外ワガママで欲張りなんだよ。この地ももちろん守るし、お前も守る。この地が健やかに時を刻むには、もうお前という存在は不可欠なんだ。二度と離してやるものか」
にっと笑うヴォルフに千春は、もうどうにでもしてくれと天を仰いだ。
「もの好きめ…」
「なんとでもいえ。俺はお前の左腕となり、左目となり、心臓となる。この年でこのシェイディアンという領地を治めているんだ。俺は諦めが悪いぞ」
「くっそがぁ…後悔してもしらねーからな」
千春はヴォルフの腕を逃れてベッドの上に大の字で寝転んだ。
「しないさ、この先一生な」
ヴォルフはその目を細めながら千春の黒髪を撫でる。
「さて、一週間以上お前は何も食べてないんだ、大量に吐血もしている。栄養をとらんとな」
ヴォルフは乗り上げていたベッドから降りて扉に向かう。
「セバス、セバスはいるか」
「はい、こちらに」
すっと影のように音もなく現れたセバスに千春はその右目を向いた。
「なぁ、前からずっと気になってたんだけど」
「なんだ」
「その爺さん、何者なんだ。お前が呼んだら毎回一瞬で出てくるし、出てくる時音もねぇし」
「…そうか。言ってなかったな」
ヴォルフは何を今更、という顔をして千春に振り返った。
「セバスの一族は代々ダクネスの加護を受けている闇魔術の使い手で、このシェイディアンを影で支える密偵部隊の長だ。代々このシェイディアン領主に仕えている」
「…はぁー、もうなんなんだよ何でもありかよ」
「千春様もなにか欲しい情報がございましたらお申し付けください。貴方様は我が主ヴォルフ様の命の恩人であらせられる。存分にお力添えさせていただきます。さて、千春様がお目覚めということはお食事の準備ですかな。一週間以上なにも食されておられないので優しいものがよろしいでしょう。マーサ、ポタージュの準備を」
「あらあら千春様、お目覚めですか!よかったぁ、お待ちくださいね、今腕によりをかけて作ったポタージュお持ちしますので!」
底の見えない笑みを浮かべる老執事と、力強い老メイドの背中を見て千春ははぁーっと天井に向かって大きくため息を付いた。
「ポタージュに始まり、ポタージュに終わる、か。これもここでの日常か…まぁ、ノーエラーだ」
「千春?なにか言ったか?」
「お前が生きてんなら無理やり書き殴ったあの突貫コードもノーエラーだったって話だ」
千春は寝転んだまますぅーっと魔鉱タバコを深く吸い込み、ふぅーっとゆっくり吐き出した。
朝の光に包まれた部屋の中に、薄っすらと桃色に色づいた煙とイチゴの香りが舞って、新しい朝の始まりを知らせていた。
異世界デバッグコード シェイディアン編本編 完
ここまで読んでいただき有難うございます。
少しでも面白いと思っていただけたらブクマ、★、感想などいただけると大変嬉しいです。
この先SSを挟んで続編予定ですので良ければお読みいただけると嬉しいです。
SSからはまた週一更新(毎週土曜日20時更新)に戻して、いくつか続けた後、
第二部「緑の領地ヴェルディアン編 限界SE異世界デバッグコードV2.0」を開始しようと思います。
そちらもよかったら読んでいただけると嬉しいです




