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標点

 全身が焼けるように痛み、体が内側から裏返るような嘔吐感、体中から生ぬるい液体が溢れ出し、その苦痛は永遠のように続いた。


 祭壇で目を覚ました時、ルドルは冷え切った手で頭を抱える。


 はっきりと見えていたはずの未来は、地獄の業火を前に揺らぎその全景は朧に消えた。




「北の大地で、あなたは勇者の能力の核心に触れた」


「!」


 退席を促したはずのシーキューブが、まだその場に残り話始めたことにエインは苛立つ。


「あなたは私の思惑通りに気が付いたはずだ、勇者の命令は口頭を必要とせず、念じるだけで強制することができると」


 魔物の大軍を動かす命令が一律に発せられる様は、勇者が仲間に命令する仕組みと同じである。と


「……つまり何が言いたい?」


 エインは目を細める。


「エイン様、あなたは私に借りがあるはずだと言っているのですよ、そして私は、その見返りを求めている」


「……」


 北の大地の戦いで、確かにエインは気づきを得た。


 生まれてから王子としての生活、勇者になってからは勇者としての生活


 この二つの生活に共通していることは、誰もがエインの言葉に逆らわないことに対して違和感を抱けないことだった。王子の言葉にしろ、勇者の言葉にしろ大抵の要求が通るのは至極自然の事だと思うのは慢心でもなく当然と言えるだろう。


 ゆえにエインは、ルドルの代わりに訪れた呪いの小部屋で、邪教徒達が歯向かってくるまで自身の命令の強制力に気が付けなかった。


 拒否されるという当たり前の反応に、この時初めて気が付いたのだ。


 自分の言葉の強制力に気が付いたエインは、今までの出来事を反芻し、ある仮説にたどり着く。


 女神教徒は勇者の命令に従う、勇者の仲間もそうだろう。

 

 では女神教徒への命令と、勇者の仲間に対する命令の違いはあるのか。


 その答えはすぐに思い当たった、女神教徒への命令は口頭を必要とするが、仲間に対してはその限りではないのではないだろうか?と


 戦闘中、何度も息の合った連携を行うことができたのは、長い付き合いゆえの阿吽の呼吸などでは決してなく、単に勇者の念に従っただけではないのかと。


 そう考えるだけの場面が、エインの中には無数にあった。


 その疑問は、心の壊れたランが孤島に訪れたことで確信に至る。


 そしてその有効範囲の広さから、魔王討伐の策が具体化まで持って行けたと言っていい。


 北の大地での戦闘は、確かにそのきっかけではあった。


 恐らくシーキューブは、リールの存在を知った瞬間にここまでの可能性を考えていたのだろう。


 この男に、これ以上の情報を与えるのは得策か否か、仮にシーキューブの要求を拒否した結果敵対された場合の脅威はどれほどか。


 エインは心の天秤を慎重に見定めた。




「うー」


 心の壊れたランの手を引き、ルドルは無心になるように努めて歩いた。


 転移呪文により第五世界まで飛んだ彼は、拠点となる町から5キロほど南西に位置する岩礁地帯へ向け歩いていた。


 ルドルの胸の中には敗北感しかなく、自分の情けなさに死にたい思いだったが、彼は死ぬことができなかった。


 エインが勇者教の聖典の中に、勇者の仲間は、勇者となり勇者と同じ能力が備わると定めた。


 この記述はルドルとランを狙い撃ちしたものであり、その意図をルドルは改めて噛みしめていた。


 エインは分かっていたのだ。


 お前にこの苦痛を耐えることはできないと。




「まぁ…いいだろう、ではシ―キュ―ブ女神はどこにいると思う?」


 エインは、話すことに決めた。


「第一世界ではないのですか?」


 女神教の総本山、強靭な天使達に守られ、魔物の侵攻も思うように進まない未開の地。 消去法で考えればその場所に女神がいると考えるのが今の魔王達の間では定説だった。


「おそらくだが、第一世界を隅々まで探索しても女神を見つけられる可能性は低いだろう」


「……エイン様にはあてがあるということですか?」


「お前は、俺とルドルの話を聞いていたな?」


 空間湾曲の能力を持つシ―キュ―ブをもってすれば、遠隔の音を拾うことは造作もない事をエインは知っていた。


「…ええ」


「そこで魂の話をしたよな?」


「……なるほど、つまり女神は」


「そう、肉体の檻を超えた先、魂の世界に女王として君臨している、信仰の中心にならないとわからない感覚だがな、信仰の高まりとともに、その世界を感じることができるとしか説明できない」


「エイン様はその世界に行こうとしている? しかし死ねばその世界に行けると確信する理由があるのですか?」


「理由はこの体だよ、俺が勇者教を設立した後で、勇者のル―ルに一つ条件が追加されたんだ」


「不老ですか」


「そうだ、勇者になった当初、不死ではあったが不老ではなかった。 老いなくなったのは、俺がこの立場になってからだ。通常魂は不滅ではなく。肉体と連動している、魂があるから肉体があるのではなく、肉体があるから魂があるんだ。普通の人間は肉体が死んだ後、魂も死ぬ。転生できる者の違いはそのラグの間に魂情報を再度この世界に出力する呪がかかっているからにすぎない。つまり肉体の老いは魂

の老いを意味し、転生による不死が魂の情報を元にしているのであれば肉体が年老いて死に至った場合、バックアップとなる魂の状態によっては不死の転生は発動しない可能性が高い」


「……つまり勇者も老衰で死ぬから、死なせないために女神が不老にしたと?」


 その理屈は確かに、女神にとってエインの死が避けるべき事象であることの証明となる。


「そういうことだ、だからこそ逆に俺は死ななければならない、女神教の棄教も考えているが、それは最終手段だ、この状態のまま死ぬことができるのであれば、それに越したことはないというわけだ」


「そのためにルドル殿をけしかけたと」


「俺が死ねる可能性は0.1%でも上げたい、納得したか?」


 すべては三次元に支配された肉体の檻から解放され、神の存在する高次元へ進むため。


 すべては次元の拡張に必要なエネルギ―を信仰から補い、高次元の生命体へと進化するため。


 空間を操るシ―キュ―ブであればこそ、その原理を理解するのにそこまで時間を要しなかった。


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