1.王国の神
初投稿です。拙い所もあると思いますがよろしくお願いします。
ティシアが母を尊敬する理由や、アノスを嫌う理由が分かりやすくなるように、一部内容を補強・修正しました。
一人称にブレがあったので修整しました。
この王国、ウラノスには古くから一つの言い伝えがある。
何もない荒れ果てた大地に神が降り立ち、人々に繁栄をもたらしたというものだ。
神の涙は恵みの雨となり、神の光は大地を優しく照らす。神の目は常に民を見守り、災いから守護する。
そして、最初に神の恩恵を受けた者は王となり、その血筋は代々この国を治めることとなった。
――だが、その繁栄には、決して語られることのない代償があった。
――――
「ティシア王子! 起きてください!」
肩を揺すられ、私はゆっくりと目を開けた。
「ん……ふぁ……。何だ、エルミ先生か」
眠たげに目をこすり、大きく伸びをする。
「今日はアノス様の成人式ですよ。そんな呑気に寝ている場合ではありません」
エルミ先生は机いっぱいに積まれた本を見て、呆れたようにため息をつく。
「まったく……。意味もないのに夜更かししてまで勉強するなんて」
「意味はあるよ」
私は微笑みながら、本をそっと閉じた。
「お母様みたいに、たくさんの人を幸せにできる人になりたいからね」
お母様は六年前、私が十歳の時に病で亡くなった。
けれど、母との思い出は今でも鮮明に残っている。
幼い頃、私は城の中で道に迷い、不安で泣いていた。
そんな私を、母は必死に探し、見つけてくれた。
『大丈夫よ。あなたが無事でよかった』
そう言って抱きしめてくれた母の温もりを、今でも忘れることはない。
母は王族でありながら、身分で人を判断することはなかった。
貧しい人々への支援を続け、平民であろうと困っている人を決して見捨てない人だった。
だから私は、母のような人になりたいと思った。
私の憧れは、今も変わらない。
エルミ先生はもう一度ため息をつき、苦笑する。
「でしたらまずは、アノス様を幸せにするためにも急いで着替えてください。」
「……それもそうだね」
エルミ先生は先に部屋から出て会場へ向かった。
私は兄が嫌いだ。
物心ついた頃から、私の持ち物を盗み、失くした罪を私になすりつける。
そして、誰も見ていない場所では殴り、蹴ることも珍しくなかった。
だが、私が兄を決して許せなくなったのは、母が亡くなった日のことだった。
────────
『お前は、出来損ないなんだ!』
『……兄上?』
『黒い髪なんて、この王家には必要ない。お前のような出来損ないが母上の子だなんて、恥ずかしいと思わないのか?』
『なぜ……そんなことを言うのですか……』
『決まっているだろう』
アノスは冷たい目で私を見下ろした。
『お前がいるせいで、母上は最後までお前のことばかり気にしていた』
『……っ』
『だからお前は、母上の葬儀には来るな』
『出来損ないは、母上に会う資格なんてない』
────────
あの日、初めて分かった。
兄は私を嫌っているのではない。
私という存在そのものを、認めていないのだと。
あの時、使用人も騎士も、その光景を見ても目を逸らすだけだった。
(どうして……誰も何も言ってくれないんだろう)
一度深呼吸をしたのち扉を出て会場へ向かった。
廊下を歩いていると、向こうから豪奢な礼服をまとった青年が歩いてきた。陽光を受けて輝く金髪は、この国の王族の象徴ともいえる色だ。
第一王子アノス・バシレウス。
「よう、出来損ない。今日もその黒くて地味な髪か。」
「……おはようございます、兄上。成人式はどうされたのですか?」
「いやなに、お前の顔を見るのも今日が最後だからな。せっかくだし、最後に会っておこうと思ってな。」
「確か、兄上が成人なさる時、私は別の国へ移るのでしたね。」
「……ぷっ。」
アノスは吹き出すように笑い、肩を震わせた。
「ははっ……そう聞かされていたのか。」
私は首をかしげる。
「ああ、お前は知らなかったんだな。」
アノスは口元を大きく歪め、愉快そうに笑った。
「俺が成人する日、お前は神への生贄として死ぬんだ。」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
死ぬ?
私が……?
頭の中が真っ白になる。
「可哀想にな。結局お前は、あの女の葬儀にも出られなかった。」
「それは……兄上が……」
「ああ、そうだったな。」
アノスは思い出したように笑った。
「俺がお前を通さなかったんだ。」
「……」
「でも、不思議だと思わないか?」
アノスは周囲を見渡す。
「父上も、騎士も、使用人も……誰一人としてお前を庇わなかった」
「…………」
「なぜだと思う?」
私は何も答えられなかった。
「決まっているだろう」
アノスは楽しそうに笑った。
「お前には、それしか価値がないからだ。」
「……」
「神に捧げられるために生まれた存在。それがお前だ。」
「違う……」
「違わないさ。」
アノスは私を見下ろした。
「母上は本当に愚かな人だった。お前なんかに教育を受けさせて、未来を与えようとしていた。」
「……母上を侮辱するな。」
「でも現実は変わらない。」
アノスは冷たく言い放つ。
「お前の役割は、生贄になることだけだ。」
「兄上……」
「でも、今まで俺に何をされても耐えてきたんだ。最後くらいは、チャンスをやろう。」
アノスは不気味な笑みを浮かべたまま、私を見下ろす。
「この城の地下にある『神の扉』へ行け。」
「神の……扉?」
「ああ。伝承じゃ、神が降り立った場所だ。」
アノスは肩をすくめ、くつくつと笑う。
「運が良ければ助かる道があるかもしれない。まあ――」
その目には、嘲りしか浮かんでいなかった。
「せいぜい足掻いてみろ。」




