57.断罪
いつかこんな日が来ることは解っていた。
私は裁かれるべきで、そうあって然るべきなのだ。
「イヴィ―さん・・・」
名を呼んでも相対する少女は何も答えなかった。
ただ、まるで幽鬼のように所在なさげに、
だけど私からその目を逸らすことは決して無く
立ちすくんでいるだけだった。
私はゆっくりと一歩づつイヴィ―さんへと近づいた。
イヴィ―さんの方は歩みを進めることも
後ずさることもなく、ただ近づく私をうつろな瞳で
ぼんやりと見つめるだけだった。
「あなたには・・・」
「いいえ、あなたたちには」
「私を処するだけの理由があります」
その言葉にもイヴィ―は何の反応も示さなかった。
きっと―――
今のこの状況に、知ってしまったこの事実に
もう本当にどうして良いのか解らないのだろう。
『あのね・・・』
もう、イヴィ―さんは私を見ているのか
いないのかすら解らない光を失った
うつろな目を浮かべながらぽつりと呟いた。
『もう、わかんないんだ・・・』
『私がどうするべきなのか・・・』
たどたどしく、言葉が続いた。
いよいよ黒幕は確定した。
もう、こうなればその仇を討つだけだと言うのに
誰もがその真実に気が付かないフリをしている。
お姉ちゃんたちも、ママも。
たぶん本当に何も気づいていなさそうなマグは
ともかくとしても、何か思うところがあったとしても
仕える主、もう家族となっても私は立場上
意見するべきじゃないと自重しているランカの気持ちも
時折、気が狂った程の執念で仇の首を求めていた
アイルがそれが親友の首と知って躊躇いきっていることも
勿論解っている。
そして―――
永い間その仇を探し続けたモンショ様までもが
まるでその話題すら避ける様に解らないフリをしている。
きっとその傍らにあるその姉兄ですら
もう知っているはずのことなんだ。
それなのに―――
誰も何も起こそうとしない。
『私―――』
『明日、王女・・・』
『女王サマのところに行ってくる』
あまりに不気味で、そして悲壮な沈黙にイヴィ―は
国を挙げた祝典の前日に家族たちにそう切り出した。
『ちょっと、聞いてみたいことがあるんだ』
言うべきでない言葉を口にしてしまったことは解った。
それでもその言葉を口にせざるを得なかった。
本当に大切で大事な何よりも愛おしい家族たちの
困惑した視線が一斉に自分に注がれるのが解った。
『だって・・・』
『良い』
絞り出すように言葉を続けようとした私の言葉は
遮る様に発せられたモンショ様の言葉に止められた。
ふぅ~っといつもの様に息が吐き出された。
『・・・口にせずとも良い』
もちろん、私だって家族たちがそうしてしまった、
そうすることを最善と判断してしまった理由が
解らない訳じゃない。
このまま成るように任せてもこの国でこの家の
安泰と繁栄は約束されたようなもの。
そしてあの女王サマならこの国も同じようにして
誰もが笑いあえる慈愛に満ちた国を創り上げて
その優しい国は人々を富ませ、そして幸福にするんだろう。
そう、ただ私たちが知らないフリをするだけで――
『お前が、どんな判断を下そうともワシらは
それを責めることはあるまい』
『いや・・・』
『責める資格などあるはずがないのだ』
『ただの卑怯者となった・・・ワシらにはな』
どう答えて良いか解らずただ沈黙し動揺する私を
お姉ちゃんが抱きしめてくれた。
『貴女に―――』
『辛いことを任せてしまってごめんなさい』
『私たちは・・・そう、卑怯なんだ』
『判断を放棄してしまったんだ』
私は悲痛にその綺麗な顔を歪めて震えている
大好きなお姉ちゃんたちのその手を握った。
何も解ってなくても、その家族たちの異様な
雰囲気にオロオロとしているマグを落ち着かせる様に
アイルは後ろからそっと抱きしめた。
後ろから抱きしめられたことでマグは姉のその表情を
目にすることは無かったが、例え目にしたのだとしても
まだまだ幼いマグが姉のその複雑な表情に
込められたものを伺い知れることは無かっただろう。
『だって何が正しいことなのか
もう、わかんないじゃん・・・』
家族たちから託されたその責任、願い、想い・・・
その重たさに今にも膝をついてしまいそうだった。
甘んじた過去への清算か輝かしい未来への約束か、
どっちを選ぶのが正しいんだろう。
「それでは・・・」
「私が貴女の代わりに審判を下しましょう」
イヴィ―のその困惑を余所に女王となった存在は
あまりにも傲慢にその意思を決定づけようとした。
「仇をとりなさい」
「いえ、どうか・・・」
イヴィ―の力ないその腕を手にとると自らの
か細い首筋に添えた。
私はこの日を、自ら目をそむけたくなるほどの大罪が
正当に裁かれるこの日が訪れることを
むしろ待ち望んでいた。
ともすれば自らの心臓を抉り出したくなる程の
罪悪感にずっと苛まれ続けてきた。
誰しもが私に清廉潔白を望んだ。
それでも私はそうなれなかった。
私は私の家族の笑顔のためだけに
全てを犠牲にする道を選んだのだから。
そしてその結果を、望んだ結末を
この目にしたばかりだ。
もう思い残すことなんて何も無い。
ならばいっそ――
「どうか終わりにしてください」
「・・・終わらせてください」
悪魔に魂を売った私でもその心に自ら科した
その枷はあまりにも重すぎた。
その懇願の言葉にその眼にようやく光が戻ったイヴィ―は
力なくその首筋に添えられていたその腕に魔力を込めた。
『――ッ!!』
『終わりになんてしてやるもんかっ!!』
『許さない・・・』
『少なくとも私は絶対に貴女を許さない』
イヴィ―の額に在った宝石は女王の額に移された。
その与えられた強大な魔力に女王は目を見開いた。
『これはヴィーヴルの、私の祝福なんかじゃない』
『これは私の、私が貴女に与える呪いだよ』
『そんな簡単に死ねると思わないで!!』
『罪から逃げられると思わないで!!』
自分の家族の笑顔のために
私の家族の笑顔を奪っておいて
死んで終わりだなんてふざけないで・・!!
しばらくして、時間を置いて目の前に現れた
女王の名に相応しい揺るぎない決意と覚悟を
その眼に宿す妹の姿に家族たちは目を奪われた。
その傍らにはその大仰なドレスを身に纏うのを
助けた生涯の主を、そして仇を定めた神竜が控えていた。




