54話
カーテンを開いた途端、新しい朝の光が勢いよく部屋に差し込んできた。まるで昨日までの疲れを洗い流すような、まばゆい光だった。
窓を開け、胸いっぱいに朝の香りを吸い込んだ。湿り気を帯びた緑の匂いが肺に心地よい。今日は日曜日。ダンジョンに潜る日だ。
昨日を思い出して苦笑いする。
警察に事情を聴かれ、絶望し、飲めない酒を口にして、柴犬カフェで眠り、そして事件の推理を仲間たちと組み立てた。まるで一週間分の密度を一日に詰め込んだような日だった。
それでも、「潜る」という行為をやめようとは思わなかった。探索者になる者は、探索者にしかなれない者。
誰が言い出したかも分からないその言葉が、今は骨に染みるように理解できる。
いつものように、スルメの携帯に電話をかける。呼び出し音が三回鳴ったところで通話を切る。応答がないのも、いつも通り。だが、それでいい。
階下に降り、キッチンで目玉焼きを四つ焼く。そのうちの二つを白米にのせ、醤油を回しかけた。箸で黄身を崩すと、湯気とともに一日の始まりが口の中に広がった。
朝食を済ませ、部屋に戻って装備を整える。支度のあと、時間まではネットを流し見して過ごした。予定通り、家を出る。
玄関先で、もう一度スルメに電話をかける。待つこと三分――カチャリ、と控えめな音を立てて隣のドアが開いた。
ぼさぼさの金髪。跳ねた寝癖。小さなリュックサックを背負って、ふらふらとこちらに歩いてくる姿は、どこか夢から抜け出してきた妖精のようだ。
その手を自然に取って、ふたりでいつもの道を歩く。アスファルトには朝露がまだ残っていて、陽射しがそれをきらめかせていた。
――素晴らしい。
昨日があったからこそ、今この日常がまぶしく思える。幸せはすぐそばにある。そんな言葉がふと頭に浮かんだけれど、あえて口には出さなかった。
やがて、いつもの公園にたどり着く。木漏れ日の下、風に揺れるベンチの影。スルメはいつものように朝ごはんのサンドウィッチを食べようとした――のだが。
「……あ、スルメさん、苦楽さん」
聞き覚えのある声に目をやると、そこにはウサギ耳のカチューシャを付けた受付嬢、菅野愛理の姿があった。
「菅野さん。ここで会うなんて珍しいですね」
「よかったら、隣に座りますか?」
「ありがとうございます」
菅野はふたりが座れるように、ベンチの端にちょこんと移動した。
膝の上には小ぶりな手作り弁当。男ならひと口で終わってしまいそうな、そんなサイズ。
スルメがサンドウィッチにかぶりついたタイミングで、彼女が口を開いた。
「事件、もうすぐ解決しそうなんですね」
「……どうして、わかるんですか?」
苦楽は尋ねた。探索者協会の中では、ナンパ野郎からスルメを守るために横柄な態度を取っているが、そうでないときには敬語で話す。
「表情ですよ。苦楽さんの顔、どこかすっきりしてたから」
「なるほど………」
確かに、昨夜、警察官の龍一から連絡があった。新たな容疑者が見つかり、近日中に逮捕の見通しが立ったと。
「菅野さんは、ずいぶんお疲れのようですね」
木の影が揺れる中、菅野はほんの少し、肩をすくめて笑った。
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