53話
少しだけカレーの匂いが残る薄暗い一室。天井の蛍光灯は一本切れていて、部屋の隅には沈んだ影が伸びていた。
その中央に立つスルメは、右手に振り子――ペンデュラムを持ち、左手でスマホの画面を時折確認している。
ペンデュラムの先端には、涙の形をした半透明の鉱物が揺れていた。それはまるで意志を持つかのように、ゆっくりと、歪な円を描いて動いている。
それを囲むように、苦楽、愛嬌、賢治、龍一の四人が、息をひそめて見守っていた。沈黙のなか、スルメが静かに口を開く。
「盗まれたダンジョン肉は、今……東京には無い。それに……移動してる」
その声は小さかったが、不思議な迫力があった。誰もが、言葉の重さを感じ取ったように、微動だにしない。
「なんと………」
龍一が、あんぐりと口を開ける。警察官らしからぬ間の抜けた顔に、悔しさが微かににじんでいた。
「詳しく言うと今どこら辺?」
苦楽の問いに、スルメはペンデュラムを見つめたまま答えた。
「愛知県……東名高速道路を走ってる」
「どおりで見つからんはずだ………警察は、東京都内のダンジョン肉取扱店を中心に捜査しているからな」
「どうして東京を中心に捜査を?」
愛嬌の素朴な疑問に、龍一が少し居心地悪そうに眉をしかめる。
「………苦楽君、君のせいでもある」
「どういうことですか!?」
苦楽が、驚いたように声を上げた。
「当初、最も有力な容疑者は苦楽君だった。君は東京都の出身だ」
「そうです」
「今まで一度も取引きしたことのない業者に、急に盗品を持ち込むということは考えずらい。そうなれば、取引相手で最も可能性が高いのは東京の業者ということになる」
「なるほど………」
「新たな容疑者が出ていない以上は、捜索場所を変更する理由は無い」
しばらく考えてから、苦楽が少し不満げに言った。
「理解はできますけど、僕のせいと言われるのは、ちょっと………」
「すまんすまん、そうだな。それは警察のミスだ」
場が和らいだところで、賢治が口を開く。
「それにしてもダウジングってすごいのね。警察でも見つけられないものを、簡単に探し当てちゃうなんて。探偵になった方がいいんじゃないの?」
「いやいや、スルメ君の本業は投資家で、探索者もやってるんだから、今さら探偵始める必要はないだろ?」
「そう言えばそうだったわね……」
愛嬌が照れくさそうに頭をかく。光が当たって彼女の茶色い髪が、ほんのりと赤みを帯びて揺れた。
そのやり取りを聞いていた龍一が、姿勢を正して言った。
「すまんがスルメ君、もうしばらく警察に協力してもらえないだろうか」
「協力?」
「三十分間隔くらいで、盗品が今どこにあるのかを調べて、ワシの携帯に連絡してほしい。捜査員を動員して、到着場所を押さえたい」
「わかりました」
スルメは素直に頷いた。その瞳には、淡い光と責任感が宿っていた。
「これだけ手掛かりがあれば、きっと犯人を突き止めることが出来ると思う。諸君らの協力に感謝する」
龍一はそう言って、敬礼をした。その真剣な表情と洗練された無駄のない動きからは確かな敬意が伝わって来た。
「………それじゃあ、後はやれることは無さそうだから、私たちは解散ってことで良いわよね?」
「そうだな………」
「まだ何かあるの?」
愛嬌が、賢治の顔を覗き込む。
「いや……なんだか、このチームが終わってしまうようで、ちょっと寂しかっただけだよ」
「何言ってるの、またいつでも会えるじゃないの」
愛嬌の明るい笑い声が室内に響いた。
窓の外は、もうすっかり夕暮れに染まり始めていた。ひとつの目標に向かって頑張った一日はまるで文化祭のようだった。だが、それと同時に――確かな手応えが、皆の心に残っていた。
事件は、解決に向かっている。その事実が、どこか満たされた気持ちをもたらしていた。
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