序 ~見えざる世界/ 03~
7月22日、米国屈指の超能力者「ジョン・ベイダー」が来日する。
彼のずば抜けた〝透視能力〟を事件調査に利用しようと考えた佐伯だったが……
静かな展開で進んだ「炎」の最終回。
7月16日 11時半。
火野は、昨晩大急ぎで書き上げた「ジョン・ベイダー特番」の広告記事の草案稿とにらめっこをしていた。
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<見出し>
【7.28 米国のTOP超能力者 ジョン・ベイダーが奇跡を起こす!】
<写真カットA-右下B>
<本文>
1952年12月ニューヨーク。
知事の一人娘が白昼堂々誘拐され、50万ドルが要求されるという前代未聞の事件が起こった。事件は、身代金の引き渡し時に犯人が車に接触・死亡した事により、監禁中の少女の行方が分からなくなるという悲惨な展開を迎える。
その後7日間少女は発見されず「生存は絶望的」とされる中、
『娘は生きており自分はその居場所を〝透視〟できる』と、一人の男が名乗りを上げた。
彼はその言葉通り見事少女を見つけ出し事件を解決に導いた……
これが米国で有名な、いわゆる〝奇跡のクリスマス事件〟である。
その張本人、米国屈指の超能力者「ジョン・ベイダー」が今月我が国に再来日し、来る7月28日の生放送番組で『超能力公開実験』を行うのをご存じだろうか?
彼が前回来日したのは1954年。10年近く前の事ではあるがその異能力に国民は驚嘆し、ちょっとした『超能力ブーム』が起こった事は記憶に新しい。
衰えるどころか現在も「発展・進化中」にあるというその能力、
我々は、再び奇跡を目撃する事になりそうだ。
※※「ジョン・ベイダー」来日中スケジュール※※
○7/28 12~14時 スミレTV特番に生出演
15~16時 スミレTVロビーにて著書の直売会+サイン会
○7/29 12~13時 新宿紀乃川屋書店にてサイン会
17~18時 銀座芳蓮堂書店にてサイン会
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「最善は尽くしたつもりだけど………デスクを説得しきれるかどうか……」
小さく独り言をつぶやき、火野は持っていた鉛筆の後ろを無意識にガリッと噛む。
ジョン・ベイダーが出演するTV番組のプロデューサーが、佐伯との因縁の仲である「城島」である事を佐伯に伝えた後、集敬社の雑誌紙面で『番組の宣伝記事が打てる様に動いてほしい』と佐伯から無茶な要求をされたのは、つい二日前の事だった。
「先輩は、ジョンを使って一体何をしようとしているのだろう……」
原稿を眺めながら、火野の頭の中で様々な妄想が駆け巡る。
実は、佐伯が何も語ってくれていない事もあり、火野自身も秘かに『六ツ鳥居事件』の事を少しずつではあるが独自に調べ始めていた。現時点で火野が持っている情報といえば、当時の事件の新聞記事と、関から得た関連情報くらいではあったが、その異様なシチュエーションに触れただけで、火野はこの事件が持つ『関わるべからず』的な負の気配を鋭く感じ取っていた。
「ガリリッツ!」
歯形だらけになっていた鉛筆の後部破片がポロッと机の上に落ちた。
「いけね。……」
鉛筆を噛むのは火野の学生時代からの癖であった。その様子を見ていた前の席の女性記者が嫌な物を見るような眼つきで顔をしかめている。
突然フロア入口のドアが勢いよく開き、朝のミーティングに出ていたチーフから火野にお声がかかる。
「おーい、火野ー。デスクがお呼びだぞ~。第二会議室ー」
―――会議室に呼び出し?……珍しいな―――
火野は「丁度良い」とばかりに眺めていた原稿を紐付き封筒に押し込むと、それを持って会議室へと向かった。
「ああ、火野君。こっちきて座って」
会議室の扉をあけると部屋の奥でデスクが何かの書類に眼を通している。デスクは一瞬ちらっとこちら見た後、怪訝そうな顔つきのまま直ぐに視線をその書類に戻した。火野は訳が分からぬままデスクの前の席にゆっくりと腰掛ける。
「これ、ちょっと見てみてよ」
そう言ってデスクは持っていた4~5枚の書類を火野の前にパサッと放った。
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<見出し>
【稀代の超能力者ジョン・ベイダー 昭和の怪事件〝六つ鳥居事件〟の謎に挑む!】
<本文>
今からさかのぼること21年前。福岡県のとある田舎町で、とてつもなく残忍・かつ奇妙な事件が起きた。その事件の名は『六つ鳥居一家惨殺事件』。
当時、薬問屋を営んでいた遠藤氏(仮名)の一家6名が自宅付近の森で殺され、森の中に点在する6つの井戸にその遺体が投棄されるというおぞましい内容の事件であったが、奇妙なことに、発見された6つの遺体は全て一つの「手まり」を大事そうに抱えていたのである。
また、遠藤家の7人目の家族である末娘のミカ(当時6歳/仮名)のみが行方不明になったまま事件が迷宮入りした点も、事件の不可解さに拍車をかけていた。
実は、この事件の恐ろしさは当時起きた現象だけに留まらない。
問題がクローズアップされたのは1957年の6月、今からほんの6年前の事だ。この地を訪れた某TV局のスタッフ6名が変死したことから、悲劇は再開する……
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「これ、まさか!?」
「そ。佐伯ちゃんの原稿……今朝の早朝に速達で届いてね。手紙付きでさ……」
デスクから渡された書類の上に連なる見慣れた文字は、まさしく佐伯のそれであった。
火野はそれらの文字を食い入るように目で追っていく。デスクが普段とは打って変わった真面目な表情で口を開いた。
「まったく、佐伯のヤツ……神経が図太いというか何と言うか………若干、番組の宣伝色は強いけど中身はすごいだろ。その内容で特番との絡みとなりゃ、そりゃぁウチとしてはオイシイんだけどさ………どう思う?これ?」
「どう思う?……とは?」
「……君、佐伯ちゃんとは一番深く絡んでるでしょ。……ほら、何て言うの、本当にこの内容、出して良いんだろうかってさ」
火野の胸に、数日前にぶつけられた佐伯の言葉が蘇る。
「載せるべきだと思います。……恐らく引かないでしょうから、先輩は……」
腕組みの姿勢で火野の反応を見ていたデスクは、その言葉を聞くとうつむき加減のまま小さく数度うなずいた。
「そうだよな~佐伯ちゃんの事だからなぁ~……。よし!じゃぁ、その方向で明日会議にかけてみるか……ありがとね火野君」
胸の支えが取れたかの様にデスクの表情が途端に緩んだ。
「ところで君、その封筒は何?」
「……いえ。別に何でもありません」
火野は、自分の原稿を隠すように背中に持っていくと、ホッと溜息を一つつき、会議室を後にした。
7月26日 14時半。
「火野くーん。佐伯さんから電話だよー」
久々の佐伯からの連絡に談話コーナーの雑誌を放り投げ、火野は慌てて自分の席に飛んで戻る。
「はい火野です。………はい……記事の反響……ええ。それがすごい事になってますよ!はい。………そうですね。はい………で、丸尾さんの方はどうでした?……はい。………体調が少し悪い……はい……わかりました。………28日ですか?放映日の14時半……受付前のラウンジですね………はい………………モツ煮!良いですね~……浅草で!……はい!わかりました!………はい。はい。……じゃぁ、28日に。失礼します!」
受話器を置くといつからそこに居たのか、目の前にデスクがぬーっと立っていた。
「モツ煮。……浅草で。……佐伯ちゃんと。………いいですね~、羨ましいですね~」
目の前のデスクは、絶好調時の『うっとおしいおじさん』と化していた。
「先週の佐伯ちゃんの記事も大反響ですしね~……ジョンだって自分の本の売上げがかかってますからね~、恐らくそれなりのパフォーマンスを見せてくれる事でしょうしー……いや~、羨ましい限りですよ~ホントに」
「羨ましい羨ましいって、ウチの雑誌じゃないですかコレは」
火野はそう言って、売り切れ続出となっている22日号の表紙をパンパンと手甲で叩く。
「モツ煮ですよ、モツ煮~……。浅草の煮込み通りのは特にウマいんですよね~これが」
「良かったらご一緒しますか?」
「野暮なこと言いなさんな!美しい師弟関係に割って入るほど落ちちゃいませんよ私も」
言っている事とやっている事がちぐはぐな我らデスクの〝好不調バロメーター〟は、そのちぐはぐさの度合いで決まる。つまり、今この瞬間は〝絶好調〟という訳である。デスクはまだ何か言いたげではあったが、自慢の扇子で胸元に風を送りながらスタスタと自分の席の方に帰って行った。
1週間前の深夜「佐伯と連絡を取りたい」と、火野の社宅に突然電話をしてきた丸尾に関しても、どうやらただの体調不良だったらしい。
――あとは特番が無事終わってくれれば言う事はないんだけどな……――
色々な事が順調に運んでいるその事に反って不安を感じ、自然と独り言が出る。
「だからぁ~。モツは捨ててたのちょっと前までは!……こんな所食えないって」
一つ向こうのブロックで、デスクは今度は若い女性記者にちょっかいを出している。
「モツ煮か。……先輩と食べるの何年ぶりだろう?」
ふと前方に妙な気配を感じ顏を上げると、前の席の女性記者が自分の手鏡をこちらに向けて眉をしかめている。
「顔……ニヤけ過ぎ」
鏡の中のその男は「屈託のない子供」のような笑みをこちらに向けている。
――今は色々考えすぎるのはよそう。久々のモツ煮の味が台無しにならないように――
火野は自分にそう言い聞かせると、鏡の男を見据え、両頬を力強くぺしっと叩いた。
7月28日 13時10分。
渋滞で局に到着するのが予定よりかなり遅れてしまった火野は小走りで局内のラウンジに駆け込んだ。ラウンジの大型TV前に陣取っている人達が心なしかどよめいているように感じ火野は巨大なブラウン管の前へと駆け寄った。そこに映っていたのは放送席の中心でボールペンを握りしめ立ちすくむジョン・ベイダーの姿だった。が、次の瞬間、ジョンは何かを絶叫し、持っていたペン自分の首筋に深々と突き立てた。
一瞬何が起こったのか分からず静まり返る客席とTV前の聴衆……
ジョンのペンが首から引き抜かれ、ぽっかり空いた大きな丸い穴から真っ赤な鮮血が噴き出したその瞬間、堰を切ったように人々の叫び声の渦が巻き起こる。
『ウレガーーッ!イドニーーッ!オグジアーーーーッ……』
ジョンは恐ろしい雄叫びとともに、高々と頭上に上げた血まみれのボールペンを再び自分の首筋に叩きつける。
『ブズッツ!』
襟元に付けたジョンのピンマイクが厚布が裂けるような気味の悪い音を拾う。
ジョンはその動きを止めることなく、さらに勢いよくペンを首に突き立てる。
『ウレガーーッ!イドニーーッ!オグジアミーーーーッ!』
『ブズッーツ!』
「な………何なんだ……これは?……」
巨大なモニターの前で、火野はその映像に釘付けになる。
『ウレガーーッ!イドニーーッ!オグジアミーーツ!』
『ブズッツ!』
『ウレガーーッ!イドニーーッ!オグジアミーーーーーーツ!』
『ブズッツ!』
『ウレガーーッ!イドニーーッ!オグジアミーーーーーーツ!』
『ブズッツ!』
『ウレガーーッ!………ヒューッツ、ヒューッツ、イドニーーッ……………ヒューッツ、ヒューッツ…………オグジアミーーツ!』
『ブズッツ!』
ラウンジでTVを見ていた連中は恐怖におののき、叫び声を上げながら出口方面へと逃げ出していく。スタジオカメラマンも逃げ出したのかジョンを映していたカメラはひっくり返り、観客席の方を映している。満員だった客席は阿鼻叫喚の騒ぎとなっており、パニック発作であろうか、自分の首を自分で締め付けている者や隣の客の首を絞めている輩があちこちに見受けられた。
火野の脳裏に未だ記憶に新しい戦慄のシーンが高速で蘇る。
――これは……この感じは!……――
突然画面が乱れモノクロの砂嵐状態になるが、その中に何やら人影が動めいている。
スピーカーからは「ガガ――ッ」という機械音に混じって、微かに女の子が歌う様な音声が聞こえてくる。
「何かが上下している?………まり?………まりをついているのか?」
かすかに画面に映った人影と、その奇妙な音声はすぐに掻き消え、画面が砂嵐の画面に戻ったと思いきや、そのグチャグチャなドット柄の状態で突然画面は完全停止する。
『ウ――レ――ガ――イ――ト――ニ――オ――ク――ジ――ア――ミ――――』
『ピ―――――――――――――――――――………』
音とも声とも言えないような不気味な低い音声が流れたかと思ったとたん、スピーカーから出る音は、ピーという放送受信テスト音のみとなる。
肩口に強烈な勢いでぶつかってきたTV局員のおかげで火野はようやく我に返った。
TVのモニターは『しばらくお待ちくださいの文字と、2羽の鳩のシルエット』に変わり、スピーカーからは放送中断時用の〝テネシーワルツ〟が流れ出していた。
火野が居たラウンジ付近は、局内から外へ逃げ出そうとする人達であっという間にごった返しとなり、その突然の異常事態にもはや冷静に対処できている者など一人も見受けられはしなかった。
人々の絶叫と狂乱の中、なだれ込んでくる警官隊と消防隊。狂ったように流れ続けるテネシーワルツ……局内の様子はまさに一瞬にして地獄絵図と化していた。
「火野っ!……こっちだ火野っ!」
騒動の中、聞き慣れた声が耳に入り、火野は慌てて声の方向を振り向く。
声の主は佐伯だった。
ラウンジのモニターの前で佇む火野を発見した佐伯は、人の波をかき分けかき分け、彼に近付くと用意していた封筒をその胸元にねじ渡した。
『この場所で「札」をさがすんだ。………いいか火野、「札」だぞ!』
佐伯はそう告げると、また足早に人波にかき消えて行った。火野は慌てて佐伯を追おうとするものの、すぐ後ろから来た警備員らに羽交い絞めに取り押さえられてしまう。
「ちょ、ちょっと、あんたら何をするんですか!?……先輩っ!……佐伯先輩ーーっ!」
――今のは何だ?先輩だよな?……一体何がどうなってるんだ???――
13時19分。
真っ黒な手まりを小脇に抱え正面玄関から佐伯はフラリと外に出た。
大声で叫ぶ局員。
どこからか集まった野次馬たち。
警官らの手で黄と黒のロープが手早く張られていく。
佐伯は近くに止まっていた軽トラックに積んであった灯油のフタをあけ、
それをひょいと片手で持ち上げて中身をかぶる。
集まった人々がその様子を凝視している。
佐伯はポケットからジッポを取り出し、何かボソッとつぶやいた。
次の瞬間、巨大な炎が立ち上った。
(つづく)
~あとがき~
佐伯の死……
それは大きな邪に対抗し得る
『一発の弾丸』であったとも言えます。
紡ぐ力こそが人間の最大の力であり、
その表現ができたら良いなぁ、と
思うのです。
気付けば朝…
夜にUPできなくてごめんなさい。
(羽夢屋敷)




