序 ~見えざる世界/ 02~
未だ消えぬ呪いの連鎖の中、
突然、消えてしまった佐伯……
彼の家族の葬儀に参加した火野は、
佐伯との再会をはたせたのか?
7月10日 9時15分。
佐伯妻子の葬儀が終わり一週間が過ぎた。
7月3日の通夜当日、本来なら喪主として故人に付添っているはずである夫「佐伯一郎」の姿はそこには無かった。一郎にかわりに喪主を務めていたのは一郎の叔父で、その傍らには眼の下に深いクマを作り、傷心しきった妻利恵の両親と利恵の姉夫婦の姿があった。
「欠席」とは伝えられたものの、一抹の期待から葬儀の終わりまで会場の入り口で佐伯を待っていた火野は、結局3時間のあいだ案山子の様にそこに立ち尽くす事となった。
葬儀を終え、強引に気持ちに踏ん切りをつけた火野は2日前から会社に出社してはいたものの、何度となく虚ろな視線を佐伯の机に送り続けていた。
火野の眼の前に、モワッと湯気が立ち上る黒い液体がトンと置かれる。
「火野くーん。君、大丈夫かい?……朝からそんなにぼーーっとしちゃって」
横に立っていたのはデスクだった。
「君さぁ……大先輩がこんな事になっちゃって気持ちは解るけどさ。そんな状態じゃブンヤは務まんないよ!……ここは戦場で君は戦士!戦わざる者食うべからず!ってな」
デスクの気遣いがありがたくも恥ずかしくもあり、火野は複雑な笑みを浮かべる。だが、そんなデスク自身も、頻繁に佐伯の席まで来てはその周囲をぐるっと回って戻っていく様な事を繰り返していた。
事件の当日、病院から姿を消して以来連絡すらよこさない佐伯の事が気になって仕方なかったのは部所の連中、皆同じであった。
――トゥルルルルルルル……――
デスクが火野の肩をポンと叩いて立ち去ろうとしたのと同時に、火野の斜め前の内線が鳴った。
「はい集敬社第三企画室です………はい火野ですが……え?あれっ?佐伯さん?」
「佐伯だと!?」
くるりと体を反転させて火野の方をじっと凝視するデスク。
デスクの裏返った声に周囲も反応し、辺りは瞬時にどよめき立つ。
「佐伯さん今どこですか?………はい。デスクは今隣に………はい………え?……ジョン??……ああ!ジョン・ベイダーですか……はい、知ってますよ。アメリカの超能力者の……俺が高校生だった時すごいブームでしたから………え?……来日するんですか?………はぁ……知りませんでした。………すいません」
「ちょっと、ちょっと!火野くん!……換わって換わって……こっちに換わって!」
話を遮って受話器を横取りしようとするデスクを左手で制しながら、火野は手早くメモ用紙を準備する。
「はい…………はい………彼の来日中のスケジュールと……ええ、もちろん。……はい、わかりました」
「ちょっとー!火野くんっ!……換わんなさいって!」
デスクが子供が泣きそうな悲痛な顔で訴えている。どうやら限界だと感じた火野は、話が区切れるタイミングを計っている体で「OKサイン」を数度デスクに送る。
「佐伯さん、デスクの方も話があるそうなので今……あ!……」
火野の耳に「プーップーッ…」という接続終了音が切なく響く。
「切られちゃいました。電話……」
デスクは風呂上りのような血色になり悲痛な声をあげる。
「だからー!佐伯ちゃんだよー、相手はーー!……基本勝手なんだから奴は~!」
周囲のあちこちから小さな笑い声がこぼれる。部所内がこんな雰囲気になったのは本当に久しぶりであった。
「ところでそれ、そのジョン・ベイダーのスケジュール調査って、個人的なお願い?……というか佐伯ちゃん、社に戻って開口一番『記事のネタは十分取れたんで大急ぎでやっつけます」って言ってたのに……この期に及んで何を調べようってのかね?彼……」
火野が書きなぐったメモを指差しながらデスクは怪訝そうな顔をする。
「さぁ……で、このジョンて奴の来日中のスケジュールと連絡先を調べて欲しいと言われたんですが……どうしましょう?」
デスクは火野の気持ちを察してか途端に表情を変え、首を大きく縦に振り振り答えた。
「OK、OK。……火野君は細かいこと気にせず今は佐伯先輩に協力してあげなさいな。あんな事があったんだから、まずハートが元気になってもらわないとね。ハートが」
デスクは何か少しホッとした様な表情を見せ、すたすたと席に戻っていった。
「周りには言うな」と念を押されたが、佐伯は今、東京の自宅に戻っているとの事だった。連絡が取りやすくなったのは良い事ではあるが、相変わらず雑な人扱いである。
「さてと……こういうネタならやっぱり関さんだよな……」
この手のトンデモ情報に詳しい佐伯の友人の顏が反射的に浮かび、火野は苦笑いを浮かべながら再び受話器に手を伸ばした。
7月11日 19時45分。
「火野、あんまり根つめずに適当に切り上げて帰れよー。……あと電気、よろしくな」
「わかりました。お疲れ様でしたー」
残業で最後に残っていた同僚が帰宅し火野はフロアに一人になった。火野は午後にあった関からの電話で得た情報を自分の手帳にうつしていた。
「しかし、こんな所でまた舟越無一の話が出てくるとはな……」
火野は、関との会話を思い出す。
『――でな、その昔の記事のスクラップの中に1954年にジョン・ベイダーが来日して同じように東京で超能力の公開実験をした時の記事があってな。中身は実験直前のあおり記事だったんだけど、その記事の中に以前、君に調査を頼まれた「舟越無一」の名前が出てきたんだよ!……
〝日本でも一昔前に「舟越無一」というこの分野の権威が同様の実験を行った事があり、被験者だった娘が全く何もできず大失敗に終わった〟って内容でさ。で、気になってついでに調べてみたら、どうやらこっちの娘の能力も本物みたいでね……』
「舟越と舟越の娘……まだ事件の事を追っているんだろうか?先輩は……」
佐伯の心中を想像し、途端に悪い妄想が広がり出す。
――トゥルルルルルルル!――
はっと我に返り、火野は慌てて受話器を取った。
「……火野か。社宅の方に電話したらまだ帰ってないって言われてな。で、どうだ?情報は?」
電話の相手は佐伯だった。
一瞬、このジョンの件は事件の続行調査かどうかを聞こうかと迷うが、火野は黙って集めた情報を佐伯に伝え始めた。佐伯は火野の言葉を素早く自分の手帳の「ジョンの調査欄」に書き加えていく。
――――――――――
◎ジョン・ベイダー
シカゴ在住の超能力者(1921年カリフォルニア生れ)
・各地で「念動力」や「透視」の公開実験を実施
・1952年にニューヨーク知事の娘の誘拐事件を解決←有名になるきっかけ
→→→この透視能力は恐らく本物!
~火野情報~
・1953年―カリフォルニア州で発生した連続殺人犯の逮捕に協力
・1954年8月―事件を題材に著書発表→全米でベストセラー入り
・1954年10月→来日。超能力公開実験を成功させる
・1963年5月―3年ぶりに著書を発表(7月の来日は本の宣伝が目的)
(来日中スケ)
・7月22日午後→羽田到着
・7月28日昼~スミレTV「超能力実験生番組」に出演(2時間枠)
・7月30日10時~WWTV「モーニング東京」に出演
・7月30日正午の便で帰国予定
――――――――――
「関のヤツ、相変わらずこっち系の情報には強いな……スミレTVで特番か……じゃあ、詳細はそっちに連絡すれば拾えるか。……助かったよ火野」
一通りの情報を聞き終え、またもや突発的に電話を切りそうな雰囲気を醸し出す佐伯に対し、火野が慌てて言葉を差し込んだ。
「あと、これはデスクからの情報なんですが、その特番のプロデューサーがウチに以前勤めていた『城島』って人らしくて……」
「『城島』だって!」
「はい。〝昔は佐伯ちゃんと良いコンビだったんだけどね~〟なんて言われて、あとはノーコメントだったんですが……どういう人ですか?その城島さんて人?」
何かを思い出しているかのように佐伯は暫くの間黙り込み、再び唐突に言い放った。
「いけすかない男さ。……まぁ仕事はそこそこできる奴だったがな……なるほどね。奴がTV屋か………まぁピッタリの場所に落ち着いたって事だな」
「……仲良しでは無かった?」
「仲良し!?……まさか。…………まぁ、気分は悪いが、これで話は早くなりそうだよ。ありがとな火野。じゃぁ、」
「ちょ、ちょ、一寸待ってください先輩、話はまだ終わってないですから!」
またもや話を終わらせようとする佐伯を制し、火野が強い口調で話をつないだ。
「何だよ……これだけもらえりゃ十分だよ。この件に関しちゃ……」
「『舟越無一』の公開実験の話が出たんです……こんな所で」
「無一の!?」
受話器の向こうの佐伯の声色が一変する。
「はい。無一も今回のジョン・ベイダーのような公開実験をしたらしいんですが、そういう実験をTVで生放送するのは日本で初めてだったらしいんです。でもその実験、大失敗に終わったそうで……なんでも、その時の被験者が小学生の少女で、前評判では〝凄い能力者〟だと言われてたのが本番ではサッパリだったそうなんです……でも、関さん曰く……」
「本物だ。だろ」
「?……何でわかるんです?……関さんの話だと、全国的に無一を非難する声が上がって、それが元で研究所も閉鎖に追いやられた。ってのが定説らしいですけど……あ、それからその少女ってのが……」
「舟越ケイコ。……舟越夫婦の一人娘だろ」
「!?……え?……佐伯さん、その情報はどこで……」
佐伯が呆れ声で即答する。
「どこもなにも、ついこの間島根で会ってきたからな。本人に」
「本人に!?」
「俺だって同じ件を追ってるんだし、その位先には進んでるってことだよ……」
冗談じみてはいるが、その言葉に軽い自尊を感じ、火野は思わず佐伯に噛みついた。
「先輩!あなた、まだこの事件、追うつもりですか!?……これ、まともじゃないですよ!この事件は!」
電話の向こうで佐伯が口を閉じる。
「俺、直接現場に居て見たんです!この眼で!………救急隊も変だったし……異常すぎますって、起きている事が!………先輩、悪いことは言いません、もうこの件は……」
「俺の家族だ……」
「!」
佐伯の一言で火野の言葉が止まる。
「そのお前が見ていたのは俺の家族だと言ってるんだ!」
佐伯の咆哮に火野は完全に言葉を失ってしまう。
少しの沈黙の後、平静さを取り戻した佐伯が先に言葉を発した。
「すまんな火野……気持ちはありがたいが、この件は納得いくまでやらせてくれないか」
「………。」
それ以上、火野は佐伯に言葉をかける事ができなかった。
現場に直面したからこそ、火野には佐伯にかけるべき言葉がみつからなかったのだ。
――行くところまで行かなければ、もうこれは終わらないんだ――
受話器の向こうから伝わる佐伯の覚悟に、火野はこの状況を受け入れていくしかないのだろうと悟っていた。
(つづく)
~あとがき~
次回は、今回の小タイトル「炎」の最終話。
何が「炎」かというと……
それはすぐにわかります。
今夜からすぐ着手できそうなので、
今夜遅く、もしくは明日の夜にアップできればな~
と思ってます。
でわでわ。
(羽夢屋敷)




