序 ~見えざる世界/ 01~
6月29日。
佐伯妻子の無情な死亡事故は、佐伯が東京に帰った同日の早朝に起きた。
その3日後、7月2日。
舞台は佐伯の後輩「火野」が住む6畳間から再開する。
--- 炎 ---
7月2日 11時30分。
――ドンドン!ドンドン! ――
「火野さーん、電話入ってますよー。大分の警察の人からーー」
まだ布団の中でぼんやりとしていた火野は、聞き慣れた管理人のダミ声で現実世界へと引き戻された。火野は頭をかきむしりながらゆっくりと上体をくの字に起こす。
先輩記者の妻子の壮絶な事故現場を目の当たりにしてしまった彼の心情を心配したデスクは、彼に対し半ば強制的に数日間の有給消化を命じていた。デスクの想像通り、家族のように親しく接しくてくれていた良き人達の「死」は、火野の心に深いダメージを与えていた。
「ゆっくり休めもしないな、まったく…………というか、何だ?警察って??」
火野は未だ朦朧としている意識に活を入れるようにその額を右手の平で2~3回叩くと、共同電話が置いてある管理人室の方へふらふらと足を進めた。
「火野君かい?俺だ。丸尾だよ」
「まるお………ああ!去年末にアメ横の飲み屋でご一緒した……」
火野の声のトーンが少し明るくなる。
火野・丸尾・佐伯の三人は、前の年の冬、丁度丸尾が出張で東京に来た時に『朝まで』浅草界隈を飲み歩き、互いに腹を割って話す〝同志〟の杯を三人で交わす、という一幕を演じた関係であった。
「佐伯……とんだ事になってしまったね………現場に居たって聞いたけど、火野君の方は大丈夫?……」
豪快・豪傑なイメージしかなかった丸尾が腫れ物に触るような感じで静かに切り出す。
ここ3日の間に溜めこんできた「どうしようもない憤り」が堰を切ったように流れだし、火野は今迄起きた出来事を包み隠さず一気に丸尾にぶつけた。
「つまり、異常な何かが起こり始めていると……」
一通りの火野の話を聞き暫く沈黙していた丸尾が思い切ったように口を開いた。
「火野君……キミ、この『六つ鳥居事件』について、佐伯にどこまで聞いてるの?」
「どこまで……って?」
「いや、その……裏で何がどう動いているとか、祟りの影響で何が起きているとか……」
「?……裏……の祟り?………ですか?」
「あ、そう。……そうか!俺が〝機密〟って念押してたから、そりゃ内容は言えんか…」
火野の反応から「事件の詳細はこいつには全く伝えていないんだな」と察した丸尾は、そこに佐伯の火野に対する優しさのような思いを感じ、あえて言葉をはぐらかす。
「ところで火野君、もし佐伯と連絡が取れたら、こっちにも連絡を入れる様に伝えて欲しいんだが、いいかな?」
「お安い御用です。明日の利恵さんたちの葬儀には現れるでしょうから、その時に伝えておきますよ。他に何か言伝とかありますか?」
会話の初めより心なしか火野の口調に張りが出た様な気がし、丸尾は少し安心する。
「あとこちらの連絡先なんだが、実は…痛ッ!……」
突然、針で刺されるような痛みを感じ、丸尾は思わず会話を止める。
「?……どうかしましたか、丸尾さん?」
「いや、大丈夫、大丈夫。……机の上の画鋲を反対向きに持っちゃっただけだから、……そうそう、実は近々出張でね。署に戻るのが十二日以降になりそうなんだ。なので、それまではこっちが出先から火野君に連絡するから」
机の上に画鋲など無かったが、丸尾はとっさにデタラメを言った。
「わかりました。ああ丸尾さん、俺からも一つお願いが……」
「ん?……何?お願いって?」
「その『火野君』とか『キミ』って呼び方、止めてくれませんかね。なんかこうムズガユくて……前に上野で乾杯した時みたく『火野、オマエ』で行きましょう」
「ああ……うん。……そうだな。『キミ』って柄じゃないな。そりゃそうだ。はは!」
火野の言葉に丸尾は思わず苦笑する。
二人はそのあと、少し佐伯の話をして受話器を置いた。丸尾との会話で鬱蒼としていた気分が少し和んだ火野は、そのまま服を着替え空腹を満たすべく町へとくり出した。
「話せんよな。さすがに……」
首筋をさすりながら痛みを堪えていた丸尾が、その左手を首から離す。
そこには、つい最近自分の友に見た無慈悲な『刻印』がクッキリと横切っていた……
(つづく)
~あとがき~
今回は量が少なくてごめんなさい。。
佐伯、丸尾、火野の3人のタイムテーブルをきっちり合わすのに
思いのほか時間をとられてしまいました。
(ベースができていたので甘く見ていました……反省!)
準備は整ったので、
バリバリ書いていくぞ~!
(羽夢屋敷)




