九
「一玉、五〇〇円? そんなに高かったかな……」
雑然と並ぶ白菜の棚を見て私は思わず独り言を発していた。少しずつ暖かくなっているが、まだ日の出日の入りの刻には冷え込むのでたまには鍋でもマコとつつこうかと思って近所のスーパーに買い出しに来たのだが、これならもう少し歩いて商店街の八百屋で買った方が安いかもしれない。しかし、もうそろそろ八百屋は閉まる時間に差し掛かっていたし、仕方なくその中から一番見た目の良いものを選び取り、緑色のプラスチック製のバスケットにそっと入れた。それから人参、椎茸、長ねぎを野菜の並ぶコーナーで選びバスケットに入れていった。野菜コーナーを抜けた角には鮮魚コーナーがあり、刺身や寿司が並びその棚の上には、これからさばかれるとは夢にも思っていないであろう石鯛や、クロダイ、鯵に伊勢海老などが窮屈そうに右往左往している。水槽を横目に見ながら、左手に置いてあるカウチになった鍋の素から水炊きの素を選ぶ。そのまま真っ直ぐに進むと、正面に肉類の棚が現れる。そこから、鶏肉のつみれを選び、バスケットに入れた。肉類の棚の向かいにある棚からパック詰めの木綿豆腐を選び取る。
これで大体、鍋の材料は揃った。後は何か酒類でも買おうかと、アルコール棚に向かった。そこで、パックの梅酒と缶ビールを二缶バスケットに入れた。随分と重くなったバスケットを持ってレジ待ちの列に並んだ。夕刻ということもあり、バスケット一杯に食料品を詰め込んだ中年の女性客などが多く、レジは混雑していた。私は有人レジの列から外れ、セルフサービスのレジコーナーに並んだ。こちらも仕事帰りと思われるスーツ姿の中年男性客などが惣菜や弁当を持ち、数多く並んでいたが一人当たりの買い物量が少ないので、割とスムーズに順番が回って来た。バスケットをレジの右手に置き、真ん中の台下に付いたバーコードリーダーに商品のバーコードをかざして、左の台に商品を移動させる。バーコードリーダーの手前にある電子マネーの読み取り専用機にスマホをかざし精算を済ませるとその下からレシートが印刷され出てくる。レシートと商品を持ち込んだ黒い麻のトートバッグに詰め込んでからスーパーを出た。すでに日は沈み、空は黒く塗りつぶされていた。半分に割れた月が少し近い距離に感じられる所で赤みを帯びて夜の街を照らしていた。その付近で輝く星はかろうじて肉眼でも確認できた。少し半月の光に見惚れていたが、冷たい風が頬をかすめ、私は身震いして歩く速度を速めた。
「ただいま」
マコは最近帰りが遅い。初めの頃は、どこで何をしていたのか、しつこく聞いていたが「別に……」の一言以上を聞き出すことができず聞くことも止めた。「おかえり」と言って、ミネラルウォーターと出汁昆布を入れた土鍋を、食卓の上に置いたガスコンロに載せて火を付けた。それから切って大皿に盛り冷蔵庫に入れていた具材を取り出し、食卓に置いてラップを取り除いた。
「わ、鍋なんだ」
「そう。まだまだ寒いしね」
そう答えて、温まり緩やかな水流の渦巻きつつある鍋の中に水炊きの素をゆっくりと注いだ。すこし白濁した中身を木製のお玉でかき混ぜる。そして土鍋の蓋を閉じ、できあがるのを待つ間にマコの茶碗に保温しておいたご飯を盛って、グラスと冷蔵庫に入れておいた缶ビールを食卓に並べた。
「じゃあ食べようか」
「いただきます」
胸の前で手を合わせるマコは、なんだかんだまだまだ子どもだな、と微笑ましく眺めながら缶ビールのプルタブを上げて缶ビールをグラスに注いだ。グラスの底に当たりながら泡立つ小麦色の液体が少し煌めくように見えたのは、なぜだか分からない。しかし、この時がマコと過ごせた最良のひと時だったことは間違いない。




