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Autocracy Idea  作者: 松尾模糊
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 冷蔵庫の扉を開ける。中に残っている物は……玉ねぎ半切れと、人参、卵を切らしている。あとは、冷凍庫に豚肉を半パック入れていたはずだ。しかし、しまったな。今日はお弁当は無理だ。パンを買ってもらおう。

 「マコちゃん、今日はお弁当なしで、パンでいいかな?」

リビングでテレビの天気予報を眺めている彼女にキッチンから話しかけるが、返事はない。反抗期までインプットされているのか? そこまで人間に近づけてしまったら、エオニオティタイドである必要なんてないじゃないか。そういう人間らしさを排除してこそ、彼らの存在価値が生まれるのではないか。まあ、エオニオティタイドにまで人間らしさを求めるというのが人間の愚かさそのものなのかもしれないが……。

 私はとりあえず豚肉を解凍する合間に電気コンロのスイッチを入れ、フライパンを温める。玉ねぎをまな板の上に載せ、千切りにする。それから人参の皮をピールカッターで剥き、短冊切りにして、温まったフライパンに油をひいて炒める。電子レンジは使えないので、時々フライパンをコンロから離し、豚肉に近づけながら解凍する。マコは普通に食事ができるが、電子レンジは物質の分子にを破壊してしまうので、マコの現在の機能では故障に繋がってしまうと固く禁じられているのだ。早くアップグレードしてその辺りを改良して欲しい。というか、反抗期のメカニズムを導入する前にそちらの方が優先されるべきだろう、どう考えても。研究者はいつも消費者のことなんて考えていない悪い例だ。だから、主婦のアイデアがミリオンヒットを生み出したりするんだよ。


 「朝ごはん、まだ?」

マコがキッチンに入って来て、冷蔵庫の中から牛乳を取り出しながら私に尋ねる。

 「あ、ごめんごめん。すぐできるから。お弁当……」

 「パンでしょ? いいよ、それで」

牛乳パックの口を開き、グラスに注ぎながらぶっきら棒に彼女は答える。

 「ごめんね。昨日買い物するの忘れてて……」

カタっと飲み干したグラスをテーブルに置く音だけを残し、彼女はそそくさとリビングに戻った。私はフライパンに豚肉を入れ、塩コショウを振り掛ける。豚肉がしなってきたら、遺伝子組み換えの大豆を使っていないオーガニックの醤油を加え、電気コンロの火力を弱める。電気ポッドで湯を沸かし、インスタントの味噌汁を作る。フリーズドライには対応しているらしい。保温しておいた白米を茶碗によそう。彼女は今日の星座占いを眺めていた。一応、プロファイル上二〇三四年九月十一日生まれの乙女座ということになっている。乙女座は……最下位だ。

 「お待たせ」

私は彼女の目をテレビから逸らせようと少し大きな声で、乱暴に食器を並べた。彼女はチッと舌打ちしながら食卓に向かった。舌打ちなど、どこで覚えたのだろうか? ディープラーニングとやらは未だにそのメカニズムを解明できないでいるが、改善の余地大有りだ。あの奇妙な男と、そしてこのマコと出会ってもう三年が経とうとしている。その間にスマコが二回取り替えられ、マコもメンテナンスを一度受けた。男は三年で彼女は回収され、世界に向け世紀の大発明が発表されると息巻いていた。しかし、昨年の暮れにロシアが軍事用エオニオティタイドの大量生産に成功したことを突如発表して以来、男からの連絡は途絶えた。アメリカとヨーロッパを中心とする国際連合はロシアに対し、即刻エオニオティタイドの生産中止と研究の凍結を勧告したが、中国とロシアは例のごとく無視を決め込んでいる。一部の報道では、アメリカもすでに軍事用エオニオティタイドを完成させていて、中東の内戦地域に投入していると言われている……。報酬と、母親の入院費は先月も振り込まれていたが、それもどうなるか分からない。

 「美味しい」

まるで私の不安を見透かしたように、あの不機嫌な態度を改め笑顔でそう私に語り掛けるマコに私は虚を突かれる。

 「そ、そう? あり合わせでごめんね。良かった」

私は顔を多少引きつらせた笑顔で応える。まるでこちらがエオニオティタイドのような気分になる。しかし、私が抱いていた不安は想像を絶するほど大きな災厄となり、私たちの生活に襲い掛かってきた。

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