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その後、眠っていたイヴェットが目を覚ました時、アレクシアはあらかじめ枕元に用意しておいた水をイヴェットに勧めた。発熱のせいなのかのどの渇きを覚えたイヴェットはグラス一杯の水を飲み干した。
空になったグラスを下げてから、アレクシアはスヴェンから預かった見舞いの品々をイヴェットに渡した。
「イヴェット様、こちらはスヴェン王子からイヴェット様へのお見舞いだそうです」
アレクシアはベッドわきのサイドテーブルの上に二冊の本と紙袋とブーケをそっと置いた。
「まぁ!!」
イヴェットの目をまず最初に引きつけたのは、横たわった本の表紙の上に紙袋と並んでのっていたフヨウのブーケだった。
「きれい……」
イヴェットは手を伸ばし、ブーケを手に取った。イヴェットはそれをひざの上にのせて上から眺めた。しばらくの間そうしていたのだが、次にそれを持ち上げて横や斜め上といったいろいろな角度から眺めた。
飽きずにブーケをうっとりと見つめるイヴェットを見ながら、アレクシアは複雑だった。アレクシアにとってスヴェン本人はどうやったっていけ好かないやつなのだが、見舞いと称して贈り物をする行為や品を選ぶ彼のセンスはさすがだと感心せずにはいられない。
アレクシアははっと我に返った。
だめよ、感心しては!
こんな贈り物をしたって、彼がイヴェット様にひどいことをした過去は絶対に変わらないんだから!!
イヴェット様ご本人が忘れたとしても、私とマテオは絶対にそのことを忘れたりはしないわ!!
アレクシアはこの花の贈り主がスヴェンであるという事実が気に入らなかったが、それでも花に罪はない。贈り主が誰であれ、そしてその人物が過去にイヴェットにどんなにひどい仕打ちをしたとしても、このフヨウのブーケはやはり美しかった。
「とても……きれいですね」
「ええ、本当に……」
イヴェットはブーケをもう一度ひざの上に戻し、再び上から見下ろした。
ブーケをひざの上に置いたまま、イヴェットは手を伸ばして残りの品を引き寄せた。
本の上にのっている紙袋をわきに置いてから、イヴェットは二冊の本の表紙に目を走らせた。
一冊目の詩集は、イヴェットが大好きな詩人のものだった。実は全く同じ本をイヴェットはすでに所有していて、今それをアリーヌに貸しているところだ。自分が好きで何度も何度も読み返した本と彼が選んでくれた本が同じだなんて、何だか彼と自分の気持ちが通じ合っているような気になったから、イヴェットは嬉しかった。
もう一冊はイヴェットの知らない作家の知らない作品だったのだが、早く読みたいわ、と彼女は期待に胸を高鳴らせた。
イヴェットにしてみれば、とにかくスヴェンが贈り物をしてくれたことが嬉しかった。言うまでもなく、物をくれたことが嬉しかったのではない。自分のためにわざわざ贈り物を用意してくれた彼の気持ちが嬉しかったのだ。
「きっとイヴェット様が病床で退屈なさらないようにというお気持ちだったのでしょうね」
アレクシアの言葉がイヴェットの胸に湧き上がる喜びをさらに高めてくれた。
イヴェットは二冊の本を自分の横に置き、最後に残った紙袋を手に取って中を覗いた。
「これは……お菓子だわ」
焼き菓子のいい香りがイヴェットの鼻をくすぐり、彼女は思わず
「おいしそう」
と呟いた。
「お召し上がりになりますか? でしたらお茶をご用意いたします」
「ええ、お願い」
アレクシアはお茶の仕度をするためにイヴェットの寝室から出ていった。
一人きりになったイヴェットは、改めてひざの上のフヨウのブーケに目を落とした。
花は見とれてしまうほど美しいし、紙袋に入ったお菓子は芳香を放っているし、本という時間が経過しても手元に残るものまで得たし、イヴェットの頭は何だかふわふわしてしまった。昨日酒をそうとは知らずに飲んで酔ってしまった時の感覚に似ているような気もしたし、熱に浮かされているような気もした。
イヴェットはぼんやりしたままフヨウの花を見つめ続けた。
スヴェンが自分に花を贈ってくれたことがいまだにどこかで信じられなかったが、それでもイヴェットの胸の中の喜びは確実に膨張していた。
彼女は今までに読んだことがあるお話の数々を思い出した。男性が女性に花を贈る。意中の人から花を贈られた女性は心の底から喜ぶ。読者のイヴェットはそんな場面に出くわすたび、女性のキャラクターに祝福を送りつつ、憧れずにはいられなかった。
彼女たちと同じ経験をして初めて、彼女たちの喜びがどのようなもので、どれほど大きいものだったのか、イヴェットは理解できた気がした。