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ナルフィ家の別邸に戻ったスヴェンは、まず自分が寝泊まりしている部屋へと入った。
次に彼は侍女を呼び、自分がイヴェットとの面会を望んでいることを伝え、取り次ぎを頼んだ。
侍女はほどなくして戻ってきたが、彼女は一人ではなかった。別の女性を引き連れていた。
その女性とは、イヴェット付きの女官、アレクシアだった。
アレクシアは愛想笑いなどを一切浮かべておらず、どこか緊張をにじませている彼女の顔は無表情に近かった。スヴェンへの嫌悪感を懸命に押し殺そうとしているようなアレクシアの態度に、彼は苦笑するしかなかった。
昼間一緒に出かけた御者見習いに扮した騎士も、今スヴェンの目の前に立つこの女官も、スヴェンへの敵意を隠しきれていなかった。マテオもアレクシアも必死にそれを隠そうとは努めたのだが、結果だけに注目するならば彼らの努力は実を結びはしなかった。
自分がイヴェットにしてしまったことを思えば、彼らの反応も至極真っ当だ。自分の罪の深さを改めて認識しながら、スヴェンはアレクシアにイヴェットの具合を尋ねる。
「イヴェットの調子はどうだ?」
「風邪をお召しになられたようです。熱があり、咳はなさいませんがのどが痛いとのことでした。お医者様によると、二、三日ゆっくり体を休めたほうがいいとのことです」
「そうか」
スヴェンはうなずいてから、
「彼女に会いたいのだが」
と切り出した。
「お薬を飲んで今は眠っていらっしゃいます。お目覚めになるまでお待ち下さい」
「分かった」
スヴェンは実のところ、最初から風邪を引いたイヴェットに会えるとは思っていなかった。彼女が休んでいるのはもちろん彼女の部屋、それも寝室だ。若いながらも貞淑だと名高いイヴェットが、婚約者とはいえ独身の男である自分を彼女の部屋に入れることはないだろう。そう推測していたから、スヴェンはあっさりと引き下がった。
「これを彼女に渡してほしい。見舞いの品だ」
スヴェンは今日ローゲの街で買った品々をアレクシアに預けた。二冊の本とフヨウのブーケ、そしてスヴェンが昼食をとった店の焼き菓子が入った紙袋だ。(ちなみに、スヴェンは同じものを二つ購入した。一つをイヴェットのために、もう一つをもうすぐ遠乗りから戻ってくるであろう友人たちのために買ったのだ。)
「……これをイヴェット様に?」
今まで冷たささえ感じさせたアレクシアの表情が驚きに変化した。
「ああ」
アレクシアは意外そうにスヴェンから渡されたものを見下ろした。
だが、彼女はすぐに口を真一文字に結び、感情を押し殺した表情に戻ると、
「かしこまりました。それでは失礼いたします」
と慇懃にお辞儀をしてスヴェンの部屋を辞した。
本と焼き菓子が入った紙袋とブーケを抱えてアレクシアはイヴェットの部屋に戻った。すると部屋の前の廊下に彼女の双子の兄マテオが立っていた。マテオは壁にもたれた状態で腕を組み、食い入るように床を見つめていた。何か考え込んでいる様子だ。
「マテオ」
アレクシアが彼の名を呼ぶと、マテオははっと顔を上げた。
「アレクシア」
マテオの視線はすぐにアレクシアが持っている品々に向けられた。
兄には何か自分と話したいことがあるのだろう。そう察したアレクシアは
「ちょっと待って」
と言ってからイヴェットの部屋に入り、居間のテーブルの上にスヴェンから預かったものを置いた後で、奥の寝室へと続くドアを音を立てないようにそっと開けた。
ベッドの上に横たわるイヴェットが眠っていることを確認したアレクシアは再びドアを閉め、兄が待つ廊下へと戻った。
「あれはスヴェン王子から預かったものか?」
マテオにそう訊かれて、アレクシアはうなずいた。マテオは自分に質問したのだが、彼の口調は確信に満ちているようだったので、アレクシアは小さな違和感を覚えた。
「どうして知っているの? あれがスヴェン王子からだって」
「スヴェン王子についていったからだよ」
「……誰が?」
「俺が」
「ええっ!?」
驚いたアレクシアを尻目に、マテオは
「ということは、やはりスヴェン王子がイヴェット様に……」
と独り言のように呟いた。
「どうしてついていこうと思ったの?」
「スヴェン王子は本来ならラザール様と一緒に遠乗りに行く予定だった。けれどイヴェット様が体調を崩されて、一人だけ遠乗りには行かなかった。そんな中で街に出ると偶然聞いたから、どこに行くのか知りたかったんだ、ローゲのどこかに女でも囲っているんじゃないかと思って。俺はスヴェン王子を信用してはいないからな」
アレクシアもスヴェンを信用していない。だからアレクシアは兄の気持ちを理解したし、自分が彼の立場だったら同じようにスヴェンを見張ろうとしただろう。
「それで、どうだったの? やっぱりローゲに女がいるの?」
「いや」
マテオが残念そうに首を横に振った。
「今日のところは特に怪しい動きはなかった。今日のところは、だけどな」
マテオは『今日のところは』という部分を口に出す時に過剰な力を込めた。彼の口調から、マテオがスヴェンを信じていないことは明らかだった。
しかしアレクシアも全く同じ意見だったので、
「なるほど、今日のところは女の影はなかったのね。でも、明日や明後日やその先は分からないわ。悪いけれど、私、どうしてもスヴェン王子を信じることができない」
と宣言した。
「俺も全く同じだ。こんなことは言いたくないが、ラザール様とスヴェン王子は学友同士だし、ラザール様は結局のところ人がいいから、スヴェン王子に対して厳しく出ることはできないだろう、たとえスヴェン王子がもう一度イヴェット様を裏切るようなことをしても」
「そうね」
「だからせめて、俺たちは情に流されないようにしよう。イヴェット様のためにも」
「ええ、そうね。全くそのとおりだと思うわ」
ラザールとイヴェットの乳兄弟でもあり、彼らに忠誠を誓っているこの双子の兄妹は、目を合わせ、大きくうなずきながら、自分たちの使命を確認し合った。




