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きっと一生縁がないもの  作者: 冗長フルスロットル
第二章 恋人たちの10月
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笑いが一段落し、一同が和やかな雰囲気になっていると、外出していたスヴェンが帰ってきた。スヴェンをのぞく全員が庭にいることを玄関先で彼を出迎えた執事から聞いたため、スヴェンは自分の部屋ではなくまっすぐここへ足を向けたのだった。


「ずいぶんにぎやかだな」


ラザールが抱いていたのと同じ印象をスヴェンは口にした。


「お帰りなさい、スヴェン王子」


「どこへ行っていたの? あ、それは秘密だったわね」


最初にスヴェンに声をかけたのは婚約者であるイヴェットではなくアリーヌとシルヴィだった。


無論イヴェットとしても、率先して彼を出迎えたいと思ったし、婚約者としてそうするべきだとも思った。


ところが、アリーヌとシルヴィの声を聞いた瞬間、開きかけていたイヴェットの口はひとりでに閉じてしまった。


イヴェットは自然な感じでスヴェンに言葉をかけることができるシルヴィとアリーヌが羨ましかった。本当はイヴェットも何のわだかまりもなくスヴェンに話しかけてみたい。


イヴェットがそうしたくてもできないのは、何事にも積極的ではない彼女の性格によるところが大きい。加えて、イヴェットはまだ彼に慣れていないし、自分に対する自信のなさから彼に話しかけることをどうしても躊躇してしまうのだ。


そんなイヴェットとは対照的に、スヴェンはアリーヌとシルヴィ相手に軽く微笑むことで応えながら、迷いのない足取りでイヴェットのところまでやって来た。


まっすぐ自分を見つめながら近付いてくるスヴェンの姿に、イヴェットは固まってしまった。彼の青い瞳には不思議な力が宿っていて、いつだってイヴェットの目だけではなく心までをも奪ってしまうのだ。


きれい……。


イヴェットはぼんやりとそう思った。それ以外のことは何も考えられなかったし、彼以外のものは何も目に入らなかった。


イヴェットの心と体が甘く麻痺しているうちに、気づくと彼はイヴェットのすぐ目の前に立っていた。


「ただいま」


スヴェンはそう言って身を屈め、座ったままのイヴェットの額にキスを落とした。


「お……帰りなさいませ……」


我に返ったイヴェットが慌ててそう返すと、スヴェンは満足そうに微笑み、今度はイヴェットのくちびるを塞いだ。


くちびる同士が離れる時にスヴェンがちゅっと音を立てた。その音は妙になまめかしく、イヴェットの羞恥心をいっそうあおった。


「姉上とスヴェン王子って、もう夫婦みたいね」


「本当ね」


シルヴィとアリーヌに冷やかされたイヴェットは熟れたトマトのように真っ赤になった。


シルヴィ、ニコラス、アリーヌはスヴェンとイヴェットの仲のよい様子を微笑ましく思って見守っていたので、三人はラザールが握った拳をわなわなと震わせ、額に青筋を立てていたことに全く気づかなかった。


スヴェンはイヴェットの隣に腰を下ろすことはなく、逆に彼女の手を握って軽く引き、彼女を立ち上がらせようとした。


「庭を散歩しよう」


恥ずかしさを引きずっていたイヴェットはまともに考えることもできないまま、気づくと


「はい」


と返事をしていた。


スヴェンはイヴェットの手を引いて他の面々にさっさと背を向けた。


二人の背後では、スヴェンとイヴェットが二人きりになるのを阻止しようと腰を浮かしかけたラザールの口をシルヴィが手を一生懸命伸ばして塞ぎ、彼が立ち上がれないように肩口をニコラスが押さえ、シルヴィとニコラスをアリーヌが応援するという光景が繰り広げられていたのだが、もう何が何だかわけが分からなかったイヴェットは自分とスヴェン以外のことに気を回す余裕など全くなかった。


シルヴィとニコラスの妨害は二人の後ろ姿が見えなくなるまで続き、特にシルヴィにぴっちりと口と鼻先を塞がれていたため、ラザールは呼吸困難で顔を赤くさせた。


二人が十分にこのガゼボから距離を取ったことを確認してから、シルヴィはようやく兄の口を塞いでいる手の力をゆるめた。


ラザールは一気に妹の手を振り払い、ぜいぜいと息を吸ったり吐いたりした。


その間にニコラスが


「人の恋路を邪魔するなよ。馬に蹴られるって言うだろう?」


とスヴェンの肩を持ったので、ラザールはニコラスをじろりと睨んだ。だが、シルヴィもアリーヌも自分ではなくスヴェンとイヴェットに肩入れしていることはラザールにも分かっていたため、彼は賢明にも口に出して反論はしなかった。ニコラスはともかく、シルヴィと口論するのは究極に煩わしいからだ。


イヴェット……。四人いる妹の中で、お前のことを一番心配していなかったのに……!!


今ではお前のことが一番心配だよ、いろいろな意味で……。


スヴェンと婚約するまではまさかイヴェット相手に異性関係のことで心配するなんて夢にも思わなかったが、現実というのは残酷なものだ。彼の四人の妹たちのうち、一番のしっかり者で慎み深いイヴェットがまるで自己を失ってしまったかのようにスヴェンに翻弄されている。以前のイヴェットだったら、婚約者とはいえども異性と二人きりで散歩だなんて、遠慮がちに、しかしきっぱりと断っていただろうに。


妹に多大な変化をもたらしたスヴェンを恐ろしいと思うべきなのか、それとも恋のなせる業を恐ろしいと思うべきなのか。


とにかく変わってしまった妹に、イヴェットがどこか遠くに行ってしまったような寂しさを覚えたラザールは、ぶるりと体を震わせた。


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