朝からドS
初春間近だというのに、標高一千メートル級の国には季節外れの寒波が押し寄せていた。
「うぅ…寒っ…寒すぎる」
暖かな羽毛布団に包まりながらキャロルは三度目の寝返りをうった。日は既に昇っているが、凍える窓の外はどんよりと曇っている。
目を覚ましたのはだいぶ前だが、あまりの寒さにこの羽毛布団の魅惑的な温もりから逃れられずに、二度寝…ならず三度寝までを繰り返してしまった。
「レニはまだ寝てるのかしら」
サイドテーブルの時計を見ると十時を指そうとしている。
「いけないいけない。いくら昼夜逆転の生活とは言え、朝ごはんぐらい作らないと、レニは私の雇い主なんだから」
正式に言うと給料を払う雇い主は『ハルト』なのだろうが、口の悪いドS男に使われているなど考えたくはないので、あえて『レニ』の名前を出して、自分を奮い立たせる。
布団から出ると、案の定全身をとてつもない冷気が襲い掛かり、キャロルは自分の肩を抱きながらブルブルと身震いした。
こんな時はアレだ。可愛いレニに抱きついて暖をとるに限る。
まだ封を解いてない大きな袋から、この間まとめて買い占めた服を数枚引き出し着替えると、一番間近な心と体のオアシス(レニ)のために愛情のこもった朝食を作るべくキッチンに向かった。
今にも雪が降り出しそうな天気でどんよりと薄暗い廊下を進むと、既にキッチンからは柔らかな灯りが漏れていた。
「えっ? ウソヤダ!」
キャロルは足を速め、急いで明かりの灯ったキッチンに駆け込む。
「ごめんレニ!私も朝ごはん………」
しかし、テーブルの上に並ぶのは、いつものようにレニが作った食のバランスを考えた朝食ではなく、黒光りする重厚な銃の姿であった。
(ちょっ、えっ? ちょっと待ってよ。今は朝で…いや、これは夢よね!)
背を向けるようにして椅子に座るレニが、あの厳つい銃をバラして何かやっている。いや、レニがあんなもの触るわけない……のは分かっているが、嫌だ! こんな朝っぱらから『あいつ』と会うのは……
その思いが直接行動となり、キャロルが開け放ったキッチンのドアを再び閉めようとしたのと同時にテーブルに座る人物の顔が振り向く。
「いつまで寝てんだクソ女。早くメシ作れ」
思った通りの男の声にキャロルは反射的に耳を塞いだ。
「いやっ! 気のせい! ぜっっっっったい気のせい! 何も聞こえない。何も聞こえない。聞こえない聞こえない」
「聞こえてんだろ!」
自己催眠を無理やり解かれるとキャロルは首を大きく振りながら『ハルト』と向き合った。
「なんっでアンタが出てるのよ! 最近出現率が高すぎるじゃない! アンタはフィールド上を当てもなく徘徊するただの雑魚敵か!」
意味の分からない例えを出してきたキャロルにハルトが眉をしかめた。
「フィールド? 何言ってんだ? テメェ」
「えっ、そのっだから、ゲームとかで…」
「はぁ? ゲーム? 寝ぼけてんなら顔洗って来いよ」
本当に全く通じなかった例えに首を傾げるハルトを避けるようにシンクに歩み寄るとキャロルは勢いよく冷たい水で顔を洗った。
いや、ウケを狙ったわけではないが、さっきのはとてつもなく恥ずかしい。
「珈琲」
(なっ!)
当然の事のように後ろから掛けられた声に振り向いたキャロルに向かってハルトが棚に目配せをしている。
「じ、自分で淹れれば?」
「あぁ?」
「…………」
にらみ合う事数秒、えもいわれぬ威圧に耐えかねたキャロルが唇を噛み締めながら棚を開くと、そこには様々な種類の珈琲豆がずらりと並んでいた。
「えぇ! 何これ! こんな所に珈琲豆なんてあったの?」
数種類の銘柄を交互に手に取りながらキャロルは思わず叫んだ。棚に並ぶ瓶詰めの紅茶葉は初めてここのキッチンに立った時から知っていたが、珈琲は初めてだ。
「レニは紅茶が好きだからな」
「えっ! アンタは違うの?」
「俺は珈琲派だ。『レニ』と『俺』を見極めてよく覚えておくんだな」
(嗜好品も違うのね……)
しばらく考えるとキャロルはハッとして振り向いた。
「アンタ! 酒とかタバコなんてやってないでしょうね!」
「やってねぇよ! これはレニの体でもあるんだぞ! やるわけねぇだろ! くだらねぇ事言ってねぇでテメェの仕事しろ!」
ホッと胸を撫で下ろすとキャロルは強制的に与えられた第一の仕事『珈琲淹れ』に仕方無しに取り掛かった。




