ドSな彼がログインしました
荒れ果て、広い空間だけが広がったレンガ造りの倉庫の中、横倒しになった騎馬は大地を抉りながらやっと止まった。
ぽっかりと開いた窓から差し込む光の中でキャロルは自分の置かれた状況を飲み込めないでいた。
「レ…レニ?」
騎馬と一緒に突っ込んだ瞬間、後ろに乗っていた少女があり得ない動きをしたのだ。
あの一瞬の中彼女は自分より体の大きなキャロルをいとも簡単に抱き上げると、そのまま地面に着地…今もしっかり抱え込まれる感じで不動の如く留まっている。
「Gカップ…」
「は?」
レニの両手の力が弱まり、キャロルは転がるように地面に突っ伏した。
「やってくれたな。俺の馬が傷だらけだぜ」
「ったたた…ちょっと!レニ?」
奥に横倒しになった騎馬に近寄ると小柄な少女は重そうな車体を簡単に立て直した。
「え?」
運転にあまりに必死でよく覚えていないが、レニはあの機械仕掛けの騎馬を重くて支えられないと言っていた気がする。
そして聴覚を刺激する違和感。
「選手交代」
立て直した騎馬の前を盾のように覆う鋼鉄のボディからレニは漆黒の銃と巨大な剣を引き抜くと、銃を背後の腰に差し、剣を肩に担いだ。
この違和感…これは…
「ハルト様の時間だ」
男の声だ。
「ハル…トって…?」
声だけではない。顔つきもまるで違う。あの愛らしい顔から一変したレニはハルトと呼ばれる男の顔になっていた。
キャロルの片腕を掴み強引に立ち上がらせると、ハルトは彼女の体を後方に押し退ける。
「サポーターは後ろに引っ込んでな」
「あなた一体!」
彼女の言葉にハルトの口元が笑みに歪む。笑い方も全然違う。
「レニから聞いたろ?特S級狩人…あいつの保護者さ」
いくら別の人格が出て来た所であの華奢な少女が自分の身の丈近くもある巨大な剣を簡単に扱えるものだろうか。
現状がうまく飲み込めずに目を白黒させているキャロルの考えを悟ってか、ハルトは巨大な剣を軽く振り回した後再び肩に担ぎ、その疑問に答えた。
「何の力が作用しているのかは知らねぇが、俺が出てくるとこいつの体にも変化が起きる。声帯が太くなって男の声になったり、体中の筋肉量も増えたりよ」
言われてみれば、先ほどキャロルの身を抱き止めていた時のレニの身体は、あの鋼鉄の騎馬に乗っていた時に必死で腰にしがみ付いていたよりも遥かに堅く、しっかりとしていた気がする…
「まぁ…身体自体の性別が変わるって事はねぇけどな」
「……多重、人格?」
一つの身体に複数の人格を持つ人間が居る事は知っていたが…筋肉量?声帯?そんな物まで変わるものなのだろうか。
ポツリと呟いたキャロルの言葉が気に入らなかったのか、背を向けたままのハルトの目が微かに後ろを振り向き、鋭く睨みつけていた。
「っな…何?」
その威圧に気圧され、一歩後退りながら生唾を飲み込む。
『彼』は「ちっ」と舌打ちすると吐き捨てるかのように
「バカ女が…」と呟いた。
(えっ?何?今何かとんでもない事をさらりと言われたような…)