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お隣の氷姫は、ぼくにだけ微笑む  作者: こねこねこ
第3章 佐藤綾香の秘密

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佐藤綾香の秘密④:偏愛義姉、だらける

 玄関に行き、覗き窓から外を見る。

 ドアの前には、トレンチコートを着た人がいた。

 帽子を深くかぶっており、マスクをしている。

 完全な『不審者ファッション』だった。


 ――変装した桐島先輩か?


 そんなわけがなかった。

 桐島先輩は今『秘密の部屋』にいる。

 そこで趣味の読書に耽溺しているはずだ。


 では、この人物は誰なのか。

 どこから湧いて出た不審者だというのか。

 心当たりは、一人しかいなかった。

 ぼくはドアを開ける。


「あ、凪ちゃん。やっほー」


 不審者は、ぼくに向かって右手を小さく振った。

 その背中には、大きなリュックが背負われている。

 顔はよく見えないが、声と所持品で分かった。


 不審者の正体。

 それは、佐藤綾香――ぼくの姉だ。

 といっても、実の姉ではない。

 両親の再婚で出来た『義理の姉』だ。


「家にはいられなくなっちゃった〜。今夜は泊めて」


 不審者ルックで甘えた声を出す姉さん。

 ぼくは即座に「断る」と告げた。

 この家には今、桐島先輩と澪がいるのだ。

 これだけでも厄介な状況。

 一人増えれば、それが更に複雑化する。

 それは避けたかったのだが――。


「お邪魔しま~す」


 姉さんは、そう言いながら、ずけずけと中に入ってきた。

 ぼくの返事など最初から聞く気がないらしい。


 リビングに入ると、姉さんは大きなリュックを床に卸した。

 このリュックには、姉さんの『仕事道具』が入っている。

 ここでも仕事が出来るように持ってきたのだろう。


「あー、重かったー」


 姉さんは帽子とマスクを取って、床に放り出す。

 これでようやく顔が現れた。

 黒髪の奇麗なショートヘア。

 やや鋭い瞳に整った顔立ち。

 いかにも『仕事のできる奇麗なお姉さん』といった外見だ。

 ただ、今は完全にオフの状態であり、表情は緩み切っている。


「床に置くなよ」

「無理、疲れた~」


 そう言って姉さんは、トレンチコートを脱ぐ。

 その姿を見て、ぼくは息をのんだ。

 コートの下から現れたのは、肩が大きく開いたゆるいタンクトップ。

 そして、太ももを大きく露出したショートパンツ。

 防御力皆無の姿だった。

 だからこそ、攻撃力はすさまじい。

 身体の曲線がそのまま出ている。

 まさに『大人の女性』と言った感じ。

 つい反射的に、視線を外してしまった。

 見てはいけないものを見てしまったような気がする。

 すると、姉さんは「見とれちゃった?」と揶揄うように言った。


「その恰好でここまで来たのか?」

「コートを着てきたから大丈夫よ。コートさえ着ていれば、その下は何を着ていても大丈夫なの。全裸でもオッケ~」

「絶対にやるなよ」

「分かった。外ではやらない」

「中でもやるな!」

「またまた~。期待しているくせに」


 姉さんは、コートをソファーの上に投げ捨てる。

 そして、倒れるような勢いでソファーに腰を落とした。

 二度と動かない、と言わんばかりに全身をソファーに預けている。


「それで、今日はどうしたんだ?」

「さっき言ったでしょ? 家にいられなくなったって」

「だから、何で?」


 家に黒い虫でも出たのだろうか。

 あるいは、騒音に耐えられなくなったか。

 そう思っていたが、事実は予想外のところにあった。


「家の側で飲み会が開催されることになったのよ。土曜日なのに! 休日なのに! 全く、付き合ってられないわ。だから『所用の為欠席』ってことにしたのよ」

「それで?」

「家の電気がついていたら『所用がないのに欠席した』って思われちゃうでしょ?」

「事実だろ」

「事実だけど! はっきりバレると、大変なのよ。人間関係っていうのは、難しくないけど面倒くさいのよ」


 何だか、深いことを言っているように思えた。

 少し考えたら気のせいだと気づいた。


「それで、避難してきたのか」

「丁度いいから、全力で癒してもらおうと思って」

「何もしないけど」

「何もしなくていいよ~。ただそこにいるだけで癒されるから。でも、肩揉んで~」

「はいはい」


 ぼくは姉さんの肩を揉む。

 大分お疲れのようで、とても凝っていた。

 揉んでいると、姉さんはだらしない声を上げる。


「あ~、気持ちいい」

「ご満足いただけましたか」

「まだまだー」


 姉さんはソファーに身体を倒し、うつぶせになった。


「次は腰揉んで~」

「はいはい」

「その次は、おっぱい揉んで」

「はいはい――って揉むか!」

「今『はい』って言った~」

「揚げ足を取るな!」

「気にしなくていいよ。いつもみたいに、揉んでくれていいよ~」


 ガタンッ。

 ぼくの部屋から、物音がした。

 その音に、姉さんも気づいたようだ。


「何か、音がした?」

「してないと思うけど。気のせいだよ」


 ――これは、まずい。


 ぼくの部屋は、リビングの隣にある。

 そこには今、澪が隠れている。

 そのことが姉さんにバレるのはマズい。

 それに――今の姉さんの発言を澪に聞かれたのもマズい。

 今のうちに訂正させなければ。


「姉さん。とぼけたことを言っちゃいけないよ」

「とぼけたこと?」

「今の言い方だと、ぼくが姉さんの胸を日常的に揉んでいる変態のように聞こえるだろ! そんな事実はないというのに! 一切ないというのに!」

「そうだっけ?」

「そうだよ!」

「でも『将来の夢は、私のブラジャーになること』って言っていたじゃない?」

「それは――」


 つい、言葉に詰まってしまう。

 今の発言は、確かに小学生の頃に言っていた。

 当時は、何故だか、ブラジャーが格好良く思えたのだ。

 今となっては笑える話だが――状況的に笑えない。


「ま、全く。事実無根もいいところだ」


 声が裏返りそうになるのを抑えながら、ぼくは言った。


「事実無根? でも――」

「姉さん、酔ってるだろ?」

「酔ってないよ~」

「ここに来る前に、酒を飲んで来たな?」

「黙秘します」

「黙秘する人はこの家に置けません」

「飲みましたぁ!」


 姉さんは高らかに言ってのけた。


「飲み会には出たくなかったけど、お酒は飲みたかったの。でも、凪の家で飲むのは悪い気がして。だったら、飲んでから行けばいいやって思って」

「飲まないという選択肢はないのか?」

「ないよ~」

「なんでだよ!?」

「大人にはね、飲むべきではないと思いながらも、飲まずにはいられない時があるのよ」


 何だか、重いことを言われてしまった。

 まぁ、色々と大変なのだろう。

 大人の世界のことはよく分からない。

 いずれ分かるのかもしれないが、正直分かりたくない。


「今後は止めてくれ。どうしても飲みたいのであれば、ここに来てから飲んでいいから」

「本当に?」

「本当に」

「私の面倒を見てくれる?」

「……ああ、うん」


 正直、気が進まない。

 だが、姉さんの身の安全を考えれば、仕方がない。

 コートの下は、露出の多い薄着だった。

 酔いが回れば、そのままの格好で出歩いたかもしれない。

 その姿を人に見られたら。

 あるいは、襲われたりしたら。

 そんなことになったら、取り返しがつかない。


「だから、外に出るときは酒を飲むな。約束してくれ」

「分かり申した!」


 そう言って、姉さんは敬礼のポーズをした。

 ぼくは思わず、ため息をついた。

 この酔っ払い、面倒くさすぎる。

 だが、放置するわけにも行かない。

 この人を何とかした上で、澪たちを脱出させなければならない。


 ――さて、どうしたものか。


 ぼくは思案する。

 そして、もっとも簡単な方法に思い至った。

 

「姉さん、眠くはないかい?」

「んー。言われてみれば、眠いかも」

「それじゃあ、早く寝た方がいいんじゃないか? このまま、ソファーで眠ってしまうといいよ」

「そうだねー」


 姉さんは同意した。

 一度眠れば、滅多なことでは起きない。

 そうすれば、澪たちを脱出させることが出来る。

 そう思っていたのだが――。


「でも、普通に眠るのは難しい気がするな~」


 姉さんの目が、妖しい光を孕んだ気がした。


「どうすれば、眠れる?」

「それじゃあ、早速。とりあえず、膝枕して。私を全力で甘やかして」

「子供じゃないんだから」

「ちっちっちっ。子供じゃないから、癒しが必要なんでしょ」

「そういうものかね」

「そういうものなの。ほら、私は膝を所望するよ~」


 そう言って、姉さんはソファーを掌でポンポンと叩く。

 正直、とても辛い状況だ。

 この会話は、聞かれているのだ。

 ぼくはため息をついて、ソファーに腰かける。


「分かった。膝枕はしよう。だけど、大きな声は出さないようにしてくれ」

「何で~?」

「うるさいからだよ。嫌なら、今日は完全に放置するけど。このままダラダラ過ごして『進捗状況』が悪くなってもいいなら、好きにすればいい」

「分かった~」


 ぼくがソファーに座ると、姉さんはぼくの太ももの上に頭を乗せた。

 無防備な表情。

 ぼくは、姉さんの頭を撫で始めた。

 姉さんの表情が蕩け始める。


「あ~、癒される~。凪の手からは、波動が出ているね」

「出てないよ」

「その内、波動拳とか出せるようになるんじゃないかな?」

「無理」

「かめはめ波なら、なんとかならない?」

「無理だし、この状況で出せたら姉さんの頭が大変なことになるぞ」

「脳みそビッグバンアタック~!」


 いいぞ! 姉さんの思考力が落ちて来た。

 とりあえず、このまま眠ってもらおう。

 そう思っていたのだけれど――。


「危ない、寝るところだった!」


 そう叫びながら、姉さんは体を起こした。

 寝てていいのに、何か余計なことを思いついたらしい。


「何か用事でもあるのか?」

「お風呂に入らないと!」


 姉さんはそう言った。


「大丈夫だよ。風呂なんて、一日くらい入らなくたって問題ないから」

「そういうわけにも行かないよ。凪ちゃんに『臭い』って思われたら、生きていけないよ」

「大丈夫。思わないから。さっさと寝てくれ」

「断固拒否。私はお風呂に入るという確固たる意志を持ったよ」


 余計な決意をさせてしまった。

 まぁ、いい。これは好都合だ。

 風呂に入れてしまえば、澪たちを脱出させることが出来る。

 姉さんは長風呂だから、眠らせるよりも脱出の安全性も高まる。

 そう思っていたのだが――。


「というわけで、一緒に入ろ?」

「……は?」


 どうやら、一筋縄ではいかないらしい。



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