第3話 魔界と魔族
学校帰りの公園で突如謎の男に襲われた颯太は意識を失っていたが、徐々に取り戻しかけようとしていた。
瞼は閉じ、視界は真っ暗だが、薄っすらと誰かの会話が耳に入る。
「ホロウ。颯ちゃんの容体はどうかな?」
「現状出来る範囲の応急処置として魔蝶の鱗粉を振り掛けましたので、今は一旦様子見するしかないですね」
「それって、自然治癒能力を活性化させて回復を促す魔薬だよね? 本当に効くの?」
「回復には体力を多く使用しますので、完全回復するかは、立花様の体力次第ですが」
「どれくらいで目を覚ますか分かるかな?」
「それについても不明瞭です。しかし、呼吸や脈拍は安定してますので、暫くすれば目を覚ますかと」
颯太からして、聞き覚えのある声と聞き覚えのない女性同士の会話を聞きながら、閉ざされた重たい瞼を開き、目を覚ます。
「う、うぅ……」
「お、噂をすればなんとやらだね。目を覚ましたみたいだ」
目に入る光の眩しさにやられながら、颯太の視界に最初に入ったのは知らぬ天井、次に真奈の顔だった。
「おはよう、颯ちゃん。ご機嫌はいかがかな?」
「真奈ちゃん……ここは?」
「その質問の前に確認だけど、颯ちゃんは気絶する前までの記憶はハッキリしてるかな?」
質問に質問で返され、質問の意図が読めない颯太。
質問されれば答えねばと腕を組み、記憶を読み起こそうと唸る颯太。
颯太は自身が気を失う直前の記憶を思い出す。
「確か……いきなり変な人に襲われて……そうだ! 僕、切られたんだった!?」
颯太は被さる布を払い除け、自身の体を手探りで確認する。
颯太は気を失う前に、謎の男から鎌で切られ、殺傷のある光線で撃たれている。
「……あれ? なんともなってない? あれって、僕の夢だったのかな……」
自身の体を確認すると綺麗な状態で傷一つなかった。
あまりの正常に颯太は怪我自体が夢だったのではと思った。
「まだ回復してから時間が経ってないので無理に動かさないでくださいね。表面上は治ってますが、完全ではありませんので」
「え? ッ!?」
鎧の人物が颯太に通告するが、少し遅かったようで颯太が右腕を肩から回すと激痛が走った。
「いたぁぁあっ! なに!?」
まるで激しい運動の翌日に襲い掛かる筋肉痛の様な痛みが全身を駆ける。
「だから言いましたのに……。立花様。貴方が襲われたのは夢ではございません。確かに立花様は重傷を負っています」
「え、でも……普段通りの綺麗なままですが?」
「怪我をした箇所を思い出して傷を確認してみてください。恐らく、傷は完璧に塞がってないと思います」
颯太は言われて鎌で切られた胸あたりを確認する。
上辺部分で見れば可笑しいな部分はない。
ただ、細目で見れば薄らと切断部分をなぞるような白い線があった。
痛みも主にそこから滲み出ているから、そこが接着部分と思われる。
鎧の人物は颯太の傷跡部分を掴み、数度指で押す。
鈍痛で顔を歪む颯太に鎧の人物は安堵するかの様に頷く。
「痛みを感じるのは神経が正常に繋がっている証拠です。このまま安静にしておけば後遺症もないでしょう」
「は、はぁ……あ、ありがとうございます」
今いち状況は読み込めないが、鎧の人物は医者なのか、颯太の容体は正常だと判断したのを見て、この人が颯太を治したのではと思いお礼を述べる颯太。
ベットの傍らに立っていた真奈は、椅子に座り胸を撫で下ろす。
「何にしても、颯ちゃんが助かって一応は安心だね。けど、本当に肝が冷えたよ。魔界に帰る直前に変な魔力を感じて現場に向かったら、颯ちゃんが襲われてたんだから」
真奈が颯太が気絶する直前までの簡素な内容を告げると颯太は思い出す。
「そう言えばそうだ。僕は変な人に襲われて鎌や変な光で……あれは夢じゃなかったんだ……」
「残念な事にね。不運だったね……なんて言える訳ないか。アイツの言い分だと颯ちゃんが襲われた原因は私にあるみたいだしね」
「真奈ちゃんに?」
颯太が正体不明の男に襲撃された原因は自分にあると語る真奈に首を傾げる颯太だが、ここで颯太はある事に気づく。
「あ、あの、真奈ちゃん? さっきから気になってたんだけど、真奈ちゃんの頭にあるそれって、飾りか何かかな?」
颯太が自分の頭に指を当てるジェスチャーで真奈に尋ねる。
颯太が指すのは、真奈の頭に生える巻いた角。
コスプレなどの飾り物にしては質量も本物みたいだった。
「颯ちゃんを此処に連れて来た時点で隠すつもりは全然ないから教えるけど、私の角は造り物じゃなくて本物だよ、あとついでに」
真奈は自身の角を指で弾いた後に立ち上がる。
真奈の顔ばかりに注視していて気づくのが遅れたが、現在の真奈の服装は、いつも見慣れている学校の制服ではなく、上は黒い軍服に下は黒のショートパンツ、と軍人とも思える格好をしていた。
私服にしては仰々しすぎる格好だが、そんな彼女の背中がモゾモゾと動きだし。
バサっ!と部屋にある紙類が舞う程の風を靡かせ、真奈と同じ体躯程の翼が展開された。更に尻部には蛇の様に畝る先が尖った尻尾も生えていた。
「真奈ちゃん……その姿は? その姿はまるで……」
「そう言えば颯ちゃんはファンタジー系が好きだって言ってたよね。なら分かるでしょ。私の正体がなにか」
もし仮に真奈の身体に生える組織が本物であるなら、颯太の知識の中で該当するのは空想上の生物。
颯太は常識を疑う疑心と驚愕、胸の奥から湧き立つ高揚感から震えた唇で彼女を称する言葉を呟く。
「悪魔」
正解、と妖麗に彼女は微笑む。
「そんなの、あり得ないよ……。だって、悪魔は創作の種族で本当に存在は」
「なら、颯ちゃんが気絶するまでの出来事はどう説明するのかな?」
やはり人としての常識から全幅に信用は出来ないと疑る颯太に、真奈は当然かと肩を竦め、そう言って真奈は己の掌に炎を灯す。
道具を使用した訳でも、手品でもない。
本当に無から突如炎を発火させていた。
「人間界では悪魔、こっちの言葉で言えば魔人、もっと言えば魔族は、空想上の生物で、殆どの人間は存在を認知せずに生涯を終える。けど、事実として私たちは存在している」
真奈がパチンと指を鳴らすと、それは指示を意味しており、部屋の壁付近で待機していたメイド服を装う使用人の2人が部屋の全面窓を開放する。
吹き込む生暖かい風に目を煽られ瞼を閉じる颯太は、風に慣れた後に恐る恐る目を開く。
「嘘……本当に!?」
思わずベッドから飛び起き、素足のまま全面窓を潜った先のバルコニーに出て、そこから見える景色に目を奪われる。
「何度も、何度も夢に描いていたものが目の前に」
感激が天井を突き破り、逆に静かになる颯太。
たが、時間が進めど颯太の胸を駆ける歓喜の衝動は停止知らずに騒めく。
「ガーゴイルにハーピィ、グリフォンにドラゴン! 此処には憧れ続けた生物がいるなんて!」
子供の頃から絵本で夢中になった空想上の生物達が上空を飛んでいる。
遠目ではあるが、作り物でも映像でもない本物だと言うことは分かった。
夢中になり過ぎて、思わず手を伸ばし前に歩む颯太。
腹部付近につっかる感触に気づいた時には遅かった。
腹部に触れたのはバルコニーにあった柵。
柵は颯太の腹付近までの高さで引っかかった颯太の上半身が倒れ、足が天へと起き上がる。
「うそ!? うぎゃああああ!!」
バルコニーから落下しかける颯太。
だが颯太は落ちる事は無く、宙に浮く。
誰かが颯太に背中の服を掴み防いだのだ。
「興奮するのはいいけど、不注意が過ぎるよ、颯ちゃん」
颯太を助けたのは真奈だった。
彼女は細い腕で颯太を捕まえていた。
「あ、ありがとう真奈ちゃん……危うく転落死……うげっ! 高っ!?」
真奈に助けられお礼を口にする颯太であったが、目にしたバルコニーから地上までの高さに汗腺から大量の汗が吹き出す。
現在颯太がいる場所は地面が霞む程の高所で、人間界の建造物で例えるなら、日本一を誇る電波塔の高さに匹敵する。
落下しかけた颯太だが、この時颯太は自分が今いる建物を目の当たりにする。
外観は黒を強調した城の様な建造物。その全貌ははっきりとは分からなかったが、颯太の学校が幾つも入り切る程の大きさだというのは予想が出来た。
「引き上げるから暴れない様にね」
「諸々、迷惑かけて、ごめん……」
真奈の華奢な腕で颯太は難なく引き上げられる。
バルコニーの床まで引き上げられた颯太だが、自力で立ち上がる事はなかった。
それは落下しかけた恐怖で腰を抜かしたのもあるが、非現実であった憧れが目の前に広がる興奮で足が震えてしまっていたからだ。
立ち上がれない颯太を尻目に、真奈は軽く跳んで、颯太の頭を越す。
彼女が着地した場所はバルコニーの柵の上。
此処がかなりの高度の位置に点じているため風が強く、真奈の羽織るマントがバサバサと煽られ、彼女は颯太を見下ろすように振り返る。
「此れで魔族が、魔界が実在していたって信じてくれたかな?」
「……こんなの見せられたら、信じるしかないよ。流石に僕もそこまで頭は固くないしね」
颯太の返答を聞き満悦の真奈は微笑する。
そして真奈は後方に広がる城下町らしき街を背景に口を開く。
「改めて自己紹介をするよ。黄昏谷高校2年C組出席番号13番三陸真奈は人間としての仮の名。本当の私の名はマナルデリシア・ラースド・サタルデイーネ。魔界に建国される7つの大国が1つ、赤の国ルージュを統べる者、魔王だよ」
彼女は不敵に笑い。
「短い間だけど、よろしくね、颯ちゃん♪」




