迷子
バーソロミューは、5日ほど滞在した後、マルセリオに帰国した。
因みに、彼の歓迎を兼ねた茶会では、バーソロミューもまた多くの人たち―――とりわけ令嬢たちに囲まれていた。
この数年で急速に両国間の交易が活発化した影響だろう。
工芸で有名なマルセリオからの装飾品が、ここ最近アデラハイムで流行り始めている。
人脈を広げる意味はもちろんのこと、公爵令息で嫡男のバーソロミューに注目が行くのは当然の流れだった。
「それを考えると、たくさんのご令息が私に挨拶に来られた理由にも納得したの。アデラハイムとの交易から生まれる利益は大きいもの。顔は繋いでおきたいわよね」
「なるほど、そうなる訳ね。はぁ・・・ジュジュさまったら、どれだけ・・・」
そう溜め息を吐くエティエンヌを見て、ジュヌヴィエーヌは首を傾げた。
「まあいいわ。それでジュジュさま。あちららの事、バーソロミューさまは何て仰っていたの?」
「ああ、そうだったわ。兄が言うには・・・」
そう、これはいつもの仲良しお茶会ではあるのだが、今日のメインの話題はバーソロミューから聞いたファビアンたちについての報告だった。
「・・・そこそこ順調なのがダンスレッスンだけで他はほぼ全滅って、本当に『マル花』の話のまんまね」
エティエンヌは全く驚きを見せる事なく、ウンウンと頷く。
兄から話を聞いた時、驚きのあまり暫く声が出なかったジュヌヴィエーヌとは大違いだ。
バーソロミューもまた、呆れ果てていた。
エルドリッジを経由して、ケイダリオンとバーソロミューには『マル花』のラストまで話をしてあった。
つまり、マリアンヌへの王太子妃教育の失敗と、その代わりとしてジュヌヴィエーヌの側妃への召し上げ、結果として訪れるファビアンとマリアンヌの憂いなき幸せな未来。そうして真実の愛の勝利というエンディング。
理解したから、早めに手を打ってジュヌヴィエーヌをエルドリッジの側妃とした。
そう、理解したつもりでいたのだ。
だが、実際に目の当たりにしてみると―――と言ってもまだ王太子妃教育が始まって僅か半年なのだが―――「つもり」はあくまでも「つもり」だった様で。
教育がほぼ進んでいないにも関わらず楽観的姿勢を崩さないファビアンとマリアンヌ、そして彼らの愉快な応援団たちには開いた口が塞がらない、とバーソロミューは言った。
唯一、焦り始めたのがマルセリオ国王だけだとか。
王は、今になってジュヌヴィエーヌを保険として残しておかなかった事を後悔し始めたのか、使者としてアデラハイムに向かうバーソロミューに、それとなくジュヌヴィエーヌの様子を調べてくる様に命令したという。
特に夫婦仲を探って来いと言ったという報告に、エティエンヌは呆れを通り越して口調に怒気を滲ませた。
「お父さまが提案した交易条件のお陰でだいぶ国が潤ったでしょうに、全くもう。呆れてものも言えないってこの事よね」
「エルドリッジさまには、兄も改めて感謝していたわ。あの時に動いていなかったら、きっともうチャンスはなかっただろうって」
「半年でこれだものね。ある意味すごいわ」
脱力した様にソファの背もたれに寄りかかったエティエンヌは、ふと思いついた事を口にする。
「でも焦っているのはマルセリオの国王だけなのね。ファビアン殿下たちは、まだ全然余裕みたいじゃない」
ジュヌヴィエーヌは寂しげな笑みを浮かべた。
「ファビアンさまはきっと、私が領地にでも引っ込んでいるとでも思っておられるのではないかしら。私がどこで何をしていようと、全く関心がないでしょうから」
「・・・ジュジュさま」
エティエンヌは立ち上がり、ジュヌヴィエーヌの側まで行くと、腕を回してぎゅっと抱きついた。
「エチさま?」
「ジュジュさまが、あの話の役から抜け出せて本当によかった。あんなクズカップルの為にジュジュさまの人生が犠牲にされるなんて許せないもの」
「ふふ、ありがとうございます。エチさまのお陰ですわ。そして、エチさまを信じて動いてくださったエルドリッジさまのお陰です」
そう、だからこそ、と強くジュヌヴィエーヌは願う。
エティエンヌにも幸せになってほしい。
娘の幸せを願うエルドリッジに、いつか安心してもらいたい。
その為にもまず、一人目の悪役令嬢であるジュヌヴィエーヌがこの地で幸せを掴まねばならないのだ。
そんな決意をした日の夕方。
エルドリッジに呼ばれ、彼の部屋を訪れたジュヌヴィエーヌの顔に僅かに動揺が走る。
目の前のテーブルに所狭しと並べられているのは、絵姿を描いた紙。一部は高く重ねられているものもある。
そこにあるのは、若い青年の姿ばかり。
中には、先日のお茶会で言葉を交わした令息のものもある。
「いきなり呼び出してすまないね」
エルドリッジは微笑む。
「君に、これを見ておいてもらいたいと思って」
これらの絵姿が何を意味しているのか、言われずとも察せるというものだ。
午後に新たな決意を固めたばかりだというのに。
何故だろう、ジュヌヴィエーヌはまるで迷子になった様な気持ちになった。




