夫だよ
令息の絵姿を描いた紙がたくさん広げられたテーブルを間に挟む形で、エルドリッジはジュヌヴィエーヌに対面のソファに座る様に促した。
「早速で悪いけど、まずはこっちに目を通していってほしい」
「・・・はい」
自分が何の為にこの国に来たのか、それは幸せになる為だ。悪役令嬢でも幸せになれるとエティエンヌに示す為。
ジュヌヴィエーヌはそれを思い出し、これは必要な事だと自分に言い聞かせながら、差し出された絵姿の束を受け取った。
だが、続いて聞こえて来たのは意外な言葉だった。
「この令息たちには、気を許しちゃ駄目だから」
「・・・・・・・・・はい?」
たっぷり間を取って返した言葉は、驚きすぎて声が微妙に裏返ってしまった。
「こいつらは女癖が悪いというか、とにかく惚れっぽいの。ジュヌヴィエーヌみたいに綺麗な子を見たら、すぐにポーッとなって追いかけ始めるんだ。だから気をつけて」
「・・・」
「あの茶会で令息たちに囲まれるジュヌヴィエーヌを見て、そういう情報を教えてなかった事に気づいてさ。慌てて用意させたんだ」
ジュヌヴィエーヌは、憂鬱な気持ちで目を通していた筈の数枚の絵姿にもう一度視線を落とす。
その中の一枚に、公爵令息ビクターの絵がある。昨日、会話を切り上げるのに手こずった青年だ。
「次はこっちね。この令息たちは賭博に嵌ってたり、金遣いが荒すぎたりと金銭感覚がちょっとズレてる」
ここでまた10枚以上の絵姿を渡される。
「これは、勉強も執務の手伝いもサボりがちな奴らで」
今度は数枚の絵姿が差し出される。
また、昨日話した令息の絵が交ざっていた。
「こいつらは酒癖が悪い」
パサ、とまた数枚。
「こっちは家に問題ありかな。財政が破綻していて、没落一歩手前。頑張りようによっては持ち直す可能性もあるけど、散財する家族も抑えられない様じゃな」
パサ、とまたまた数枚手渡される。
「それでこれはね・・・」
こんな風に、ジュヌヴィエーヌの前にどんどんと令息の絵姿が積み上げられていく。
あまりの勢いに、もはや顔を覚える暇もない。
「・・・」
何故だろう。
最初にこの大量の絵姿を目にした時は、すごく、すごく憂鬱だった筈なのに。
何故か寂しさを覚えていたのに。
「・・・ふっ」
「ジュヌヴィエーヌ?」
気づけばジュヌヴィエーヌは笑っていた。
不思議そうに首を傾げるエルドリッジに、ジュヌヴィエーヌは肩を振るわせながら口を開く。
「すみません、笑ったりして。でも、ふふっ、エルドリッジさまが、まるで口うるさい父親みたいな事を仰るから」
「ち、父親? え、口うるさい?」
エルドリッジはギョッと目を見開いた。
「もう酷いなあ。確かに年は父親並みに離れてるけどさ。僕は歴とした君の夫だよ?」
不貞腐れた様に言われた事実に、今度はジュヌヴィエーヌがピシリと固まる。
「お、っと・・・」
「そう、夫。そして君は僕のつ、」
婚姻書類が受理されてはや半年。
今さらな事実を敢えて口にしただけ。
それにも関わらず、何故か2人して同時に押し黙り、頬を赤らめた。
「・・・」
「・・・」
そうして落ちる沈黙。
室内には時計の針の音だけが響き、妙に緊張の漂う時だけが過ぎていく。
「・・・あ~、えっと」
先に沈黙を破ったのはエルドリッジだった。
「と、取り敢えず、今渡した分だけでも顔を確認しておいてね。変な男に引っかかったりしたら大変だ」
「は、はい。分かりました」
だいぶ分厚くなった絵姿の束を腕の中に抱え、ジュヌヴィエーヌは頷いた。
思考が麻痺しているのか、ただの逃避か、それとも混乱なのか、ジュヌヴィエーヌはこの時、全く違う方向に思考を漂わせていた。
そう、たとえば。
―――エルドリッジさまって、公私で「僕」と「私」を使い分けておられるのね―――
なんて事とか。




