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I2

「清十郎もっと気合入れて走れ! このままのペースだと完璧に遅刻するよ!」

 とは前を疾風の如く疾走する疾風であり、

「いや、て、ていうか疾風さん。俺この速度で学園まで走ったら陸の上で窒息死するんですが」

 とは後を半泣きで追走する俺こと清十郎である。

 俺も疾風もこれほどまで遅刻を気にするキャラではないのだが、月曜日ばかりは少々事情が異なり、その少々異なる事情によって二人は全力な訳である。しかしそもそも女子とは言え陸上部のエースに、男子とは言え帰宅部のエースが何時までも追いすがっていられる訳も無く、しこうしてその差はグングンと開いていく。

疾風が僅かに振り返って激を飛ばす。

「頑張れ清十郎! 学園まであと600mぐらいだよ!」

「くじけそうな励ましありがとう疾風」

「50m走12連発だと思えばいいさ!」

「折れそうな励ましありがとう疾風」

 相当にしんどい。かなりキツイ。運動不足があからさまに露呈。呼吸がゼーゼーと湿り気を帯びてきて、フォームは乱れ、視界も徐々に霞んでいく――ダメだ。

「もうここまでだ俺は……。疾風よ先に行け。俺の屍を越えていけ」

 などと言う断末魔の定番を漏らすと、

「清十郎の屍を踏み越えていくなんてゴメンだよ!」

 いや何も踏めとは言ってない。疾風がややペースを落として俺の隣に並ぶ。しかし彼女、汗はかいているものの呼吸は乱れておらず、フォームも教科書にしたくなるほど綺麗である。

「何弱音吐いてんだよ清十郎。そのカッコイイ名前が泣くぞ」

 とニッコリ笑う。名前より先に俺が泣きそうなんですが。

「それにしても後からボクのお尻を見ている割には元気ないよなぁ」

 余力があれば殴っている。っていうかスカートで疾走してるせいでお前の絶対領域はたぶん白日の下に晒さらされているのだろうが、まぁ気にしてはいないのだろうな。

「けど勿体無いな清十郎。お前今のピッチだと、陸上でも中堅クラスだよ」

 それは知らなかった。

「女子の」

 そこで落としますか疾風さん。

「ほら。言ってる間に見えてきたぞ、ミツバ学園」

 おー何時の間にか600m近くを走破したようだ。いやいや危なかった限界だった。やれば出来るじゃないか吉岡清十郎。

「……の看板。残り300だね」

「看板かよ! この先まだ300かよ中途半端な広告出しやがって! 流石私立だなオイ!」

 何やかんやと云いながら辿り着いた私立ミツバ学園の正門には、やはり月曜日遅刻厳禁の象徴が、まるで寺門に構える仁王の様な威圧感を備え佇んでいた。薄桃色の二尺袖を着付けて朱塗りの鞘を帯刀し、膝下まで届く黒髪を靡かせている凛としたお姉様。彼女は鋭く冷たい視線で俺と疾風を射抜き、

「おはよう吉岡、稲峰。随分とのんびりとした通学だな。言い訳があれば先に聞いてやるぞ」

 口角をあげて微笑んだ。謹んで紹介させて頂きます。私立ミツバ学園の誇る大量破壊兵器、小早川(コバヤカワ)(モエ)、18歳三年生。頭脳明晰容姿端麗完全無欠。三年連続生徒会会長にして小早川流首薙ぎ斬刀術免許皆伝。武神。生徒会長のみならず生活指導部長も兼ねている彼女は月曜の朝はこのように正門で仁王立ちして、遅刻者がいないかどうか目を光らせているのだ。

 この小早川萌と言う人間には退くと言う字がない上にトラブルを見つけると率先して首を突っ込んでいく為、彼女が問題に干渉してから喧嘩沙汰に発展するのは日常茶飯事なのだが、しかしその戦績、実に10戦100勝勝率1000%である。この矛盾する数値は当人が100戦のうち90戦を『一方的過ぎてこれでは決闘とは言えんな』と、つまりは喧嘩ではなく私刑と判定した為であり、何と言うか無茶苦茶だ。ちなみにだがこれまでの喧嘩の際に、彼女は腰のものを一度も抜いたことがない。たとえ相手がどのような武装をしていようとも全ては素手素足で事足りてしまうのだ。

 俺と疾風はまず、きちんと頭を下げる。

「「おはようございます小早川先輩! 遅刻してごめんなさい!」」

 間違っても下手な言い訳をしてはいけない。こういう場合は素直に謝るのが肝要なのだ。

「何を企んでか清十郎がボクのベッドで朝寝をしていたので叩き起こそうと思ったのですがついつい寝顔が可愛くて起こす事が出来なかったボクの責任です!」

 そうそう。このように素直に謝るのが肝――

「企んでねーよ! なに事実改竄してんだオメェは! 俺のベッドに無断侵入してあまつさえ人をユネスコに登録しようとしたの忘れたのかよ!」 

「その上寝言で今朝の未確認飛行物体タオパイパイを見たか? とか何とか言ってたのですが、まぁ、それは関係ないか?」

 と、途中で先輩から俺に話す相手を変える稲峰疾風17歳、って。

「タオパイパイはオメェが言ったんだよ! 見たのは俺だけど!」

 突っ込めば疾風はキョトンとしてからフリーズし、そしてやがて照れ臭そうに頭を掻きながら

「えへへ~。そだっけ?」

「お前もしかして素直に謝りつつ素直に誤ってたの!? あと可愛いなオイ!」

「未確認飛行物体」

 と静かに言ったのは小早川先輩だ。俺も疾風もピタリと口をつぐんで姿勢を正す。彼女はその切れ長の目を俺に向けながら

「吉岡も見たのか?」

 と仰いました。先輩も見たと言うことは俺が寝惚けていて幻覚を見た、と言う訳ではなさそうだ。俺は「はい」と頷いてから

「小早川先輩も見てたんですか?」

 尋ねると、小早川先輩も頷いた。

「確か午前八時のサイレンが鳴っている時にあれは空を飛んでいた。私が見たのはここ、つまり正門からだな。後から尾を引くように吐き出していた白い煙は飛行機雲だと最初は思ったのだが、しかし飛行機にしては随分と珍しい形をしていたな」

 やっぱり妙な形をしていたのか。

「ですよね。何ていうか翼もなかったし、いったいなんなんでしょうね」

 「ふむ」と大きな胸の前で腕を組む小早川先輩。ただの飛行機なら気にするほどの事でもないのだが、しかし未確認飛行物体――UFOとなれば話は違ってくる。ちなみに俺は最初、ミサイルかと思った。

「あの白煙――飛行機雲の軌跡から判断して飛行物体は真東から真西にかけてミツバ市を横断するように飛行していた。私が見たのは学園のほぼ真上を通過していた頃だ。サイレンと合わせて考えれば八時か。軌跡は放物線を描いていたから滑走路を使って離陸したのではなく、発射台を使って打ち上げられた可能性があるかもしれない」

 と自らの見識を述べておられる小早川先輩。まさか本気でミサイルってオチじゃないだろうな。

 疾風が俺と小早川先輩を見比べてソワソワしている。自分だけ見ていないから話に入れないのだろう。

「仮にミツバ市内で打ち上げられたとしたらほぼ東端からだろうが、他の市からと言う可能性も高そうだ。私もそこまで視力が良い訳ではないからあまり自信は無いが」

 ちなみにだが小早川先輩の視力は両方とも3・5で、動体視力はネコ以上だ。

 しかしもちろんミツバ市にはミサイルを打ち上げられるような施設もなければ、エリア51のような秘密基地があるわけでもない。

「しかし私が最も気になっているのはあの白い煙だ」

「飛行機雲って言ってたヤツですか?」

 と疾風。小早川先輩が頷く。

「そもそもあれが奇妙に感じたのは吉岡の言うように、主翼や尾翼がなかったからだ。そしてそれは次の二つの点を意味している。一つ目は形状を確認できる程度の高さを飛んでいたと言う事、二つ目は形状に違和感を覚えられる間を与える程度の速度で飛行していたと言う事、だ。つまり低高度で低速だな」

 言われて見ればそうだ。

 遥か上空を飛ぶ飛行機なら飛行機雲は見えても、本体自身は粒のように小さく見えて形までは確認できない事が多い。そして寝惚けていた俺がベッドの中から見ていて奇妙に思うほど、長く見ていられた。確かにこれは低速だ。

 気付かなかった。

「知っての通り、飛行機雲と言うのはエンジン排気中の水分が凝結して出来る雲だ。推進力であるエンジンが作ると言う事を考えれば、雲の出来る量は飛行機の進行速度とある程度関連していなければならない」

 俺は眠気眼で見た光景をもう一度思い返そうとしたが、どうにもうまく行かなかった。しかし大量の雲を出しているな、と言った印象を持ったのを覚えている。

「しかしあの低速にあの排気量ではどうも割が合わないような気がするな。速度に対して雲の生成量が多過ぎる。そしてあの低い高度だ。あれではまるで何かの散布……」

 そこで予鈴を知らせるチャイムが正門まで響いてきた。

 小早川先輩は正門から続く上り坂、恐らくその奥にある校舎の壁に取り付けられた時計を見てから

「結局私が引きとめてしまう格好になってしまったか。これでは注意のしようもない」

 と自嘲気味に言った。ラッキーだ。ついている。

「以後、規則正しい生活を心がけて遅れないようにな」

「「はい!」」

 と二人元気良く返事。

「良し」

 と先輩。そういうわけで俺と疾風は正門を潜り

「放課後、食堂に残っておいてくれ。前の続きだ」

 擦れ違いざまに小声で、小早川先輩に言われた。


何か既視感のある人がいはしないでしょうか??

実は無関係ではございません^^

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