本編開始:unlocked rock and roll! 1
「くそー! やばいやばいケツがいたい! 何か知らんがケツがいたい!」
「奇遇ですわね先輩! 私もいま先輩のケツが痛いです!」
「おお、マジで奇遇――いやいやなんでお前が俺のケツに精通してんだ!」
「うふふ尻に『精通』とかヤラらしくも初々しい危険なこと言わないで下さいよ童貞」
「紛いなりにも先輩な俺にひどい事言いますね憑神さん!?」
正門にて絶対絶命のピンチに立たされていた俺たちであったが、しかし突如現れた猫耳小早川先輩によって九死に一生を得て辛くも学園という名の地獄から脱出することに成功した――と言いたいところなのだが、単に新たな地獄に飛び込んだだけの話であった。そうして俺達はめでたく終了した。マル。
「なんてボク達がそんな簡単に終わってたまるか~~!!! うぉ~~~!!!」
「おお! 疾風が本気モードにギアチェンジしてなんかナレーションとか読めるようになったぞ! とにかくそのいきだ疾風! 俺達は絶対助かるぞ!!」
「うぉ~~~!! 帰ったらお母さんのオムライス食べるんだ~~!!」
「モチベーションがちょっと微妙な御褒美だ!」
「ていうかそれ若干死亡フラグですわ!」
バカなテンションでとにかく市街を疾走している三人。外は思ったよりやばかった。外が思ったよりやばかった。いや、とかくやばい! とにかくやばい! いろいろやばい! 断じてやばい! 衝突して壁にクモの巣のような亀裂を生んでいる車! その車に追突しているトラック! バス! 横転したバイク! 好き放題点滅しまくりやがって全く機能していない信号! 無意味なクラクションにブレーキ音にアクセル音にエンジン音! 家も店もビルも分けなく隔てなく例外なく割れた壊れたガラス窓! 無法地帯の完全隔離のミツバ市! そんな中を闊歩する人型の魑魅魍魎! 悲鳴・怒声・奇声・歓声・絶叫・泣き声・呻り声・喚き声! あからさまにこの世に顕現した阿鼻叫喚無間地獄!
「分かったあれだ! 普段帰宅部のくせに走りまくってるからモモとケツがつってきたんだ! だから痛いんだ!」
「将来の夜の営みの為に鍛えまくって置いて下さい先輩! 少なくとも表四十八手裏四十八手をコンプするのが私の夢なんですから!」
「お前のおぞましい夢に俺のモモとケツを巻き込むな!」
と、そんなわけでそんななか、バカな話を交わしつつ疾風に導かれるまま――いやあいつが先導するなんて有り得ないのは分かってんですけど全速力で走られちゃアイツがトップに躍り出るのは残念ながら当然なのです――こうして憑神と並走中。
そして。
さっきから。
後ろから。
正体不明のお婆さんが逆ブリッジで猛追してきています!
「つーか正体不明過ぎだろあの婆さんまじであいつなんなんだよ!? 世界観著しく崩壊してるじゃないか!!」
エクソシストのリーガンたんも真っ青な逆スパイダーウォーク快速お婆さん! こんなおぞましいお年寄り俺は今まで見たことない!
「残念ながら私にもあのような知り合いはございません! ブリッジしたまま時速33km前後で走れる推定80歳のお婆さまなんて知らないどころか知ってたまるか!! むしろ爆発しろ!!」
「いや爆発は爆発でいやだろ!! あんなのいきなり爆ぜったらトラウマもいいところだろ! そういうのは某国の家電製品だけで充――」
ぼ ん
「「「爆ぜった!?!?!?」」」
思わず振り返ると件のお年寄りが高らかに華やかに軽やかに鮮やかに跳躍していた。しかも空中を遊泳するがごとくクロールの姿勢でスイスイとなかなかの速度と距離を飛行していたいやいやいや!! っと憑神が立ち止まって振り返った!
「無茶苦茶過ぎんだろテメェいい加減にしやがれクソババぁ!! ああん!?」
「ああ~!? あの冷静沈着品行不正なレイちゃんがあまりの意味不明さ加減にとうとう我を忘れてブチ切れた!? これはいったいどうなってしまうんだ~?!」
なんか疾風がさりげなく憑神を馬鹿にしつつ楽しそうに実況してる~!! ていうかまだババ様が浮いている~!!
「もけけけけけ!」
しかも考え得る一番気持ち悪い擬音語で笑いやがった~!! そして舌を出して目玉をギョロギョロ左右別々に回転~!!
「もけけけけけけベロベロババァ~!!」
自虐ギャグ!?!?!?
「あ~ん! ごめんなさい~!!」
「流石の憑神もこの気持ち悪さに我どころか怒りまで忘れて泣きながら駆けた~!!!」
背後に砂煙まで巻き上げながら疾風までごぼう抜きレイちゃん! って早過ぎるだろお前も世界観守れよ!
「もけけけけけ!! あろ~!」
「なんか人外が人語をしゃべったよ清十郎~!!」
俺の隣にまで脱落してきた疾風が突っ込みを入れた! ああ俺にも聞こえたがこの依然飛行追尾中のクロールお婆さんは一体何をしゃべったのだ!
「お~い憑神~!! あろ~、って何だ!?」
流石に無理な速度だったのか急速に失速してきたゴスロリ。こうして三人並走。
「英語なら『矢』ですわ! フランス語なら『もしもし』ですわ!」
「この状況なら『もしもし』が妥当っぽいね! もしかしてこのお婆さん何か聞きたいことがあるのかも!」
フランス語でか!? っていうかこの状況はむしろ俺がいろいろ聞きたいぐらいだってば!
「随分話しかけにくいうえに話しにくいお年寄りだな!! おい憑神おまえフランス語で『なんですか?』って聞いてみてくれ! 聖書ヘブライ語出来るんならそれぐらい余裕だろ!」
「イエッサー!」
憑き神は疾走しつつも顔をやや後ろに向けて
「Pourquoi aimer?(何か御用ですか)」
勇気を出して聞いてくれた流石憑神さん! 俺達に出来ないことを平気でやってのける! そこにシビレる憧れ――
「もけけけけけけ! 味の素」
ほう。あじのもとか。ふむ。
「「「繋がんね~~!?!?!?」」」
全力で三人突っ込むと飛行中のお婆さんが着地を狙うがごとく空中にて膝を抱えてクルクルと滑らかに前転を始め、そしてそのままウルトラCの如く綺麗に着地した。
頭から。
「「「失敗した~~~~!!!」」」
墓石のように頭から突き立ってる正体依然不明のお婆さん。大事故である。泣き笑う俺達。感情崩壊。されど流石にもう追撃の恐れはないと判断し、俺達も足を止めて倒れ込んだ。倒れ込んで泣き笑った。もう無理限界。この世界が無理。
肩でハァハァと息しつつ顔をあげたら、きゅぽん、とコミカルな音を立ててババァが地面から首を引っこ抜いていた――化け物か!? いや化け物か。もはや無茶苦茶だがもはや無茶苦茶は今に始まったことではないし、もう若干耐性も出来始めている。人間って素晴らしいぜ。
「かけっこ第二ラウンドかよクソ」
息も絶え絶えの俺。情けねー
「ボクはまだまだ余裕さ。陸上なめんじゃね~ぜ」
既に整息の疾風。すげー
「私もまだまだ前戯に過ぎません」
下ネタ全開の憑神。ありえねー。
そんな感じに三人立ちあがって駆けだそうとして、しかしお婆さん動かないなと思いきや、小さく舌を出して自分の頭をコツンと叩いた。
「てへ失敗」
「「「可愛く照れた~!?!?!?!?」」」
ごめんそれ0点! マジで気持ち悪い! と突っ込む俺達と目が合うと、お婆さんは俺達を追いかけ始めたあの時と同じように背中を向け、再び足を広げて立ちブリッジに移行しようと背中をグググ――ごきん
「ッア”~~~↑↓ヴェ~!?!?!?↑↑」
「「「腰やったーーーーー!?!?」」」
これは効いたーーー!! お年寄りの永遠の天敵にして絶対のレッドカードぎっくり腰~~!! しかし頭から路面に突っ込んで照れる凶キャラがそんな平凡な感じに再起不能~!!
突っ込みつつ俺達は再び疾風を先頭にして駆けだした! 振り返るが高齢者は追って来ない! むしろそのまま寝転がってストレッチとか始めている! どうかゆっくり解しておいてくれ! 永遠に! アン・ドゥ・トロー、アン・ドゥ・トロー!
「やっとついたよ清十郎ここに隠れよ!!」
見れば前には大きな大きなホームセンターこうなんミツバ支店! そこは何時も疾風が日々の食料を調達しているお店だった! 意外や意外! まさかのまさか! 彼女は無計画に市街を走っていたわけではなかったのである!
「ボク今日はついてるぞ!!」
やっぱり無計画だった!!
追手が来る前に一刻も早く籠城しようと自動扉に全力で突入するも一番手の疾風さんが顔面から激突。バカだこいつ定休日って書いてるじゃねーか! 顔を抑えて芋虫みたいにのたうちまわっている!
「……うかつだったどうしよう今日は定休日だったよ……! どこかまた他の場所に行かないと!」
立ちあがって泣き事というか泣いている稲峰疾風。
「判断が早いのは良いが判断が温いのは頂けないな疾風! ここで良いんだよ!」
俺は周りを見回して錆びた金属の廃材を見つけ、素早く拾って憑神と疾風を下がらせる。
「何をなさいますの?」
「分かってて聞くのはナンセンスだって!」
俺は力の限り重々しいそれをフルスイングして自動扉に叩きつけた。爽快で豪快な破壊音。最近のガラスは良くできているようで割れても破片は飛び散らずセロテーブてくっつけられているようにビラビラとなった。食堂と大違いだ。それを三人で掴み、壁紙でも引き剥がすようにベリっと剥いだ。
途端、防犯サイレンの音がけたたましくなった。
「まずいな表の連中の関心を引いちまう! さっさと中に入れ!」
俺は二人を中に押し込み、一度周囲を見回してから中に入った。ほんと今日が定休日で良かった。中に『お客さん』なんていたら堪ったもんじゃないからな。
中は無人で荒らされた形跡はなく、サイレンさえなければ一息つけそうだったのが少々口惜しい。しかしなればこそ今すべきことは至極単純だ。一刻も早くこの入口を塞いで一刻も早くこのサイレンを止める事。
「二手に分かれましょう! 一方がこちらにバリケードを築いて一方がサイレンを止めに行く!」
「じゃぁボクがサイレン止めに行って来る!」
憑神の提案に即断即決の疾風は右手にある停止中のエスカレーターを一気に駆け上がって行った。その素早い背中に対して俺はサイレンよりも大きな声で
「疾風大丈夫なのか~~!?!?」
「大丈夫だよここの場所は知りつくしてるし防犯システムの場所は店長室にあるって店長がてててて店長ーー!!?!?!?」
というセンテンスも終わらぬままにさっきの倍速で稲峰さんが駆け下りて来た。あとついでに後ろからマリオみたいなオーバーオールを来たホッケーマスクのオッサンが、両手にチェーンソーとかをヴィンヴィン唸らせながら走って来た。
うふふふチェーンソーですってチェーンソー。
「オメェなんてもん連れて来てんだーーー!?!?!?!?」
再び疾風を先頭として俺と憑神を巻き込んだ鬼ごっこが始まった! くそー!! こんなことしてる場合じゃねぇってのに! しかも今度はさっきの婆さんみたいに気持ち悪いじゃ済まないだろ何せ殺傷能力抜群のチェーンソーを持ってらっしゃる!
「こんな序盤で近距離最強武器が手に入って良いのかよ現実はマジくそげーだなハハハハ!」
「憑神さんもはや思考と言葉が壊滅的!!」
二人で泣きながら笑っているとあったぜショッピングカート置き場! 俺はそこの重なったカートを5台程度引き出して蹴り倒す! 躓きやがれホッケーマスクが! しかし躓くどころか機関車の前に投擲された小石の如くあっさりとショッピングカートは蹴散らされた! マジか!
「かなりのパワーファイターのようですわね! そんじょそこからの攻撃では対応できないでしょう! ならば!」
ガチャン、と憑神か何かかっこいい感じに両手腰溜め撃ちに構えたのは! ホームセンターではある意味『遠距離最強武器』の釘撃器だった!
「お前本気でそれ撃つのか!?」
「分かってて聞くのはナンセンスですわ!」
トリガーを弾いた!
トリガーを弾いた!
トリガーを弾いた!
全弾不発だった!
「どうしてどうしてココゾの場面でこんなことなさいますの恥ずかしくって穴があるから入れてほしい!!」
「お前の変態脳は常に平常運転だな憑神!!」
「ただし清十郎に限る!」
「挙げ句は呼び捨て名指しですか!」
距離を詰められた俺達に横なぎに振るわれるチェーンソー! 反射的に憑神を抱きしめて横っ跳び回避! ノイジーで絶望的な音と金属油の匂いが頭を掠め、受け身の余裕などなくそのまま工具コーナーのラックに二人で突っ込むように倒れた! 賑やかな音が鳴ってから俺達の振動と衝撃でラックに引っかけられていたハンマーやらドライバーやらナイフやら物騒な鋭器鈍器が降ってくる降ってくる! 憑神の頭を覆うように抱きかかえていたら影が差し、見上げればそこにホッケーマスクがぬうと立っていて、その大上段に構えた獣のように呻るチェーンソーを一気に――ダス! ダス! ダス! とそのマスクに三発の煌めく何かが刺さった! ひるんだスキ(ひるむだけかよ!)にガラガラと工具の山から憑神と這い出て体勢を立て直せば、そこに颯爽と威風堂々と疾風さんが、もはや二丁と形容した方が適当な出で立ちでネイルガン二つを構えていた! そのままズダン! ズダン! ズダン! と、交互に、慎重に、執拗に、的確に、正確に、確実に、ホッケーマスク男のホッケーマスクの、その目の周囲に容赦なく撃ちこんでいった!
一発一発に後退し、合計15発という辺りで男はショッピングカートに足を取られて素っ転ぶナイスだ疾風!
「和製のネイルガンは安全装置がかかってるから相手に押し付けないと釘が撃てないんだよレイ。でもこの輸入物ならほら、こうして飛び道具にも使えるわけさ。はい一丁」
右手のそれを憑神に放ってよこし、「どうも!」と彼女は受け取って同じように構えた。しかし
「狙いの付け方が分かりませんわね。リアサイトもフロントサイトもないのに。稲峰先輩どうやって?」
「勘と経験さ」
「お前工具の扱いに長けてたっけ?」
ジャラジャラと手なれた様子で釘をドラム型マガジンに入れている疾風に尋ねると彼女はニヤっと笑った。
「お母さんは市外で農業やってるんだけど、お父さんは大工やってるのさ」
なるほど!
「頼もしい限りですが先輩方、あまりゆっくりしている余裕はありませんわ!」
言われて憑神の指さす方向を見てみれば既にホッケーマスクが上半身をムクリと起こしていた! いったいどこの13日の金曜だよ全く――いやでも、食堂吹き飛ばす勢いのガス爆発をモロに喰らっても平然と走って来たクラスメイトを見てきているのに、たかがたかだか、釘を顔にブチ込まれたぐらいでその類がどうにかなると思う方がむしろ間違っているのかも知れない。
「どうしますか先輩!?」
憑神が俺とそいつを交互に見比べて決断を迫っている。ホッケーマスクはもう左手にギュっとチェーンソーを握り込んでいる。そしてその手にすかさず、ズダン! と撃ちこみ、そのまま容赦なく再びマスクに向けてズダン! ズダン! ズダン! と穿っていく疾風さん容赦ない!
「ひゃっほー! 逃げるホッケーマスクはただのホッケーマスクだ!」
ノリノリだ疾風さん!
「逃げないホッケーマスクはただのアホだ!」
救いがないな疾風さん!
ズダン! ズダン! とキメている疾風をよそに俺は憑神に言った。
「このまま鬼ごっこを続けるのもシャクだがもう日が暮れかけているし今更外に出るのも危険だし、やっぱり最初の作戦通りここで籠城が最善策じゃないか!?」
「了解ですわ!」
言うや否や憑神は散らばっている工具の山にしゃがみ込み、ジャラジャラガラガラと中を探り始めた。恐らく新たな対抗手段でも探しているのだろう。もちろん籠城の為には今すぐホッケーマスクを無力化してさっさと入口を塞がなくてはならないのだが、しかしどうやる? どれでなにをやる? 至近距離から顔面に業務用ネイルガン撃たれてピンピンしてるような奴に何が効くだろうか? あるいは爆発を受けてもピンピンしてそうなコイツに何が有効と言うのだろうか? そこのチェーンソーで五体解体でもしてみるか? まさか
「とりあえずものは試しですわ!」
憑神が選んで手にしたのは真っ赤に塗装された金属の防災斧だった。それをズズズと重々しい音を立てて引きずりながら今尚トリガーハッピーしてる疾風の隣に並び、斧のヘッドから遠い位置にある柄を両手で握り直し、グラリと振り上げ――――おいおいおいおいおいまさかまさかまさかまさか。
「本気でやるんですか憑神さん?」
「今日ばかりは女性に生まれて良かったと思います……わ!!!!」
しゃがみ込む勢いで思い切り振りおろした――!!――股間に!!!
あまりに形容しがたい音に思わず俺は耳を塞いだ!
ホッケーマスクは体を『く』の字に体を曲げて
『股間がゲシュタルト崩壊ー!!』
とか日本語で通じそうな悲鳴をあげているがそんなことはどうでもいい!
「今度は全員で行動しよう! まず三人でバリケード造るぞ!」
「うい!」
「はい!」
そうして俺達は入口の方へ駆けだした。




