第7話 神託の特異点 / THE SINGULARITY OF REVELATION
《ORIGIN CONFIRMED : AMATERASU》
その文字が消えた直後、
23世紀の暗い端末室で、
KAITOのスカウター型端末がわずかに震えた。
目の前のホログラムに浮かび上がっているのは、
一枚の古い静止画だ。
平安京の空の下に立つ男――
そして、ここにいる自分。
衣服も、時代も違う。だが、その顔は寸分違わず同一のものだった。
「同じ顔の人間」が、時空の壁を挟んで同時に存在しているという現実。
その決定的な写真が、システムの片隅に呪詛のように焼き付けられている。
[ SYSTEM_ALERT : BIOMETRIC IDENTITY MATCH — 99.98% ]
[ TEMPORAL ANOMALY : DOPPELGÄNGER CONFIRMED ]
「……見ているか」
KAITOは冷たい光を放つディスプレイから目を外し、平安京の座標データへと視線を戻した。
彼らが動けば、この未来の現実そのものが書き換わる。
数日前――。
内裏に、ひとつの異常な知らせが駆け込んだ。
池田中納言の娘が、消えた。
夜半。
女房たちがほんのわずか目を離した間に、その姿は屋敷から忽然と消え去っていたという。
戸は壊されていない。
争った跡もない。
ただ。
娘の部屋には、人間のものとは思えない黒い足跡が残されていた。
焼け焦げたような跡。
そして。
鼻を刺す、奇妙な金属の匂い。
その夜。
朝廷に、一人の男が呼ばれた。
安倍晴明。
白い狩衣をまとった晴明は、娘の部屋から持ち込まれた一片の衣を前に、長いあいだ動かなかった。
式盤。
星の運行。
方角。
そして。
人の目には見えぬ、何かの流れ。
晴明が指を動かす。
式盤の上。
一瞬だけ。
青白い光が、幾何学模様のように走った。
公卿たちは気づかない。
だが晴明の指が止まった。
「……西北」
公卿たちが息を呑む。
さらに指を進める。
ひとつの方角。
ひとつの山。
「大江山」
広間が静まり返った。
「鬼の……山か」
晴明は答えなかった。
ただ目を閉じる。
やがて。
「娘御は、まだ生きております」
池田中納言が顔を上げた。
「ならば!」
「しかし」
晴明の声が遮った。
「人の力のみで踏み込めば――」
静かに目を開く。
「戻る者は、おそらくおりますまい」
その時。
誰にも見えない場所で。
別の記録が動いていた。
[ AMATERASU ARCHIVE ]
TEMPORAL TRACE DETECTED
SUBJECT : UNKNOWN HUMAN FEMALE
COORDINATE : OEYAMA
TIMELINE DEVIATION : INCREASING
その日のうちに。
朝廷は討伐を決した。
命を受けたのは六人。
源頼光。
渡辺綱。
坂田金時。
卜部季武。
碓井貞光。
そして藤原保昌。
頼光が退出しようとした時。
「頼光殿」
晴明が呼び止めた。
「鬼を斬ることだけを、お考えにならぬことです」
頼光が振り返る。
「どういう意味だ」
晴明は答えず。
三つの名を告げた。
「石清水」
「住吉」
「熊野」
頼光の眉が微かに動く。
「まず、その三柱に道を問われよ」
「なぜだ」
晴明はしばらく黙った。
そして。
「大江山には――」
その瞳だけが異様に鋭くなる。
「人と鬼だけでは説明できぬものが、確かに存在しております」
頼光は何も答えなかった。
だが。
晴明自身にも。
その正体までは分かっていなかった。
六人は三組に分かれた。
頼光と藤原保昌は、石清水八幡宮へ。
渡辺綱と坂田金時は、住吉明神へ。
卜部季武と碓井貞光は、熊野権現へ。
七日七夜。
眠りを断ち。
食を減らし。
ただ祈り続けた。
石清水。
七日目の夜。
頼光は乾いた唇を動かした。
「八幡大菩薩――」
声は掠れていた。
「我らが振るう刃が、人を守るためのものであるならば」
深く頭を垂れる。
「道を、お示しください」
――リン。
誰も触れていない鈴が鳴った。
社殿の奥。
淡い光が生まれる。
保昌も顔を上げた。
光の中から。
声。
――刃を隠せ。
頼光の目が細くなる。
――武者として鬼の山へ入ってはならぬ。
光が揺らぐ。
――山伏の姿をまとい、智をもって鬼の懐へ入れ。
そして。
――力ではなく、欺きによって道は開かれる。
光は消えた。
同じ頃。
住吉。
冷たい潮風が吹き抜ける。
渡辺綱と坂田金時の前に、白い霧が立ち上った。
そこから。
まったく同じ声が響いた。
――刃を隠せ。
――武者として鬼の山へ入ってはならぬ。
――山伏の姿をまとい、智をもって鬼の懐へ入れ。
――力ではなく、欺きによって道は開かれる。
霧が消える。
金時が綱を見る。
「……俺、幻聴でも聞いてるのか」
「いや」
「お前も聞いたな」
「ああ」
二人は再び神前へ頭を垂れた。
熊野。
濃い霧の中。
季武と貞光の前だけが、一本の道を作るように左右へ割れた。
その先。
揺らぐ人影。
そして。
――刃を隠せ。
――武者として鬼の山へ入ってはならぬ。
――山伏の姿をまとい、智をもって鬼の懐へ入れ。
――力ではなく、欺きによって道は開かれる。
人影が消えた。
霧の向こう。
一瞬だけ。
黒く歪んだ巨大な山影が現れた。
大江山。
だが。
その輪郭の上に。
ほんの一瞬だけ。
紫色の格子が重なった。
季武は目を擦った。
「……今、何か見えたか」
貞光は答えなかった。
そして。
三つの場所で同時に。
人間の知らぬ何かが同期した。
[ NODE 01 : IWASHIMIZU — ACTIVE ]
[ NODE 02 : SUMIYOSHI — ACTIVE ]
[ NODE 03 : KUMANO — ACTIVE ]
SYNCHRONIZATION : COMPLETE
STEALTH ROUTE AUTHORIZED
数日後。
六人は京で再び顔を合わせた。
頼光が言った。
「八幡より神託を受けた」
綱が聞く。
「どのような」
「刃を隠せ」
その瞬間。
綱と金時が顔を見合わせる。
頼光は続けた。
「武者として鬼の山へ入るな」
季武の表情も変わる。
「山伏の姿をまとい、智をもって鬼の懐へ入れ」
沈黙。
そして。
綱が言った。
「住吉でも、同じ言葉を」
季武も続く。
「熊野も同じだ」
「一言一句か」
「ああ」
三つの神域。
六人の武者。
互いに何の相談もしていない。
それなのに。
神々は。
まったく同じ言葉を告げていた。
頼光は立ち上がった。
「ならば決まった」
白い法衣が広げられる。
鎧を隠す。
兜を置く。
刀を布で包む。
武者の姿が。
一人ずつ消えていった。
だが。
捨てたのは姿だけだった。
刃まで捨てたわけではない。
頼光は最後に。
一振りの太刀を手に取った。
伯耆の刀工。
安綱。
その名工が鍛えたと伝わる刃。
まだ。
後世に知られる、あの名は持っていない。
頼光は白布で静かに刀を包んだ。
その時。
刀身の奥から。
ごく微かな振動が伝わった。
頼光は手を止める。
だが。
すぐに消えた。
保昌が問う。
「それも持って行かれるか」
「ああ」
「鬼を斬るための刀ではありますまい」
頼光は答えた。
「だが」
白布を強く結ぶ。
「俺が本当に鬼を斬らねばならぬ時が来るなら――」
太刀を見る。
「こいつで斬る」
[ LEGACY WEAPON DETECTED ]
SIGNATURE : UNKNOWN
FUTURE DESIGNATION : LOCKED
渡辺綱も。
髭切を法衣の下へ隠した。
かつて異形の腕を断った刃。
坂田金時は。
巨大な鉞を布で包んで背負う。
季武が呆れた。
「それを隠したつもりか」
「布で包んだ」
「形で分かる」
「仏具だと言えばいい」
「誰が信じる」
金時が笑った。
季武。
貞光。
保昌。
三人もそれぞれの得物を法衣の内へ収める。
六人。
六つの刃。
すべてが。
山伏の姿の下へ消えた。
頼光が言った。
「抜くな」
金時が眉を上げる。
「鬼を前にしてもか」
「その時が来るまでは」
頼光は五人を見る。
「我らの最大の武器は刃ではない」
「何だ」
「鬼に――」
頼光は静かに言った。
「我らを敵だと思わせぬことだ」
大江山へ入って三日目。
山は六人を拒んだ。
雨。
霧。
泥。
崖。
道は途中で消えた。
何度引き返しても。
同じ場所へ戻ってくる。
金時が木の幹を叩いた。
「この木、さっきも見たぞ」
季武が周囲を見る。
「山に迷わされている」
夜になると。
遠くから人の笑い声が聞こえた。
だが。
近づけば誰もいない。
火もない。
足跡すらない。
夕刻。
ついに六人の足が止まった。
「今日はこれ以上進めぬ」
保昌が言う。
頼光も否定しなかった。
その時。
綱が手を上げた。
「待て」
霧の中。
何かがいる。
頼光の手が。
法衣の内側へ伸びる。
人影。
ひとつ。
ふたつ。
みっつ。
現れたのは。
三人の老翁だった。
白髪。
杖。
粗末な衣。
こんな山奥にいるはずのない老人たち。
中央の老翁が微笑んだ。
「随分と、お疲れのようじゃ」
頼光は答えない。
老人の目が。
六人の姿をゆっくりとなぞる。
そして。
「よう似合っておる」
空気が変わった。
頼光の指が。
刀の柄へ触れる。
老翁はそれを見ても。
笑みを崩さない。
「そう警戒なされるな」
「何者だ」
頼光が問う。
別の老人が答えた。
「我らも、おぬしらと同じじゃ」
「同じ?」
老翁の表情から。
笑みが消えた。
「酒呑童子に――」
声が低くなる。
「大切な者を奪われた」
金時の顔から。
軽さが消えた。
三人目の老翁が。
山の奥を指す。
霧の向こうに。
小さな灯が見えた。
「庵がある」
老人は言った。
「まずは身体を休められよ」
頼光は。
三人を見る。
殺気はない。
だが。
奇妙だった。
雨に濡れているはずなのに。
衣から。
一滴も水が落ちていない。
足元の泥にも。
足跡がない。
そして。
霧の中で。
老人たちの輪郭が。
一瞬だけ。
二重になった。
人間の姿。
その奥に。
光だけでできた、別の何か。
頼光が目を細める。
消えた。
その瞬間。
耳の奥で。
石清水八幡宮の鈴が。
一度だけ鳴った。
――リン。
頼光が振り返る。
雨。
霧。
何もない。
再び前を向いた時。
三人の老翁は。
すでに霧の奥へ歩き始めていた。
六人もその後を追う。
誰にも見えない場所で。
再び。
記録が動いた。
[ THREE GUARDIANS — CONTACT ESTABLISHED ]
[ TEMPORAL NODE 03 — OPEN ]
[ LOST KEY PROXIMITY : 18.7% ]
この時。
頼光たちはまだ知らなかった。
これから与えられるものが。
大江山の運命を変えることを。
そして。
頼光の背にある一振りの太刀が。
やがて。
日本中に知られる名を得ることを。
――第7話 END
次話
第8話 三人の復讐者 / THE THREE MEN OF VENGEANCE
THE GATE IS OPEN.
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
第7話では、安倍晴明が大江山の異常を察知し、頼光たち六人が石清水・住吉・熊野で同じ神託を受けました。
「刃を隠せ」
しかしその背後では、
[ SYNCHRONIZATION : COMPLETE ]
[ THREE GUARDIANS — CONTACT ESTABLISHED ]
人には見えない別のシステムが動き始めています。
霧の向こうに現れた三人の老翁は、敵か、導き手か。
次回、第8話「三人の復讐者」。
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