27千夏&Friends
「じゃママ、行ってくるね」
「千夏、頑張って! ママも後で観に行くから!」
文化祭2日目、いよいよ千夏の文化祭がスタートする。本日の予定は午後14時から吹奏楽部の演奏の後、30分ほど1回目公演、そして後夜祭で45分間2回目の公演。2回目の公演時には動画撮影があり、同時に生配信もされる予定である。
SNS上で検索すると、文化祭荒らしとして名高いひめさんの極秘情報として「熊本の文化祭降臨」がトレンドで挙がっている。昨日の文化祭での出来事で広まった訳ではなく、ひめさんのプライベートジェットが熊本空港にあることから推測されている。SNSではどの大学なのか、という事が話題になっている。まさか、一度も行っていない、高校の文化祭参加は予想されておらず、ひと安心って所である。
11時から2時間、最初で最後の音合わせを音楽室で行うことになっている。早く合わせたい……その心が自然と千夏を足早にさせた。
「おはようございます…………あ…………」
「おはようございます!」「おはよう」「おはよう」
まだ30分以上に前だと言うのに……音楽室にはひめさんを除くメンバー全員が集まっていた。その中には2人の男性〜ドラムとバリサクの方だろう。
「はじめまして。マコトです! で、こっちが高橋くん、はい挨拶!」
「……はじめまして……」
マコトさんは緑の短パンに白いTシャツ、短い髪は全体的に桃色になっている。いかにもアーチスト風情、30代であろうか。そして、高橋さんと紹介された背の高い男性、紺野ズボンに白いワイシャツを着て、長袖部分をまくり上げている。雰囲気は学生のようだ。
「勅使河原千夏です。本日はよろしくお願いします」
「千夏ちゃん、僕のこと覚えてない? 一度お父さんと…………」
「……ごめんなさい……」
「だよね〜。まだ小さかったから(笑)」
どうやらパパを知っているようである。学生風の高橋さんはバリサクなので、きっとパパのことを知っている……はず。こりゃ下手な演奏は出来ない。
「さ、とりあえず合わせましょうか!」
「ひめさん!」
「皆さん、おはようございます(笑)」
最後にひめさんが来て第1部のメンバーが揃った。
「じゃ一曲目から一度通してみない!」
「いきなりですか? ひめちゃん、ムチャ振りするね。僕達は大丈夫だけど……」
「マコトさん、心配ないって! だってあの栗原悠介の遺伝子持ってるんだから、ね、千夏!」
「あ、はい」
こうして一曲目から通すことになった。オープニングはSBW、ブラックミュージックの大御所のキングという曲。冒頭はサックスのソロである。
「ではいきます…………♪ ♪ ♪」
千夏な奏でると、次々と音が乗ってくる、そしてリズム……千夏は驚きを隠せない。やはりプロとは……凄い!
「ね、合わせなくて良いくらいでしょ! はい、じゃあ録音聴こうか! 大体大丈夫だからあとは微調整ね! マコトさん、お願い!」
一度全5曲を通したところでマコトさんから指示が入る……的確な指示、千夏は心の底から楽しくなってきた。
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九品寺学園の体育館は大きい。しかし、その体育館に溢れかえる程の人が押し寄せている。吹奏楽部の次のプログラムという影響もあるのだろう、千夏は緊張していた。
「千夏、リラックス!」
「ひめさん、ありがとうございます」
ひめさんは相変わらずメガネをして素性を隠している。だが、本番の衣装はほぼセーラー服、オーラは隠せない。
「マコトさん、ヤバいっすね(笑)」
「言うな! 20年ぶりなんだ」
全員から笑いが起こる〜マコトさんの詰め襟学生服。コスプレに近い。その分高橋さんは……学生そのものである。そのギャップも見ていて滑稽である。
「さ、出番だね! 打ち合わせ通りに!」
★★千夏&Friends 1日限りの公演がスタートした★★
照明が落ちた体育館。押し寄せた観客は静まり返っている。そして、ステージ中央にスポットライトが当たる。千夏はその光の中で深呼吸をして……そして、静かに音を奏でる。
千夏のサックスが響き渡り……ピアノの音色が重なり……小さなドラムのリズム……やがて低音が響き渡る。リハーサルより断然のクオリティ、千夏は思いのままにサックスを吹いた…………そして一曲目が終わる。
「皆さん、ようこそ、千夏学園高等部へ! 私は千夏学園生徒会長……ひめりんこと、中川ひめでぇーす!」
その瞬間、場内がドッと沸いた……たくさんのフラッシュが瞬き、収集がつかない……
「はいー、皆さん。注目! 今ひめりんは一般人、なので撮影すると逮捕されちゃうので気をつけてね! もちろん、千夏の撮影も駄目よ! 私の彼女なんだから! あと、演奏のときは静かにしてね! わかりましたかー」
会場がまた湧きあがる。が、ひめさんの「シーッ」のジェスチャーで静寂に……
「では2曲目 皆さんご存知の名曲、フラワーのこころ……」
千夏はサックスを構えた。
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千景は体育館の裏手にいた。舞台袖で千夏達のステージを観ていたが、それは圧巻であった。千夏は輝き、ひめさんが会場を盛り上げる。そして、中盤以降のカスタネットとトライアングルの五重奏も笑いを誘う見事な演習。
千景はため息をついた。
「千景くん、千夏達、すごかったわね」
「紗理奈さん……全くです」
紗理奈さんはそう言うと千景の隣に座った。
「千夏も輝いてた。ひめさんに引けを取らないくらいに(笑)」
「はい。素敵でした。もう雲の上の存在のような気がして……」
「そうよね。私も……最初にひめさんと出逢ったときはそう感じたかも。でも違ったの、少なくともひめさんは単なる学校の先輩。きっと千夏と千景くんの只の同級生よ」
「でもこれから世界に飛び出していくんだなって」
「あら、ちょっと悲しい?」
「そんな事は……」
「千夏って1年生の時はプライドの塊で友達なんか居なかったの。でも、ここでは沢山の人に囲まれて、楽しそう。きっとあなたのお陰ね(笑)」
「ぼくの?」
「転校した後、私が連絡取ると、クラスにとっても優しい男子が居るって、楽しそうに話してたのよ。それ、あなたの事じゃない?」
「まさか…………」
心当たりは……ある。
「千夏って純粋だから、あまり傷つけないでね」
「2人で何話してるのよ! これから第2部の打ち合わせよ」
千夏から声がかかった。
「はいはい、千夏さま(笑) そんなに妬かないで!」
千夏は何かを言い掛けたが言葉を飲み込み、踵を返した。




