25コンサートへ向けて
「紗理奈、ホントに大丈夫なの?」
「だから前日に合わせることなんて必要ないよ! 問題ないって! 文化祭なんだし、多少失敗しても千夏が誤魔化してよ(笑)」
いよいよ文化祭まで2週間。千夏は焦っていた。相変わらず、紗理奈はセッションのメンバーを教えてくれない。きっとカトレア出身のアーチスト、ソリストを集めているのであろう。
「それもそうだけど……」
「それよりさ、当日1人でいいんだけど、運搬を手伝ってくれる人手配できないかな? 出来れば力持ちな男子ね!」
「当日居ればいい感じ? なら私の美貌で揃えとくわ(笑)」
千夏は自分が以前とは変わってきたことに気が付いている。以前なら口が裂けても言わないような、くだらない言葉が時々口から漏れる時がある。
「言うわねぇ……千夏の学校は沢山男子居るしね! ま、千夏を放っておくヘタレばかりじゃないと思うし! でもいいよね〜」
「何が?」
「だってクラスに男子が沢山いるのよ! 千夏なら選び放題でしょ! で、気になる男子とか居ないの?」
「ないない! 意外とヘタレばっかりよ(笑) 九州男児とか言うけど、あれは死語!」
「って死語が死語では…………(笑)」
紗理奈との楽しい語らい。笑い声が千夏の心を包む。全国大会に出場出来ないというドン底から這い上がり、今は充実の日々を過ごしている実感…………でも、気になる男子という紗理奈の言葉に戸惑う気持ちがある。
「私さ、今まで告られた事とかないから、今回のコンサートで沢山ファンを作ってモテモテになりたいのっ!」
「なんか悪女〜千夏って変わったよね……明るくなったというか、キャラ変? した感じ」
「そう……かな……」
「やっぱ、千夏を変えてくれた素敵な彼氏でもいるんじゃないの? いや、絶対そう!」
「な、な、ないって…………」
「あれ…………千夏さま…………こりゃ調査しなきゃ!」
千夏はこの前、千景から聞いた話……彩理さんとのキスの事……が心をよぎった。何かが胸に引っ掛かる。千夏は部屋の窓のカーテンを開け、夜空を見上げた。
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2学期が始まり1週間。千景の学校生活は以前の状態に逆戻りしてしまった。いや、この夏の事を考えると自身の精神状態は最悪で、以前よりも苦しく辛い状態になっている。ユーミや千夏も文化祭の準備で忙しく話している暇もないようである。
授業が始まり、授業が終わる。特に誰とも話さず1日が過ぎていく。1週間の間、この繰り返しである。が今日は違った、放課後、帰り道に携帯を見ると、なんと着信履歴が…………千夏からである。すぐに折り返した。
「あのー、千景です」
「千景、折り返しありがとう。あのさぁ、ちょっとお願いしたいことあって。ごめんね、流石に教室では声掛けづらくて……」
「そう……ですよね」
「なに、敬語で話してるの(笑) いつもの感じていいから!」
「ごめん」
「あのさ、今から合奏だから……部活帰りに会える? いつものカフェで。あの教室の雰囲気じゃ、文化祭の手伝いなんて回ってこないんでしょ」
「まあ、そうかも……じゃあ待ってるよ」
千景は携帯を切るといつものカフェに向かった。千景の様子を見るに見兼ねて千夏は連絡をくれたのだろう。千夏は優しい。
「ごめんね、待った?」
「大丈夫。ってか凄く早かったね」
「合奏終わってすぐ向かったから。なにか奢るよ!」
千夏は千景がカフェに着いてから30分も経たずにやってきた。走ってきたのだろう、少し汗ばんでいて、息を整えている。
「大丈夫だよ」
「いいから! お願い事もあるし(笑) 何かパフェにしよ! チョイスは私に任せて!」
千夏はそう言って注文カウンターに向かった。少し経つとニコニコしながら戻ってきた。
「ねね、知ってる! パフェにモンスターって大きさができたんだって! 頼んできたから(笑)」
暫くすると、メートル級の巨大なパフェが運ばれてきた。千夏は目を輝かせている……。
「あの……さすがに、1人じゃ無理だから。シェアしよ(笑)」
「…………仕方ない」
千景は千夏とパフェをつつきながら話をした。千夏のお願いとは、文化祭当日の荷物運搬を手伝って欲しい、というものだった。文化祭の千夏のステージでは大型の楽器が使用される。その手伝いだそうだ。
「ま、手伝うのは大丈夫だけど、僕で平気かな?」
「うん。でもさ、1つだけ了承して欲しいことがあるの。今回のコンサート、有料配信する予定なの知ってる?」
「まあ、そんな話聞いたかも…………」
「その……荷物運搬っていっても、スタッフというか、Friendsの一員になるから、報酬がでた場合受け取ってほしいの……」
「え?」
「だって私、プロとしてステージ立つのよ! プロってそういうものでしょ」
「ボランティアとかでもいいけど」
「それはだめ。Friendsは一心同体! もし、マイナスが出たら、み〜んなで割り勘……そ~言う事(笑)」
「なるほど(笑) 割り勘が僕の小遣い程度で済むなら全然大丈夫だよ。でも千夏は凄いよな……まだ高校生なのに、大人の世界で生きてるんだね」
「…………」
急に千夏が黙り込んでしまった。何か変な事を話したのであろうか……刹那の沈黙、そして千夏が口を開く
「私なんかより、千景の方が大人の世界にいるじゃん……彼女が出来たり、キスしたり…………結婚の約束とかもう大人…………私、彼氏出来たことも無いし、キスもない……千景からみたらオコチャマよ(笑)」
「…………」
次は千景が黙り込んでしまった。何故そんな話をするのだろう……千景には理解が出来ない。そして、千夏の恋愛経験が無いという事実、到底信じられない。
「私ね、きっといつか、千景は彩理ちゃんと出逢えると思うの。そして彩理と結ばれて、素敵な人生……きっと送る」
「何故? そんな事……」
「当たり前じゃない! 千景ってこんなに優しいんだから、幸せになるに決まってる! そうじゃなかったらこの世の中が変!」
そう言い残すと千夏が黙り込んでしまった。何故だろう、目に涙が溜まっている。
「千夏、ありがとう」
次の言葉を言う前に、千夏は席を立ってしまった。千夏は千景に同情してくれているのであろうか……分からない。千景は席を立ち去っていく千夏を追いかけることも出来ない……目の前のモンスターパフェをじっと見つめていた。




