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母の日。それは年に一回母親に感謝の気持ちを伝える大切な日。
元々は百年程昔、とある少女が母の死に遭遇したことで生前に母を敬う機会を設けようと国じゅうに働きかけたことから始まった。
最初は少女の母が好きだった白いカーネーションを祭壇に飾っていたことから母が健在であれば赤いカーネーション、亡くなっていれば白いカーネーションを胸に飾るようになり、カーネーションを贈る習慣へと変化したものだ。
私が母の日を知ったのは昨日の事。流架と花屋の前を通った時だ。
「赤いカーネーション綺麗ですぅ。何故赤いカーネーションを買うのですぅ?」
「それは母の日だからだろう?」
「母の日ですぅ?」
私は人界の知らないイベントに首を傾げた。何故、母の日には赤カーネーションを贈るのだろうか。
赤カーネーションと母というのがどうしても繋がらない。
「流架はママにカーネーション贈るですぅ?」
私の言葉に流架は少しばかり驚いたのか体をピクンと動かすと、視線を斜め下に動かした。
何を考えているのかさっぱりわからない。流架と出会って二ヶ月が経とうとしていたが未だに流架の性格を把握しきれてはいなかった。
突然抱きつかれたかと思えばいきなり突き放される。
熱い瞳かと思うと氷のように冷めた瞳。
優しい瞳に時折見せる諦めきったが私の心に引っ掛かりを生んでいた。どうしたらこれほどに優しくなれるのだろう。どうしたらそれ程に死んだような生活を送れるようになるのだろう。
生きていても何も感じられなくなっては死んだのと同然のこと。
それでも流架は私に抱きついてきた。私に何かを授かるがごとく。
私は不覚にも流架に抱きつかれると心臓が破裂するのではないかというくらい鼓動が早くなっていた。
「どうせ来年には死ぬんだ。今年くらいカーネーション送っても罰は当たらないよな……」
私は流架に疑問に思う事があった。どうして直ぐに諦めるのだろう。確かに流架は来年に亡くなる運命を持っている。
それでも、どうして生きたいと言わないの正直疑問に思っていた。
流架の全てが私を惑わし翻弄する。
全ての疑問を打ち消すかのように私は喉を鳴らし唾を飲み込んだ。
「カーネーション私も送りたいですぅ」
流架の母親は元々天国で私と家族でいてくれた魂で本当のママの様に大切な存在だった。
ところがママは流架のママとして転生し私の事は忘れているだろう。でも、私は全てを覚えている。
笑ったこと泣いたこと楽しい思い出が全て私の中に刻まれている。女神によってママからは消されていたとしても私の中に残っていればそれだけで十分だった。
私が色々と考えていると流架は姿を消していた。何処へ行ったのかも見当つかず流架の部屋で彼の帰りを待った。
しばらくして帰ってくると赤いカーネーションを二本携えている。
そして、流架は私の為にカーネーションを二本買って来てくれた様で私に差し出してくれた。
「ほらよ」
流架は携えていたカーネーションの一本を私に差し出した。しかし、私は現実世界の物には触れられたとしても姿を見ることは流架以外にはありえない。
私ではママにカーネーションを贈ることすら出来ない。
私が悔しくて拳を握り締めると何かを察したのかクルリと翻り部屋を出る。
「ついてこいよ」
私は流架の後を付いていくと流架はママに何を言うわけでもなく赤いカーネーションを手渡した。
「るぅちゃんありがとう」
ママは喜んでカーネーションを手に取った。決して直接渡せたわけでもないけれど不思議と気持ちが穏やかになっていく。
私は見たんだ。カーネーションを渡した時の照れ臭そうな表情を……。
ドキン
私の心にまた新しい流架の表情が植えつけられた。