40. レインの気がかり
その後、レイン達が所属する第二騎士団員はどこかピリピリした空気を纏っていた。それは窃盗犯を殺したであろう者を、取り逃がしたからに他ならない。
だがいくら選ばれた騎士団員であっても、剣技以外の身のこなしにおいては一般人。屋根の上を飛び回れる程の能力はないのだから、仕方がない事と言えただろう。とは言え、第二騎士団の面目にも関わってくるのだから、ピリピリしている空気を咎める者は誰もいないのだった。
当然、現在もレイン達第二騎士団は王都中を捜索しているが、未だに捜査に進展はなく今に至っている。
それに並行して今回は白騎士団も動き出した様で、にわかに白い制服が街を歩く姿も見かけるようになった。
その中でレインが目に留めたのは、一人の文官に付き添う白騎士団員の姿だった。
「兄さん! 久しぶり!」
嬉し気な声を上げて駆け寄ってきた者は、言わずもがなレインの弟であるサニーだった。
「サニー?」
その呼びかけでレインの家族であると気付いたガルモントが、レインに声を掛けた。
「レイン、先に行ってるからな」
ピリピリしている騎士団の中でも、ガルモントは変わらず穏やかである。
「ありがとうございます。すぐに追いかけます」
「ああ」と手を上げるガルモント達を見送り、振り返ったレインはサニーが近寄ってくるのを待つ。
今日のレインは1度目の夜勤、これから街中を巡回する予定で詰所を出たところであった。
そんなサニーは今、レインが就職祝いで渡した物である薄い朱が乗る色眼鏡を掛けていた。だがサニーは、別に視力が弱い訳ではない。
しかしなぜレインがなぜ就職祝いでそれを渡したかと言えば、サニーのスキルに関係している。サニーのスキル“必中”は任意で作動できるものの、それを発動させれば目の色が赤く変わってしまうのだ。
そんなスキルを仕事中に使う事もあるだろうと考えたレインは、少しでも人に気付かれにくくするために薄赤の色眼鏡を渡していたのだ。このスキルのせいで弟の身に危険が及ばないようにと、傍にいる事が出来ない兄からのささやかな贈り物である。
それを普段から使ってくれていると知りレインは顔をほころばせるも、サニーの後ろから歩いてくる白い制服の男性に気付き目を見開いていた。
「兄さんが元気そうで良かったよ」
「…ああ、サニーも元気そうだな。それに、少しデカくなったか?」
「うん、少し背は伸びたかな。まだ伸びる予定だけどね」
嬉しそうに笑むサニーに、レインは目を細める。
サニーはレインよりもまだ小さいが、城に上がるようになってから10cm位は伸びたであろうか。そういうレインも身長はまだ伸びており、20歳となった今は180cmになっていた。
「兄さんは、これから勤務?」
「ああ。今日は夜勤だからな。サニーは今帰りか?」
「そうだよ。今日はもう家に帰るところなんだ」
現在城に勤めているサニーだが、こうして街中で会う事は珍しい。実家で会う以外では初めてである。
「…それよりも後ろにいる人は?」
レインがサニーの後方に視線を向ければ、「ああ」とサニーが彼を紹介する。
「今僕の護衛をしてくれている、ランディ・ケイリッツさん」
サニーの紹介でレインに向かって会釈するケイリッツに、レインも取り敢えず会釈を返した。
「サニー、今何と言った?」
「え? ランディ・ケイリッツさんって…」
「そうじゃない、その前だ。護衛と言ったのか?」
「うん、そうだよ?」
一瞬キョトンとした後、やや間があって「ああ」と声を発するサニー。
「兄さんには言ってなかったね。今、白騎士団員の人に護衛してもらってるんだよ」
「……見れば分かる……」
そういう事ではない、とレインは渋面を作った。
そこへ、サニーの後方に居たケイリッツが進み出てくる。
手入れされた紺色の髪に切れ長の蒼色の眼は、白い制服に良く映えている。自信に溢れ、明らかに貴族であろうという雰囲気をまとったケイリッツが、いくら文官とは言え一般人であるサニーの護衛をしている事に違和感を覚えた。
「お初にお目に掛る。私は近衛騎士団のランディ・ケイリッツと申す者だ。サニー・クレイトン氏の兄君とお見受けする、以後お見知りおきを」
「…俺はサニーの兄、レイン・クレイトンです」
丁寧に言葉を紡ぐケイリッツに、通り過ぎる第二騎士団員たちの視線がチラチラと行く。
その後にレインに向けられる彼らの顔には、「お前、何したんだ?」と書いてあるようである。
それはこっちが聞きたい。一体サニーは何をしたのか…と。
そんな焦りが顔に出ていたのか、少しだけ表情を緩めたケイリッツが話し出す。
「その様子では、貴殿は何も御存知ないようだな。弟君であるサニー・クレイトン氏は今、我々の護衛対象となっているのだ」
「―?!― ごえいたいしょう…?」
首肯するケイリッツにレインは言葉を詰まらせる。
その真偽を確かめるようにサニーへと振り返れば、サニーは苦笑しながら肩を竦ませた。
「どういう事だ…?」
「ごめん。兄さんが心配すると思って言ってなかったんだけど、例のスキルでちょっとあってね…」
サニーがそういう言い方をするのであれば、それはサニーのスキル“必中”の事であろうと思い至るも、それでなぜ護衛が付けられることになったのか…。
「クレイトン殿…」
そこでケイリッツが、サニーの言葉を止めて目配せする。
その様子に、余り表立ってして良い話ではないのであろうと、レインは更に眉間のシワを深くする。
城内で面倒事に巻き込まれたのか、もしくはサニーがそれを探り当ててしまったか、そのどちらかであろうと思い至る。
「御覧の通り、今は誰にも話せない事になってるんだ。話せるようになったらちゃんと話すよ。それじゃもう行くね、兄さんも今勤務中でしょう?」
「―ああ、そうだな……」
「兄君、心配しなくても良い。弟君の事は、私がこの身に掛けてお護り申し上げる」
「……よろしく、お願いします……」
「じゃあまたね。お仕事頑張って」
と立ち去りながら手を振るサニーへ、レインは小さく手を上げて彼らを見送る。そのレインの隣に人の気配が並んだ。
「レイン、サニーに何かあったのか?」
「…分からないが、多分そういう事だろうと思う」
隣に立ったギルノルトは、レインが落とした肩に手を添える。
「ほら、俺達は俺達の出来る事をするぞ。じゃあ俺はあっちだから、もう行くな」
「ああ…」
こうしてギルノルトに促されたレインは、先に出発したガルモント先輩達を追うべく、ギルノルトとは反対の方角へと走り出していくのだった。
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街中の巡回の夜勤に続く翌日も、胸壁の夜勤が待っている。
どちらにせよレインには1度目が終わればもう一度同じ日が来るため、夜勤には変わりないのだが。
その為、ロイを呼んで話をする時間はない。夜勤明けの朝に呼び出す事も考えてはみたが、相手の勤務時間から考えても無理であろうと思いとどまった。ロイが偶然、レインと同じく夜勤明けであれば話は別だが…。
そう考えたレインは、クルークに短い伝言を託すことにした。
その為朝食を終えたレインの部屋には、サニーの話を聞いていたギルノルトもやって来ている。
「ギルは寝ていても良いんだぞ?」
「俺も気になるから聞きたいんだが、駄目か?」
「いや、駄目って訳じゃない。じゃあ、眠くなったら寝て良いからな」
「おう、サンキュー」
そうしてレインの部屋の窓を開け、明るくなった外の景色を視界に入れた。
これからロイに聞きたい事は勿論サニーの事であり、白騎士団が護衛を務めているという事は、ロイも多少なりとも原因を知っていると思っての事である。
レインは口元に指を添え、指先に集めた魔力を吹いた。
(クルーク、来てくれ)
するとさして時間も経たずに羽音が聴こえ、緑鮮やかな1羽の鳥が姿を見せた。
レインの部屋は演習場の反対側に面しており、窓の外には木々があるくらいで人目はない。それに騎士団員でも幾人かが魔鳥と契約している事もあり、別に魔鳥が騎士団棟の近くに居ても不思議ではない。魔鳥自体が見付かっても、問題はないはずだ。
レインは腕を伸ばし、クルークが留まる場所を作ってやる。ロイの様に肩に乗ってもらっても良いのだが、クルークとは顔を見て話したい事もあって、レインがいつも腕を出しているのはちょっとした拘りだった。
その腕にクルークが舞い降りた。
「おはよう。来てくれてありがとうな」
『クルルッ』
笑みを浮かべ、レインはそっと頭を撫でてやる。
「おお~。それがロイの魔鳥か」
『クルッ…』
クルークはギルノルトに視線を向けるも、すぐにレインの顔を覗き込み首を傾けた。
その仕草は言葉でなくても伝わり、レインはフッと笑って説明する。
「彼はギルノルト、俺の親友だ。ギルノルトはロイの事も知っているし、君が伝言を運んでくれている事も知っている」
『クルルッ』
まるで「わかった」とでもいうように、クルークは小気味良い返事を返す。
「へぇ~レインの話が通じてるんだな。頭が良いな、魔鳥って」
『クルッ!』
とクルークが胸を張れば、レインとギルノルトが肩を揺らして笑った。
そんな2人に、クルークが首を傾げるのもまた笑いを誘う和やかな時間となる。
『クールッ!』
それで何だ、と突っ込まれるが如く鳴いたクルークの声で、レイン達は本題を思い出す。
「ああ、ごめんよ。君にはロイに伝言を頼みたい」
そう言ったレインが、したためていたメモを取り出してクルークの前に出す。
するとクルークはそれを嘴に挟み、その紙を解かすように吸収していった。
メモの内容は、『サニー・クレイトンは何故、白騎士団に護衛されているのか?』というただその一文のみ。その文章だけでもサニーと同じ苗字であるレインが、家族の身を案じているのだとロイは気付いてくれるはずだ。
「よろしく頼むよ」
『クルッ』
ベッド際から移動し、クルークを乗せたまま窓辺に近付いたレインの腕から、クルークはレインの伝言を持って飛び立って行った。
ギルノルトも窓辺に佇むレインの隣に並び立つと、2人は消えていく緑色の鳥を見送ったのだった。