39. 予知か否かではなく
結局その日の夜もロイと会う事になった。
とは言っても今度は輪舞の岬へ、ロイからの呼び出しだ。
「悪いね、来てもらって」
「いいや、問題ない。今日の事か?」
「そういう事だね。大筋の話は聞いたのだけれど、関わった者から直接話を聞きたいと思ってね」
「なるほどな」
レインは、涼し気な笑みを向けるロイに苦笑する。
「それよりも仲間を手配してくれたのは、ロイか?」
「そんなところだよ。とは言え、知り合いにお願いしたくらいだけどね」
やはりロイは、“誰に”とは言わないらしい。
「…それでも大助かりだった。俺一人ではまた同じことを繰り返すところだったしな」
と苦笑するレインに、ロイの表情が消える。
「今回犯人は、毒殺だったと聞いたが?」
「ああ。奴は1度目と同じ死に方をしてしまった」
「という事は、1度目もそいつは死んだのだな」
その問いには首肯して答える。
ロイへの今朝の連絡では、事件が起こる事しか伝えていない。
その為、覚えているはずのないロイには、再び同じ話をしなくてはならないのだ。
「一度目は、皆が来てくれた場所の先で奴は既に死んでいた。俺が追い付いた時には、男は殺されて荷物もなくなっていたんだ。だが今なら分かる。その時は、殺したそいつが荷物を回収していったんだろうってな」
レインはその時の事を思い出し、まんまとしてやられたのだと渋面を作った。
「確かに、現場にはもう一人怪しいものが居たと言っていたね。荷物を奪う実行犯と、それが失敗した時に始末する者…か。どう見ても組織立っているとしか思えない犯行だな…」
そう言ったロイは、表情を消して物思いにふけっていたのだった。
どうやらロイはレインには思いつかない事を考えているようで、レインはかける言葉を無くす。
ナトレイス工房は、武器を使うものには知名度がある。そこの剣を盗もうとした。しかもその剣は王族に収める予定の剣で、製作者が普段よりも気合を入れて作った逸品であろうと知っていて、犯行に及んだという事だろう。
「なぁロイ」
「なんだい?」
「ナトレイス工房の剣は王子殿下に収める予定の剣だったと聞いているが、それはみんな知っている事なのか?」
今回の事は、そもそもどこから情報が漏れたのだろうかと考えるレイン。
「そうだね。城に出入りする貴族であれば、ナトレイス工房から王族に収める剣があるとは知っていたはずだよ」
「秘密じゃなかったんだな…」
「そういう事だ。内密の事であれば、それを知っている者が今回怪しいと探る事も出来たであろうが、今回納められる物は、“誕生日祝いとして国王から王子へ贈られる”という名目だった為に、皆が知るところだったんだよ」
流石ロイ、やはり同じ立場なので詳しく知っていたのだろう。
「へえ~。誕生日の贈り物にナトレイス工房の剣か…。羨ましいな」
「まぁそれも本人が望んだらしいから、そうなったのだと聞き及んでいる」
「やっぱり王子も、名匠の剣を欲しがるんだな」
「……そうみたいだね」
そう言ったロイは、何とも言えない顔でレインを見ていた。それに気付いてレインが首を傾げれば、ロイは首を振って笑った。
今回城に届けられる剣を、レインは見ていない。
王子が欲する剣とは切れ味は言わずもがな、さぞ見栄えがする物なのだろうと想像する。もうやり直しは出来ないが、そう思えばチラッとでも剣を見せてもらえば良かったなと後悔するレインだった。
「そう言えばロイ、ロイは街に出る時に剣を持っていないんだな?」
「いいや、一応短剣は持っているよ?」
「そうじゃなくて、普段使うような長剣ってことだ」
「ああ。流石に一般市民が剣をぶら下げていると目立つから、それは避けたいんだ」
その答えに、そのままでも十分目立っているが…とは言えずに口を閉ざす。
ロイは佇まいからして一般市民には見えないのに、これで本人は紛れているつもりなんだなと遠い目をするレインである。
「今レインが言ったように、今回の事はその情報を知った上でナトレイス工房の動向まで探られていたようだね。用意周到と言うべきか、計画的かつ組織的犯行だったのだろう。その線から色々と探る必要がありそうだ。―――また厄介ごとが増えたな」
最後の方は囁き声になっていてレインには聞き取れなかったが、ロイも白騎士団員として王族関連の事件に動く事になるのだろうとレインは思った。
では、これからロイも忙しくなるのだろう。
「ロイ、今後も何かあれば連絡した方が良いのか?」
「当然だよ。どうしてわざわざそれを聞くのかな?」
「いや、ロイもこの件で忙しくなるだろうなと思って…」
「ああ気を遣ってくれたんだね、ありがとう。しかし問題はないよ。また何かあればクルークで連絡をして欲しい」
「わかった、ロイ」
2人は暫く話をしてから、レインが一足先に宿舎へと戻って行く。
毎回レインを先に帰るように促すロイに、苦笑して手を振り去って行くレインである。
― パタンッ ―
レインの足音が遠ざかるのを待って、ロイは声を発した。
「リーアム」
「はい」
一人残った部屋の反響する声に、どこからともなく応答があった。
そして音もたてずに壁に穴が開き、そこから出てきたのは翠色の眼と髪を持つリーアム・ウェルズという者。そのリーアムは席に座るロイの隣に立ち、頭を下げた。
この部屋は隣部屋と隠し扉で繋がっており、リーアムと呼ばれた男が隣に控えていたのである。
それはレインが知らぬ事ではあるものの、ロイはレインが思う通り一般人とは言えぬため、常に近くに誰かが控えていてもおかしくはないだろう。
「聞いていたな?」
「はい」
「どう思う?」
チラリと視線だけをリーアムに向けるロイ。
「最低でも2人犯人がいた事を思えば、組織的犯行かと」
「他に気付いたところはあるか?」
「貴族から情報が漏れているか、あるいは…」
「やはりそう思うか…」
「はい」
ロイはまだ中身が残っているシャンパンボトルを手に取り、自分のグラスに注いだ。途中リーアムが注ごうと手を伸ばしたが、それに手を振って自分で注ぐ。
「他には? 感想でも良い」
「――あの青年にも、その先の事はわからないのですね…」
「ああ。それにそこまで彼に押し付ける訳にも行くまい。尤も彼のユニークスキルでは、当日の出来事しか把握できないのだしな」
「そうですね……」
座る者のいなくなった席を見つめ、ロイはグラスを揺らした。
レインの事は他愛ない話の中で、人命救助をした者がいたと聞いて知った。そこから興味をもち調べてみれば、彼の周りでは度々何かが起こっていると気付いた。
始めはトラブルを呼び込む厄介者かと注視したが、どうやら彼は自らトラブルの中に飛び込み、それを中和させようと必死になっているただのお人よしであったと気付く。その行動から彼には予知能力があるのかと疑ったが、当人からは苦笑をされる結果に終わった。
それは彼の持つユニークスキル“ワンセット”に因るものであり、その日限定とは言えその日の出来事を既に一度経験し、何が起こるかを知っていたからだった。それも一種の予知ではあると思うが、本人からは全くの別物だと笑って否定されたのである。
ただロイの立場からすれば、喩えそれが先見の識ではなかったとしても、事件や事故を前もって知る事ができれば動きようも変わってくる。
その日の朝にレインから何が起こるかを聞く、それだけでロイには十分価値のある情報と言えるだろう。
「ロイ様、そろそろお戻りに…」
「ああ、今夜も睡眠時間がなくなりそうだな」
「少しでもお眠りください」
「そうしよう。だが私がゆっくり眠れるのは、いつの事になるのやら…」
そう言って席を立ったロイは掛けてあった上着に袖を通し、リーアムを背後に静かに部屋を出て行くのだった。




