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38. 人は神ではないのだから

 

(まずい!)


 このままでは前回と同じ結果になる事が目に見えて、レインは必死に男を追った。

 ここで少し変わった点と言えばレインと男の距離くらいで、1度目よりも近い距離で追いかけている事くらいだった。


 ここからあの路地までは300m程であろうか。

 チラホラといる通行人を避けるようにして、不意に小径に入って進路を変える男。


「ピーッ!ピーッ!」

 合間には息を整え呼子を鳴らす。


(経路は同じ。だとすれば、その場所に入る前に止めないと!)

 このままでは1度目と同じく、また死体となった男をレインが発見する事になるだろう。


 そうして間もなく、その路地が見える通りまで出た。

 出てしまった。

 レインと男の距離は10m程だが、後少しのところで追いつけないままでレインは奥歯を食いしばる。息が上がっている為、魔法も発動できないでいた。



 とその時、前方にある脇道から躍り出た黒い人影が声を発した。


「雄大な流れの一欠片は、我の思いに応え放たれん “風弾(エアシュート)”」


 ― ドンッ! ―

「グハッ!!」


 レインの前を走っていた男がその風弾(エアシュート)に当たり、レインの方向へと弾け飛んだ。そして飛んできた男はドサリと音を立て、レインの足元に転がり大の字になって倒れたのである。


 慌てて立ち止まるも、目の前の出来事を理解できずに目を瞬かせるレイン。

 そこに聞きなれた声が聞こえる。


「レイン、ご苦労だった」

 その声の方角を振り返れば、レインの後ろの脇道からデントス班長が出てきたところだった。


(何故デントス班長がここに…? では魔法を放ったのは?)


 デントスから視線を巡らせ魔法を放ったらしき人物を見れば、ゆっくりと歩いてくるギルノルトの姿。今の魔法は、ギルノルトが持つ風魔法だったようである。


「よお! 無事だったか?」

「……」

 レインは言葉を詰まらせる。そうしている間にレインの周りには、続々とレッド班(仲間)が集まって来ていた。その数は10名ほどにもなる。


「なぜみんな、ここにいるんだ…?」

 状況が飲み込めていないレインがあっけにとられていれば、レインの肩を叩いたデントスが説明した。


「今朝早くレヴィノール団長から、今日ここへ10名程の人員を待機させるようにと指示を受けた。その指示で、我々はここに待機していた」

「え…待機していた…?」

 レインはその答えに困惑する。


「そうなんだ。レインと別れてから、俺達はデントス班長に呼び止められた。それで俺達も巡回場所を変更して、こっちに来ていたという訳だ」

「ギル…」

「そしてレインが追いかけている者を特定し、私が魔法を許可した」

「デントス班長…」


 レインは仲間たちの存在に、やっと力が抜けていく。そしてちょっぴり感動してもいたのだった。

 そんなレイン達の周りでは、仲間たちが伸びている男を取り囲み荷物を回収する。


「荷物は無事、回収しました」

「ああ。それはこちらで預かろう」

「はい!」


「おい! 立て!」

「自分で立てよ!」

「…んん…あ?」


 皆に引きずり起こされ目を覚ました男が、状況を飲み込めないのか驚いた様に目を見開く。


「うわー! なんだ! どうなってやがる!!」

「うるさい!」

 覚醒した男が騒ぎ出せば、取り囲む仲間たちが男を後ろ手に縛りあげる。じたばたと抵抗している様だが、多勢に無勢というものだろう。


 だがその時。


 ― シュッ ―


 レインの耳に小さく風を切る音が届いた。

 その音にレインが振り返った時には、立っていた男は既に崩れ落ちていたのだった。


 ― ドサッ! ―

「おい! 遊んでないで立て!」

 男の体重を受けとめたヒュースが、崩れ落ちた男の重みでたたらを踏む。


 レインはその異様な光景に、1度目の事を思い返していた。

(こいつの死因は毒物だったはず…そして首にあった小さな跡…?)


 ハッと顔を上げたレインが、ちらつく雪を見上げるようにくまなく周辺を見回した。

「あそこに人が!」


 指をさすレインの声で一斉に視線が建物の屋根へと向くが、その人影は一瞬で消えてしまった。

 デントスが叫ぶ。

「追跡しろ!」

「「「「了解!」」」」


 怪しい人影。普通に考えればこんな雪の日に、屋根の上になど人はいないはずだ。デントスの指示を受け、7名が一斉にその方角に向かって走り出していった。


 そして残ったのは男を支えていたヒュース、そしてデントスとレインだけとなった。

 流石にこの状況で、ヒュースは男を支えるのをやめて地面に横たえた。そしてすぐさま首に指を当てて脈をとるも、確認するまでもなく、またしても男の顔色は既にどす黒く変色していたのだった。


「もう死んでますね」

「…口封じか?」

「かも知れません」


 レインは言葉を紡ぐことが出来ず、ただデントスとヒュースのやり取りを見ている事しか出来なかった。


(これでは同じ結果だ…)


 荷物は取り戻したものの、結局窃盗犯はまた(・・)殺されてしまったのだ。

 そうなるとなぜ荷を盗んだのか、そして目的は何であったのかを確認する手がかりを失ってしまった事になる。


「すいません…」

「ん? なぜレインが謝る?」

 ヒュースに向けていた視線をレインに向けたデントス。


「俺がもっと周りを警戒していれば…」

「レイン」

 地面を見つめていたレインは、デントスの声に顔を上げた。


「レインは出来る範囲での事をしてくれたと俺は思っている。人は神ではない。何でも思い通りには出来ないし、どんな結果になろうとも最善を尽くしたのであれば、俺は非難するべきではないと考える」

「しかし、これが最善と言えるのでしょうか…」

「現状、俺が見た限りは最善であったと思う。こうして荷も取り返した事だしな?」

 そう言ってデントスは、ああっと思い出したように言葉を添えた。


「レヴィノール団長からの指示では、最低でも荷は取り返すようにとの事だった。それ以上は状況に任せると指示を受けている。だから最悪だったとは言わないだろう?」


 そういってニヤリと笑ったデントスは、労うようにレインの肩を叩くのだった。



 それから暫くして散開していた団員達が戻ってくると、一様に皆の顔は渋いものとなっていた。


「すみません、逃げられました」

「こっちも見失いました…」


 続々と続く報告に、取り逃がしたのだと知るレイン。


「そもそも屋根の上を移動しているっておかしいだろう」

 イライラとギルノルトが声を発した。

「ギル…」

「あの身軽さは、常人とは思えないですね…」

「屋根の上に居るのに追いつけないとは、一体どういう事だ?」

 とギルノルトに続いて皆からも不満の声が上がった。


「人相はわかったのか?」

 デントスの問いには皆が顔をしかめるばかりで、返事をする者はいない。

 それはそうであろう。

 屋根の上と地上との距離、しかも走っている相手の人相を見る暇もなかったのだと安易に想像がつく。


「わかった。取り敢えずここは一旦引き上げるぞ。こいつは城に連れて行き、医術局に死因を特定してもらう。詰所から担架を持ってきて城まで運んでくれ。後で皆からは話しを聞くから、班長室に集まってくれ」

「「「「了解」」」」



 周りが一斉に動き出す中、レインは道の端に留まりその作業を見つめていた。

「レイン、大丈夫か?」

「…ギル…」

 ゆっくりと振り向けば、ギルノルトが心配げにレインを覗き込んでいた。


「もう終わったぞ?」

「ああ…でも正直、まだ混乱しているんだ」

 結局男は死に、謎は謎のままに終わってしまったのだ。

 例の男が運ばれて行く様子を、ぼんやりとレインは見送った。


「なあレイン。俺達がここ集められたのって、もしかして…?」

 周りに誰もいない事を確認しつつも、声を潜めて聞くギルノルト。


「…彼の言った“便宜”、かも知れないな」

「しかしひとことで便宜とは言っても、動いたのはレヴィノール団長だぞ? あいつは団長の知り合いなのか?」

 レインはその質問に首を振る。知らないという意味だ。


「あいつも謎だらけだなぁ…」

「そうだな…」


 レインがその問いをロイに投げかけたところで、その答えはきっと返っては来ないだろう。ロイが知らせたくないと思えば、上手く話をはぐらかされるだろうとも想像できた。ただロイは話せることは躊躇なく話してはくれるので、今のレインには話せない、という事なのかもしれなかった。


 だがロイもレヴィノール団長も貴族である事から、その辺りで多少なりとも繋がりがあるのだろうと思うに留めるレインなのであった。


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