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26. 真夜中の逃走劇

 レインの今日は、ソール(2度目)の夜勤で街中の巡回日。


 あれから数日は何もなく過ごしたものの、2度目の今日は1度目に起きた事を変えたい日だ。その為、任務に就く前に、ギルノルトへ今日起こる事を伝えてあった。


「じゃあなレイン。また後で」

「ああ。よろしく頼むな」

「了解だ」


 詰所を出るレインとギルノルトは、ここから違う場所へ巡回に向かう。

 今日レインが知っている出来事は、レインとギルノルトが巡回する場所の中間で強盗事件が発生するという事だった。だがそこは別の組が回る事になっているのである。


 “月が城の真上に来る頃、南東の住宅街に来てくれ”

 レインがギルノルトにその事を話せば、一も二もなく協力するとギルノルトは頷いてくれた。


 南東の住宅街といえば、レインの実家が近い。

 その実家が今回の騒ぎに巻き込まれたとは聞かなかったが、レインは何としてでも今日の出来事を未然に防ぎたい、そう考えていた。


 だがレインが知る事といえば、大体の時間と相手の人数、そして場所くらいなものだ。

 1度目は当然管轄の組が対応したのだが、人員が足りずに犯人を取り逃がしたと聞いたため、レインは即座に今日の行動を決めたのである。1度目のレインも駆けつけたのだが、間に合わなかったのだ。



 そうして予定の時刻が近付き、レインは空を見上げる。レイン達が巡回するここも住宅街であり、人っ子一人見えない路地に寝静まった家々が月明かりの影を落としていた。


(そろそろ向かった方が良さそうだな)


 月が城に差し掛かるのを確認したレインは、そこでわざと後ろを振り返った。

 レインが剣に手を添えて急に振り返れば、一緒にいるブルースとウイリーはレインが何かに気付いたのだと思ってくれるだろう、という算段だった。


「どうした」

 予想通りに2人も振り返る。


 だがその時、偶然にもレインが振り向いた先で、路地に滑り込む黒い人影が見えたのである。


「誰かいたな」

「はい」

「………」

 レインは意図せぬ人影に、2人の会話へ目を瞬かせるのみだった。


「行くぞ」

「はい」


 駆け出すブルースとウイリーに一瞬遅れ、レインは我に返って走り出した。

 人影が消えた先、それは1度目に強盗があったと聞いた方角であり、この後ギルノルトと合流する方向でもある。


(という事は、今の奴らがこの後強盗に入った…のか?)


 その影を追って50m程戻れば、人影が消えた路地にはもう誰もいなくなってしまっていた。


「誰もいないな…」

「人が居ましたよね?」

「確かに誰かが居たはずだが…こんな夜中にどこへ行ったんだ?」

「怪しすぎますね…」

 困惑する2人へ、レインは先頭に出て誘導する。


「追いかけましょう。多分こっちです」


 曲がり角に着くたび、レインは被害現場に近付くように道を選ぶ。

 見えない者を追うレインの先導を疑問に思わないでもないのだろうが、ブルースもウイリーも何も言わずに付いてきてくれている事にホッとする。

 レインは土魔法を使って痕跡を辿る事も出来るが、ここは魔法を使う為に悠長に立ち止まっている暇はない。だが2人がその事を加味して付いてきてくれている、という事にしておき先を急ぐレインである。


 先程見えた真っ黒いだけの人影。

 レインが見えたのは一人であったが、聞いていた話では4人いるはずだ。

 そして走って追いかけるレイン達から姿が見えないという事は、向こうも走っているという事であろう。それらが強盗に入る前に、何とか食い止めたいところだ。



 それからレイン達3人は、強盗があったという家の前に出て足を止めた。すると、前方からこちらに走ってくる4人の人影が見え、レインは先回り出来たのだと確信する。その距離は20m程だろうか。


「いたぞ」


 その人影に気付いたブルースが静かに声を落とすも、こちらに気付いたらしい4人が慌てた様に踵を返して通りを駆け戻って行った。


「ピーッ!ピーッ!」

 ウイリーが呼子(よびこ)を鳴らした。

 まだ彼らが何かした訳ではないが、こちらを見て逃げるという事自体が怪しいからだろう。


 この呼子を一度鳴らす場合は『周辺の人々に注意を促す』という意味があり、“騎士団が行動しているので気を付けて”という合図で、それは住人達もわかっていて気を付けてくれる。

 2度鳴らす場合は騎士団員達への『応援要請』、そして3度鳴らせば『緊急事態』を知らせる合図である。

 どちらにせよ呼子を吹けば、聴こえている騎士団員には何かあった事がわかるのだ。


 その時4人が逃げ出していく通りの向こう側から、3人の人影が躍り出た。


「レイン!」

「ギル! そいつらを捕まえてくれ!」


 レインの意図を汲んだギルノルト達が、4人を目掛けて駆け寄ってくる。

 そうなると、こちら側のレイン達とギルノルト達が挟み撃ちで捕まえられるかと思いきや、そこは彼らも易々と捕まる事はなく、急に方向を変えて狭い路地の中に消えて行った。


 それはレインとギルノルトとの丁度中間の路地で、ギルノルト達が巡回をしていた方角だ。


「チッ。俺達がこちら側に来ちまったから、向こうは今人がいない」

「追いかけましょう」

「当たり前だ!」


 ギルノルトと行動を共にしていたヒュースとグストルが、路地の中に駆け込んで行った。

 そこにやっと到着したレインが、待っていたギルノルトと視線を交わす。


「逃げ込まれたな」

「ああ…この先は俺も知らないんだ」

「だよな…」

「え? この路地の先は、材木店が並ぶ区画です。先輩たちはそんな事も知らないんですか?」

 すれ違いざまに声を落としたウイリーが、そう言って路地の中へと消えていった。


「「………」」

 この場に残されたのはレインとギルノルトだけで、言いたい事はあるがここは言葉を仕舞った2人である。


「ピーッ!ピーッ!」

 そして再び呼子が鳴る。

 どうやらウイリーが呼子で応援を呼んでいるらしい。その音が住宅街に響き、周辺ではポツリポツリと家の明かりが灯りだしていた。


「皆を起こしてしまったな」

「そうだな。俺達も行こう」

「おう。…ってレイン、どこに行く? そっちじゃないだろ?」


 怪しい者達は南東のエリアを北上しており、ウイリーたちも逃げ込まれた路地から追いかけて行っていた。

 普通に行動するならば北へ向かうところを、レインは路地に入るのではなく道なりに東に向かおうとしていたのである。


「いいや、こっちから行こう」

「おう、わかった」


 説明しろよと言いたげに走り出したギルノルトは、早速レインの隣に並んで「それで?」と尋ねた。


「ここから先は俺も知らないが」

「知らないが?」

「今日俺は、ここよりも南が巡回地だっただろう?」

「そうだな」

「その時に、そこで(・・・)ここへ向かう人影を見たんだ」

「ん? だが今は、北へ向かっているぞ?」

「それは俺達を撒くためだろう? 今回は失敗したから仕切り直すはず。という事は奴らは戻ってくる…」

「……」

「だから逃げ切ってから戻るのなら、またそこを通ると思うんだ」

「…待ち伏せって事か?」

「ああ。掛けの様なものだがな」

「なるほど、一理ある。了解だ」


「ピーッ!ピーッ!」

 そこでまた呼子が聴こえるが、その音は随分と遠くなっていると気付く。

 このままブルース達が捕まえてくれるのならば何の問題もなく、レイン達はあくまでも取り逃がした場合の保険で動いている。

 レイン達は顔を見合わせると、レインが待ち伏せをするという場所に向かって駆け抜けて行ったのだった。


 呼子の音に耳を傾けながら、レイン達はその場所に到着する。

 ここは先程レインが人影を見た場所、そこを物陰から見ているレインとギルノルトである。


「来るか?」

「俺も正直確証はない。ルーナ(1度目)では取り逃がしたと聞いただけだしな」

「そして今日はソール(2度目)か…。もうやり直しは出来ないってことだな」

「ああ。だから可能性があるのなら、それを試してみようと思ったんだ」

「確かに、俺でもそうするな」

 こそこそと会話をしつつ、静かな住宅街で様子を見る2人。


「それで…「しっ」」

 レインは路地に視線を向けたまま自分の口元に指を当て、ギルノルトの言葉を止めた。

「……」

 コクリと頷く気配がして、ギルノルトの視線もその道の先に固定されたと分かる。

「人が来た」

「ああ」

 囁きよりも声を潜め、レインとギルノルトはその気配を探った。


 そうして路地から顔だけを出し、辺りを見回してから後ろに合図を送ったらしい黒い影がゆっくりと出てくる。

 そろりそろり、そんな言葉が浮かぶ動作でその後に人影が続いた。


「行くか?」

 ギルノルトがレインを見るも、レインは首を振った。

「俺達は2人だ。ここは安全策を取ろう」

 そう言ったレインは、即座に囁く。


「壮大なる英知のふところに “穴隙(トゥリパ)“」


 すると男達が歩いている地面が陥没し、体勢を崩した4人がそこに倒れ込む影が見えた。彼らの足元にすり鉢状に出した穴は、深さが2m程になっているはずだ。

 街中では普段使わない魔法も、緊急性と住人への安全性が満たされれば例外として使用が許されている。


「行くぞ」

「おうよ」


 向かって行ったその穴の中で重なって藻掻く者達へと、穴を挟んで立つレインとギルノルトがスラリと引き抜いた剣を突きつける。


「お前たちがなぜ逃げたのか、ゆっくり話を聞かせてもらおうか?」


 そう言ったギルノルトが口角を上げ彼らを見下ろす(さま)に、どちらが悪者か分からないなぁとレインは苦笑を零したのだった。


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