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第一話:嘘のような告白

実験作品です。

AI嫌いの方は閲覧をお控えください。

 二月下旬の朝。


 県立高校二年生の教室には、埃の舞う春近い陽光が斜めに差し込んでいた。

 登校時間の喧騒の中にあって、そこだけが真空地帯のように静まり返っている席がある。


 高原玲奈たかはられな、男子拒絶症としても知られていた。


 男子を視界にすら入れず、視線すら合わせない。

 その冷徹さは、彼女の心を防衛するための分厚い鉄壁そのものだった。


 そんな静寂を、一人の少年が踏み越えた。

 豊田迦蓮とよたかれんだ。


 彼は玲奈の机の前で足を止めると、まるで天気の話でもするかのように軽やかに微笑んだ。


「あ、おはよう、高原さん。

 私、今日から女になることにしたから」


 教室の喧騒が、一瞬で凪いだ。


 迦蓮は続けた。


「海外のネット動画でね、心が女ならそれは女だっていってたんだよ。

 でね、私は高原さんと仲良くなりたいから、男は捨てることにしたんだ。

 よろしくね」


 玲奈が手にしていた文庫本のページをめくる指が止まった。

 彼女はゆっくりと顔を上げ、初めて迦蓮を正面から見据えた。

 その群青色の瞳には、深い困惑と剥き出しの警戒が混ざり合っている。彼女が発した声は、いつもより半音低かった。


「……は?」


 迦蓮は怯むことなく、自分の制服を一瞥した。


「服装が男だったりすると、やっぱり差別されちゃうのかな?」


「……何を言っているのか、よくわかりません」


 玲奈は即座に視線を逸らし、逃げるように文庫本へと落とした。

 だが、ページの端をなぞる指先は微かに震えている。

 いつもなら冗談にもならない話は無視するはずの彼女が、明らかに動揺していた。


 パタン、と本を閉じる音が静まり返った教室に鋭く響く。


「あなた、私に何か用があって近づいているんですか」


 玲奈の瞳は、一切の甘さを許さない氷のように冷たく澄んでいた。

 だが迦蓮は、その瞳の奥にある怯えを見逃さなかった。


「さっき言ったよ。

 仲良くなりたいから男であることは捨てるって」


「そういう冗談、私、好きじゃないです」


 彼女は完全にシャットアウトの姿勢を取った。

 しかし、迦蓮の次の一言が、彼女の防壁に決定的な亀裂を入れた。


「冗談?

 それは、精神的に内面が女性である人に向かって言っているという解釈でいいのかな?」


 玲奈が再び顔を上げた。その瞳には今までにないほど冷たく、鋭い光が宿っていた。

 教室の温度が三度下がったかのような錯覚を覚えるほどの威圧感だ。


「……あなた、私を怒らせたいんですか」


「LGBTの人を怒らせようとしているのは、高原さんのほうだよ」


 玲奈は絶句し、唇を強く引き結んだ。

 机に置かれた文庫本がカタカタと震える。


「……私、あなたと話す気はありません。

 これからも、ずっと」


 彼女は椅子を蹴るようにして立ち上がると、速足で教室を出て行った。

 その背中を見送りながら、迦蓮はわざと大きな声で独り言をこぼした。


「差別するタイプの人だったんだ、幻滅~」


 廊下の角で、玲奈の足がピタリと止まる。


「……差別って、何も知らない人が勝手に決めつけることだと思いますよ」


 振り返らないまま絞り出されたその声には、怒りとも悲しみともつかない、ひどく脆い感情が滲んでいた。

 彼女がそのまま夜の闇に溶けるように消えていくと、入れ替わるように一人の影が迦蓮に立ちはだかった。


 肩を、万力のような力で掴まれる。


「おい、てめえ。玲奈になに言った」


 そこにいたのは、玲奈を狂信的に崇拝する男子生徒、希橋健吾きはしけんごだった。

 その目は完全に据わっており、隠しきれない敵意が教室の空気を一気に引き締めた。

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