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厄災日記  作者: LOOK Circle


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11/11

忘却された紙片

 退院から二日。


 帝都は、開戦の熱を保ったまま動き続けていた。

 第158戦闘大隊もまた、編成と準備に追われる。


 イザ・マクシムは、簡素な執務机に向かいながら、

 どこか拭いきれない違和感を抱えていた。


 理由は分からない。

 ただ、“何かが抜け落ちている”という感覚だけが残っている。


(……気のせい、か)


 そう結論づけようとした、その時だった。


 扉が勢いよく開く。


「イザ!」


 ターニャだった。


 息が荒い。顔色が違う。


「ハズキが!」


 帝国軍病院、重症病棟。


 機械音が規則的に響く中、

 ハズキ=ヤナガワはベッドに横たわっていた。


 意識不明。


 外傷はない。

 だが、原因不明の昏睡状態。


「……どういうことだ」


 イザの声は低い。


 担当医は首を横に振る。


「身体的損傷は確認されていません。

 ですが脳の活動に異常な乱れが……説明がつきません」


 説明不能。


 それは軍において、最も忌避される言葉だった。


 ターニャは無言で拳を握る。


「昨日まで普通だったんだぞ……」


 その時。


 イザの視線が、ふとハズキの胸元に落ちる。


 軍服のポケット。


 わずかに、紙の端が覗いていた。


「……それ」


 手が伸びる。


 ゆっくりと、取り出す。


 一枚の紙。


 何の変哲もない、白い紙。


 その瞬間だった。


 視界が歪む。


 音が消える。


 空気が重くなる。


 ——既視感。


 いや、違う。


 記憶だ。


 止まった世界。


 動けない身体。


 そして——


 あの男。


『やあ』


『まだ早い』


『覚えていなくていい』


「……っ!!」


 頭の奥が焼けるように痛む。


 押し込められていたものが、強引に引きずり出される。


 胸ポケット。


 差し込まれた紙。


 動けなかった自分。


 理解できない存在。


「思い……出した……」


 イザの呼吸が荒くなる。


 手に持った紙が、震えている。


 ターニャが振り向く。


「おい、どうした——」


「これ……」


 イザはかすれた声で言う。


「これ、私も——」


 言葉が途切れる。


 だが、理解はできていた。


 同じものだ。


 ハズキのポケットに入っていた紙と、

 自分が受け取った紙。


 そして。


 その記憶が、消されていたこと。


 イザはハズキを見る。


 眠ったまま、動かない。


「……こいつも、会ってる」


 確信だった。


 あの“男”に。


 病室の空気が重くなる。


 ターニャは眉をひそめる。


「何の話だ」


「時間が……止まったんだ」


 イザは言う。


「私だけ動けて……

 知らない男が現れて……」


 言葉にするほど、現実味が失われていく。


 だが、それでも確かにあった。


 手の中の紙。


 まだ中身は見ていない。


 だが、それがただの紙ではないことだけは分かる。


 イザはゆっくりと呟いた。


「……始まってる」


 戦争とは別の何かが。


 自分たちの知らない領域で。


 ベッドの上のハズキは、目を覚まさない。


 まるで、“触れてはいけないものに触れた”代償のように。


 そしてイザだけが、その記憶を取り戻した。


 それが何を意味するのか、まだ誰も知らない。

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