8 決勝戦
控室。
エレナがすぐに近寄ってきて、褒めてくれた。
「やったわね! 春の模擬戦のリベンジじゃない。あたし、感動しちゃったわ」
「そういえばそうだった」
あんなこと、すっかり忘れていた。
頭の端に浮かんだロジェの憎たらしい顔を、ぷいと煙に消す。
「もっと喜んで。彼だって強いんだから。それを打ち破るなんて、簡単にできることじゃないわ」
本当に心の底から祝福した顔だった。
ウイエとしては照れくさい。
口元を歪めながらも、顔を上げる。正面で受け止める。
「うん、そうね。ありがとう」
穏やかな表情で返す。
彼女の言う通り。
冷静に考えるとロジェ相手に戦えるなんて、春からは想像もつかなかった。
本当に努力が実を結んでいる。
内心、高揚している。心の芯に宿った炎が燃え上がる。
よし、もっと頑張らなきゃ。
顔を上げ、しっかりと前を向いた。
いい気分になっていると、荒っぽい足音が迫る。
真顔で入口のほうを向くと、だぼっとしたジャージが視界に飛び込んだ。
褐色の肌に額を上げたオールバック。
ロジェがズカズカと乗り込んできた。
「俺ァ、テメェの力にやられたとは思っちゃいねぇよ」
指差し、怒る。
「私はお兄ちゃんと一緒に戦ったの。彼が力を貸してくれただけ」
腰に手を当てて主張すると、ますます憤る男。
「ああクソ! 厄日か! ハイラムに逆襲するチャンスだっていうのに、変な場所で当たるしよぉ!」
なるほど、彼は準決勝で王子と戦ったのかと、今更ながら理解した。
したがって決勝の対戦カードは、アルフvsハイラムとなる。
「俺ァなァ、テメェら全員許せねェ」
感心しているそばから、文句を言われる。
「こんなに強いのになにを迷っているんだ」
嫌味を言われる。
「出し惜しみをされた上で勝つとか、舐めてんだろ? テメェはもっとやれるはずだ」
眉を険しくつり上げ、眼前に迫る。
ウイエは怖ず怖ずと引いた。
「必死さが足んねェ! 死にもの狂いで勝利をもぎ取る信念が足りねェ! だからあの男に敵わねェんだよ!」
まくし立てる勢いで、ダメ出しを連発する。
そういう彼こそ敗北者だ。
そもそもこちらは全力を出したつもりだ。
どうして文句を言われるのか分からない。
ウイエはムカムカと頬を膨らませた。
いつの間にか決勝が始まるころ。
水晶を通して映るステージを、不穏な気配が包む。
端に構えるのは、学校の戦闘服を纏った少年たち。
妙な武具を使うと分かっているからこそ対策を取ってきたとばかりに、ハイラムは物理で打って出る。
アルフも応じる。
飛び出し、接近し、打ち合う。
硬質で鈍い音が鳴り、武具が重なり、火花を散らした。
互角の戦い。いったんは拮抗。
体勢を立て直すために一時的に距離を取っては、また飛び出す。
ハイラムは小細工なしのシンプルな装備で戦う。
剣を駆使して、攻めかかる。
杖で受け止め、後退りするアルフ。
追い込んでいるようで実は不利なのは、彼のほうだ。
なにせ、彼は縛りプレイをしているも同義なのだから。
見かねたアルフが声をかける。
「せっかくの決勝戦だ。もっと派手にやろうぜ」
両腕を広げる。手のひらは空。
観客席側のウイエは、むっと眉を寄せた。
アルフは観る側を気にして、ステージに立った演者のような振る舞い。
エウリックがやりそうな態度だ。
「俺を信じるなら、素直にかかってこいよ」
挑発的な態度に、眉をひそめるハイラム。
だが相手を信じる。
魔力を結集し、手元で槍を形成。
ダイヤモンドの輝きが、鋭く尖る。
ハイラムは深く息を吸い込み、姿勢を低くし、膝を曲げる。
地を蹴り、風を纏った。
雄叫びを上げ、駆け出す。
勢いのまま、突きにかかる。
一歩も引かないアルフ。
すっと指を構えた。
表情はなく、魔力の波が空気を震わす。
グラデーションのかかった毛がなびいた。
フィールドの上を駆けるダークレッドの魔弾。
ハイラムは瞠目しつつも、身を引いた。
奥歯を噛みつつ、剣を構える。
目の前で展開するバリア。
しかし、すでに遅い。
パリーンとガラスのように、砕ける音。
暫時、全てが紅蓮の色に染まり、呑み込まれた。
ステージに暴風が発生。
会場が破壊されかねないほどの衝撃が広がった。
やがて砂塵が晴れる。
倒れていたのは、青紫のコートの背中。
威厳のある詰襟がよれていた。
涼やかな目でフィールドを見下ろす少年。
観客席からは喝采と気まずさの混ざった、どよめきが上がる。
おろおろする民衆の端で、教師は興味深そうに視線を落とす。
「よくも悪くも影響者ですか。あの方と運命を共にするからは、本人次第ですが」
モニター越しに生徒たちも、ざわめく。
液晶に映るグラデーションヘアの少年。
アルフは嬉しそうではなかった。
「なにあれちょっと感じ悪ーい」
「強いのは分かるけど事務的に処理しすぎー」
「つまんなーい」
不満の声は液晶で弾かれて、アルフには届かない。
彼は黙って身を翻すと、出口へと足を進めた。
ウイエは真剣な顔で席を立つ。
通路で躍り出て、小さくなっていく影を見つけた。
即、追いかける。
自分が味方につかなくきゃ。
足早に会場を出て行こうとする戦闘着の少年。
素早く駆け寄り、背中に迫る。
ウイエは声を上げた。
「優勝おめでとう。さっきの戦い、すごかった。もう圧倒的って感じで」
少年が足を止める。
頑なな背に、冷たい圧を感じる。
「気遣いは結構だよ」
アルフは冷たい声で言い捨てた。
ウイエは言葉を呑み、表情を固めた。
「だって、自分はそれに値しない存在だから」
ボソッとつぶやく。その意味が分からない。
間の抜けた顔のまま、停止する。
ぼうっとしていると彼は踵を浮かし、歩き出す。
足音すら聞こえない。
じっと立ち尽くしたままの少女。彼女の影は動かない。
通路には無機質な温度だけが流れ込んだ。




