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星空の少女は兄の影を追いかける  作者: 白雪
第2幕A

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14 ダンジョン後

 目を見開くウイユ。

 ギュッと心臓を鷲掴みにされた気分で、ショックを受ける。


「順序が逆よ、ハイラム。あたしたちは彼女に付き合う形で同行するの。自分本位で物を言うのは、よくないわ」


 すかさずフォローをする。眉を寄せたエレナの顔。

 でも、自分が劣っているのは確かで、悪く言われるのは仕方がない。

 沈みように俯きかけたときだった。


「いけないな、一国の王子ともあろうものが決めつけるとは」


 アルフのからかうような笑み。

 いぶかしむようなハイラムの顔。


「知らないだろ? ディギルはやればできる子なのさ」

「力を持たぬ者になにができる」


 冷たく切り捨てる。

 彼は足手まといを連れて行く気がないようで、ずいぶんと冷たい。


 そこへ伸びる影の気配。

 寒気がのぼる。身震い。


 とっさに振り向き、杖を立てる。

 パネルを回転させるように、バリアを発動させた。

 手前に広がる、青水晶の壁。


 牙を向き、飛びかかる敵。

 そして、硬い音。

 弾き返され、獣は倒れた。


 気がつくと、はぁはぁと肩で息をしながら、杖を握りしめていた。

 うまくいったのだろうか。

 生きた心地がしない。


「なるほど、ブラックスターが選んだだけはあるわけか」


 冷静な声がかかる。

 汗をかきながら顔を上げると、澄んだ青の双(ぼう)が見下ろしていた。

 相変わらずのクールな目。


あなどってしまい、申し訳ない」


 ぺこりと頭を下げる。

 思わぬ反応に目を丸くする。

 というか、一国の王子に謝らせるのは、なんかまずい。


「ちょっとやめてください、殿下。私なんか、本当は大したものじゃないし」


 おどおどと、目をそらす。


「そう卑下ひげするものではない。まさか足を引っ張りにきたわけではないのだろう? ディギル殿」


 鋭い指摘に黙り込む。

 ハッとした気分になった。


 彼は相変わらずの態度。

 こちらのほうが安心感がある。

 ウイユは肩から力を抜いた。


「それと、自己紹介でも話した通り学園に所属する以上、私たちは対等だ。そう気負う必要はない」


 淡々と言う。

 そうはいっても、おそれ多いし。


「そうよ、ハイラムは壁を作られるよりお友達みたいな感覚のほうが、嬉しいみたい。いじってやるくらいがちょうどいいのよ」


 エレナが明るく声をかけ、背中を押す。

 様子をうかがうウイユ。

 ここは乗らないほうが失礼になる。

 勇気を持って、口を開いた。


「じゃあ、ハイラムくん」


 彼の名を呼ぶ。

 相手は満足げに口元をゆるめた。


「それでいい」


 実に爽やかな顔だった。


 全員で協力した結果、あっさりフロアを突破する。全員の実力を考えると簡単過ぎたらしい。


「これじゃあテストにならねぇな」

「生半可な場所では敵にもならない」

「あたしがバフをかけるまでもなかったわね」


 みんな無傷だ。

 ダンジョンにも慣れて、スムーズに動けるようになり、成長を実感する。


「まあ、楽ができたのはウイユのおかげだけど」

「へ?」


 思ってもみない発言に、きょとんと聞き返したウイユ。

 エレナは天使のように笑いかける。


「どう? ジュエル学園に入学するだけの素質、信じられた?」


 華やかな顔にドキドキ。

 胸がぽかぽかしてきた。


「ディギルは自信がないだけなんだよ」


 アルフにも背中を押された。


「うん」と頷く。

「ありがとう、アルフ」


 少しだけ自信が溢れてきた。



「だが、ダンジョンそのものを突破したわけではない。気を付けて進むぞ」


 凛としたハイラムの声とともに、足を踏み出す。

 四人は壁沿いに進んでいった。



 奥までたどり着くと、ボスが待ち構えていた。


 ボスといっても首魁しゅかいの類やダンジョンボスなどではなく、ダンジョンを根城にしているだけの、犯罪者だった。


 黒いローブを纏った術師で傍らには、茂みのように影が広がる。

 ぐるぐるとうなる鳴き声を耳にした。

 毛を逆立て、血走った目でにらむ獣たち。

 魔物を大量に従え、操っているらしい。


「こんなところでなにをしているのかしら?」


 強気なエレナに対して、術師は口の端を釣り上げる。

 影に染まった顔の内側で、ギョロリと丸い目が、ギラリと光った。


「全てはこの世の未来、秘島の英雄に報いるためだ!」


 甲高に言い放つと、相手はおのれの発言に満足したのか、手を叩いて喜び出す。


 酔っているのだろうか。


 言動の意味が分かったとしても、逃がす気はないが。

 問答無用で武器を構える。

 戦いとなった。


「おりゃああ!」

「うりゃああ!」


 袋叩き。


「効かぬ!」


 否、効いている。ボコボコだ。

 纏わり付く使役魔獣もなんのその。

 尖った獣の肉をえぐり取れば、後は多勢に無勢。

 あっけなく撃破した。


 倒れ伏した男を引きずって、ワープ装置に乗って、脱出。

 外に出ると、受付の人は目をぱちくりとさせた。


「これは大物ですね」


 戸惑いながらも、ボロ雑巾になった下手人を預かる。

 お尋ね者の引き渡しと、依頼の解決の手続きを終えた。


「実はこのところ、人為的に埋め込まれたコアが原因で、大騒ぎになっていました」


 受付の人は眉を寄せながら話す。


「おかげで魔物が無限湧き。危機的状況だったのです。対処してもらって助かりました」


 ぺこり。感謝される。

 うまくいったということで、いいのか。

 ひとまず私服に着替え、ダンジョン攻略は終了だ。


 手ぶらのまま空っぽになった心地で、広場の真ん中に佇む。

 エレナやハイラムは寮へと帰った。

 一人、よりどころのない気持ちで残ったウイユ。


「今なら引き返せるぞ」


 不意に軽い声が掛かった。

 静かに視線をすべらせると、だぼっとした格好のアルフが立っている。


「無理はしなくてもいい」


 ウイユは視線を下げる。

 内心、葛藤があった。

 いつの間にかナティア島へ行く流れになっている。

 本当はギリギリまで考えて、行くか行かないかの答えを出したかったところだけど。


「今更にもほどがあるわ。もう約束は済んでいるんだから」


 おかしげに笑い、前を向いた。

 少年の視線が追従する。


「私は兄の欠片と会いたいの。彼が遺したものに触れたい」


 だって自分はあの人に近づけなかったから。

 少しでも追いつきたいと、意思を伝える。

 確かな眼差しの先に、沈黙の壁が立ちはだかった。


「これはエウリックからの挑戦状よ。かの冒険者が期待をかけて託してくれたのなら、応えてあげるのが妹しての責務でしょう」


 はっきりと口を動かす。落ち着いたトーンで話す。

 それに、彼との繋がりでもある。たぐり寄せれば大きなものを得られるかもしれない。

 薄く口元を緩めたウイユに対して、アルフは真顔のままだった。


「へー、じゃあ頑張れよ。行けたら行く」

「今さりげに、なに言ったの?」


 思わず吹き出しかけた。

 背筋が凍る思いに駆られて、反射的に彼のほうを向く。


「途中でブッチするとかやめてよ。私はあなたを頼りにしてるんだから。大魔術師がついてるからこそ、行く気になったんだよ!」


 たまらず早口になって、口が滑る。


 すがるように見つめると、アルフは口を半端に開き、固まった。

 なにか感じたようなような、意味深な反応。


 ウイユは眉をしかめた。


 相手は言葉を呑み、唇を引き結ぶ。

 彼の内心は読めなかった。

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