14 ダンジョン後
目を見開くウイユ。
ギュッと心臓を鷲掴みにされた気分で、ショックを受ける。
「順序が逆よ、ハイラム。あたしたちは彼女に付き合う形で同行するの。自分本位で物を言うのは、よくないわ」
すかさずフォローをする。眉を寄せたエレナの顔。
でも、自分が劣っているのは確かで、悪く言われるのは仕方がない。
沈みように俯きかけたときだった。
「いけないな、一国の王子ともあろうものが決めつけるとは」
アルフのからかうような笑み。
訝しむようなハイラムの顔。
「知らないだろ? ディギルはやればできる子なのさ」
「力を持たぬ者になにができる」
冷たく切り捨てる。
彼は足手まといを連れて行く気がないようで、ずいぶんと冷たい。
そこへ伸びる影の気配。
寒気がのぼる。身震い。
とっさに振り向き、杖を立てる。
パネルを回転させるように、バリアを発動させた。
手前に広がる、青水晶の壁。
牙を向き、飛びかかる敵。
そして、硬い音。
弾き返され、獣は倒れた。
気がつくと、はぁはぁと肩で息をしながら、杖を握りしめていた。
うまくいったのだろうか。
生きた心地がしない。
「なるほど、ブラックスターが選んだだけはあるわけか」
冷静な声がかかる。
汗をかきながら顔を上げると、澄んだ青の双眸が見下ろしていた。
相変わらずのクールな目。
「侮ってしまい、申し訳ない」
ぺこりと頭を下げる。
思わぬ反応に目を丸くする。
というか、一国の王子に謝らせるのは、なんかまずい。
「ちょっとやめてください、殿下。私なんか、本当は大したものじゃないし」
おどおどと、目をそらす。
「そう卑下するものではない。まさか足を引っ張りにきたわけではないのだろう? ディギル殿」
鋭い指摘に黙り込む。
ハッとした気分になった。
彼は相変わらずの態度。
こちらのほうが安心感がある。
ウイユは肩から力を抜いた。
「それと、自己紹介でも話した通り学園に所属する以上、私たちは対等だ。そう気負う必要はない」
淡々と言う。
そうはいっても、畏れ多いし。
「そうよ、ハイラムは壁を作られるよりお友達みたいな感覚のほうが、嬉しいみたい。いじってやるくらいがちょうどいいのよ」
エレナが明るく声をかけ、背中を押す。
様子をうかがうウイユ。
ここは乗らないほうが失礼になる。
勇気を持って、口を開いた。
「じゃあ、ハイラムくん」
彼の名を呼ぶ。
相手は満足げに口元をゆるめた。
「それでいい」
実に爽やかな顔だった。
全員で協力した結果、あっさりフロアを突破する。全員の実力を考えると簡単過ぎたらしい。
「これじゃあテストにならねぇな」
「生半可な場所では敵にもならない」
「あたしがバフをかけるまでもなかったわね」
みんな無傷だ。
ダンジョンにも慣れて、スムーズに動けるようになり、成長を実感する。
「まあ、楽ができたのはウイユのおかげだけど」
「へ?」
思ってもみない発言に、きょとんと聞き返したウイユ。
エレナは天使のように笑いかける。
「どう? ジュエル学園に入学するだけの素質、信じられた?」
華やかな顔にドキドキ。
胸がぽかぽかしてきた。
「ディギルは自信がないだけなんだよ」
アルフにも背中を押された。
「うん」と頷く。
「ありがとう、アルフ」
少しだけ自信が溢れてきた。
「だが、ダンジョンそのものを突破したわけではない。気を付けて進むぞ」
凛としたハイラムの声とともに、足を踏み出す。
四人は壁沿いに進んでいった。
奥までたどり着くと、ボスが待ち構えていた。
ボスといっても首魁の類やダンジョンボスなどではなく、ダンジョンを根城にしているだけの、犯罪者だった。
黒いローブを纏った術師で傍らには、茂みのように影が広がる。
ぐるぐると唸る鳴き声を耳にした。
毛を逆立て、血走った目で睨む獣たち。
魔物を大量に従え、操っているらしい。
「こんなところでなにをしているのかしら?」
強気なエレナに対して、術師は口の端を釣り上げる。
影に染まった顔の内側で、ギョロリと丸い目が、ギラリと光った。
「全てはこの世の未来、秘島の英雄に報いるためだ!」
甲高に言い放つと、相手はおのれの発言に満足したのか、手を叩いて喜び出す。
酔っているのだろうか。
言動の意味が分かったとしても、逃がす気はないが。
問答無用で武器を構える。
戦いとなった。
「おりゃああ!」
「うりゃああ!」
袋叩き。
「効かぬ!」
否、効いている。ボコボコだ。
纏わり付く使役魔獣もなんのその。
尖った獣の肉をえぐり取れば、後は多勢に無勢。
あっけなく撃破した。
倒れ伏した男を引きずって、ワープ装置に乗って、脱出。
外に出ると、受付の人は目をぱちくりとさせた。
「これは大物ですね」
戸惑いながらも、ボロ雑巾になった下手人を預かる。
お尋ね者の引き渡しと、依頼の解決の手続きを終えた。
「実はこのところ、人為的に埋め込まれたコアが原因で、大騒ぎになっていました」
受付の人は眉を寄せながら話す。
「おかげで魔物が無限湧き。危機的状況だったのです。対処してもらって助かりました」
ぺこり。感謝される。
うまくいったということで、いいのか。
ひとまず私服に着替え、ダンジョン攻略は終了だ。
手ぶらのまま空っぽになった心地で、広場の真ん中に佇む。
エレナやハイラムは寮へと帰った。
一人、よりどころのない気持ちで残ったウイユ。
「今なら引き返せるぞ」
不意に軽い声が掛かった。
静かに視線をすべらせると、だぼっとした格好のアルフが立っている。
「無理はしなくてもいい」
ウイユは視線を下げる。
内心、葛藤があった。
いつの間にかナティア島へ行く流れになっている。
本当はギリギリまで考えて、行くか行かないかの答えを出したかったところだけど。
「今更にもほどがあるわ。もう約束は済んでいるんだから」
おかしげに笑い、前を向いた。
少年の視線が追従する。
「私は兄の欠片と会いたいの。彼が遺したものに触れたい」
だって自分はあの人に近づけなかったから。
少しでも追いつきたいと、意思を伝える。
確かな眼差しの先に、沈黙の壁が立ちはだかった。
「これはエウリックからの挑戦状よ。かの冒険者が期待をかけて託してくれたのなら、応えてあげるのが妹しての責務でしょう」
はっきりと口を動かす。落ち着いたトーンで話す。
それに、彼との繋がりでもある。たぐり寄せれば大きなものを得られるかもしれない。
薄く口元を緩めたウイユに対して、アルフは真顔のままだった。
「へー、じゃあ頑張れよ。行けたら行く」
「今さりげに、なに言ったの?」
思わず吹き出しかけた。
背筋が凍る思いに駆られて、反射的に彼のほうを向く。
「途中でブッチするとかやめてよ。私はあなたを頼りにしてるんだから。大魔術師がついてるからこそ、行く気になったんだよ!」
たまらず早口になって、口が滑る。
すがるように見つめると、アルフは口を半端に開き、固まった。
なにか感じたようなような、意味深な反応。
ウイユは眉をしかめた。
相手は言葉を呑み、唇を引き結ぶ。
彼の内心は読めなかった。




