12 ナティア島の詳細
サンダルの音が離れていくのを、ベンチのそばで聞いているウイエ。
なんだか急に背負わされてしまったな。
苦笑いを浮かべつつ、鳩に構おうと手のひらを開くと、すでにあたりは空っぽだった。
露骨にがっかりしつつ、腰を上げる。
あたりは若干陰り、夕焼けに染まった商店街では、ふっくらとした体格の主婦がたむろする。
「また事件よ。大変ね」
「役人が喧嘩を売られてるんですって。まあまあ」
「それはもう捕まったのでしょう? 新たな処刑ね」
口元を手で覆い、雑談を続ける。喜劇を待ち望む口ぶりだった。
物騒な会話を聞き流しながら、通り過ぎる。
寮のある路地へと足を滑らす折、ふと冷たい気配を感じる。
影?
首を曲げ、つま先を向けたほうへ駆け出す。
路地の内側へ入る。
見失った。
気のせいか。首をかしげる。
後に近辺の人に聞いて回ったけれど、知らない見てないの一点張り。
おちょくられているかと思ったほどだ。
モヤモヤするので一旦忘れ、考えないことにした。
次の日、学校の図書館にこもって、資料を調べる。
夏服姿のウイエ。
欲しいのは秘島の情報だ。書かれている内容によると、観光地らしい。
行けるけど、危険?
首をひねりながら旅行誌をめくる。
乾いた紙に見出しが並んでいた。
『自然が豊かで』『神秘的な絶景が見られますよ』『島はアットホーム』『ルイン語話者がメイン』『来島の際はぜひ祭りにご参加ください』
ポップな文字と一緒にドラマティックな画が載っている。
さっそく行ってみたい気分になって、心が疼く。
ほかには、秘島に関連する物語もあった。
かつてナティアには魔がはびこり、島民を苦しめていた。
島を略奪し、支配する闇の化身――通称闇の王。
ライ・■■■■■■■。名がかすれて読めない。
地を這う竜を従え、蹂躙する彼に、敵う者はいない。
暴虐無慈悲な王を倒すため、立ち上がった勇者がいた。
名をヘルマン・ドゥケルハイト。
《秘島で活躍した魔術師》といえば、真っ先に思い浮かべる相手だ。
黄金に赤の宝石を散りばめた冠に、ベルベットのローブ。
王国から派遣された術者である彼は、魔術の力で敵を蹂躙。
英雄らしい活躍によって悪は倒され、島は救われた。
村民は皆で彼を感謝し、祭り上げた。
カラフルな旗で彩られた大通りをパレード車が練り歩き、民衆が飛び跳ね、紙吹雪が舞う。
高級なローブをはためかせた男は胸を張り、手を振った。
街を練り歩いた後、神殿へと赴いたヘルマン。
彼は空の玉座に剣を突き立てる。
戴冠の儀式のような絵。
スクエアに切り抜かれた空間、吹き抜けに王権ピュイサンスが、清廉なる輝きを放った。
また、秘島は魔術・魔力の中心地だとも、コラムで書かれている。
異界に繋がる門らしい遺跡も、載っている。
一際印象に残ったのは、ラロヘンガなる異界の名前。
詳細は不明。
深堀りしてはならないような気がする。
魂を吸われるビジョンが浮かんで、ブルッとした。
一人で行くのは気が引ける。誰か付き合ってくれる人はいないだろうか。
考え込んだ顔で固まっていると、急にぽんと肩に手を置かれた。柑橘系の香りと暖かな気配がした。
「まあ、あたしに感化されて調べ物をする気になったのかしら?」
きらめく表情で呼びかけられた。ドギマギしつつ訂正する。
「別に歴史に興味はないの。ただ、ナティア島へ行く予定が入って。それで」
「へー、この間の態度、本気だったのかよ」
平坦な口調で声が掛かった。
揃って顔を上げ、入口を向く。
ダークレッドの頭髪をした少年がポケットに手を突っ込んで、のそのそと歩いてきた。
「アルフ、盗み聞き?」
「冒険の匂いあるところにはいつでも俺がいる、それだけさ」
視界の端で赤黒い髪の先が揺れる。
「つまり、アルフくんを釣りたいなら、冒険ってことね」
いいことを思いついたというようにエレナがうなずく。
アルフは反応しない。勝手にやってろと言いたげだった。
改めてこちらを見て、向き合う。
真剣な顔をしたウイエは、息を吸ってから、切り出した。
「ねえお願い。付き合って」
彼は目を伏せた。
「君がその気ならいいよ。勉強サボっていくか?」
乗り気になったアルフ。黒くグラデーションのかかった毛先を弄ぶ。
少し頬がゆるんでいる? よく観察するウイエ。
思考を遮るように前に出る少年。
「さっそく行こうぜ、ナティア島」
乗り気だ。
昨日と言ってること違うくない?
戸惑うが、相手が気が変わったのなら、それはよし。ツッコミは入れない。
「でも大丈夫? 正攻法ではいけないって聞くけど」
「ああ、島の海域に近づくと魔が阻むんだとさ。突破するには頑丈な船と、優秀な船乗りが必要だな」
「まさか強引に乗り込む気かしら?」
エレナは口では引きつつ、目は好奇心できらめいている。
「本来はそこまで危険じゃないんだがな。近年はなぜか、魔が激しさを増してるのさ」
なんらかの前兆か。急にシリアスな空気が漂う。
「あと、冒険者の免許が必要だって聞いたわ」
眉を寄せるエレナ。
背後で暗雲が垂れ込める。びゅーと隙間風が吹いた。
平行眉に細めた目の表情となったアルフ。
「そんなもの簡単に取れるよ」
あまりにもあっさりとした口調だった。
「え?」
二人のぽかーんとした顔が、壁紙のように並んだ。
ギルド前に先輩冒険者に倣って、並ぶ。
前の列が避け、ウイエたちの番が来た。
仰々しい儀式は特になく、遺伝子情報を登録するだけだ。
後は自己責任だから契約を書く。登山と同じだ。
手続きはあっさり完了。一分もかからない。身構えていたのが馬鹿らしくなった。
「やった、就職先一決定ね。滑り止めにしましょう!」
笑顔で飛び跳ねるエレナ。
ギルド前でキャッキャとしていると、声が掛かる。
「どうやらずいぶんと楽しげじゃないか」
通りのほうから歩いてきたのは、明らかに王子と分かる見た目の男子だった。
クリーンなドレスシャツに、青紫のベスト、スラックス。ピカピカの革靴はベージュ。
気品のある容姿を目で追う。
「ハイラム、奇遇ね。こんなところで会えるなんて、ラッキーだわ」
エレナが気安く声を掛ける。
「のんきなものだな、契約書の意味を分かっているのか」
ハイラムは息を吐きつつ、目を伏せた。
エレナはあえて言葉を返さず一瞬真顔になってから、すぐに笑顔を作る。
「ときにあなた、バカンスに興味はない? それとも目一杯戦いたいのかしら」
なんのためらいもなく、手を挙げる。
ハイラムが面を上げた。
彼女のほうを向き、じっと見つめる、鋭い目付き。
さあ、どう出るか。
ドキドキと様子をうかがう。
「ナティア島なら私には向かう権利がある」
端的に答える。
「え……殿下も?」
なにがなんだか分からないまま漏れ出たつぶやきは、相手に届くか届かないかという距離で、空気に溶けた。
「あなたがアクティブな人で助かったわ。じゃあ一緒にひと夏の思い出を作りましょ」
「私でよければ同行させてもらおう」
エレナはウキウキと近づく。
そんなこんなで彼と一緒に行くらしい。
なにを考えているのだろうかと、内心で頭をひねった。




