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ペンキ絵師「菅野涼」15 コーヒーと光芒

 朝、小さな部屋を満たしているコーヒーの匂いで目が覚めた。

 ぼんやりとする目をゆっくりと開いていくと、台所で涼が陽気な鼻歌を歌いながらコーヒーケトルを片手に、使い古した金属製フィルターがセットされたマグカップにお湯を注いでいる。

 大きなあくびをして、一度つぶってしまった目を開くと涼がその雰囲気を感じたのか、こちらに顔を向けていた。


「おはよう。コーヒー淹れてあるよ」

「おはよう。ありがとう。片付けたら頂くよ」


 寝袋からもぞもぞと脱出をすると手早く寝袋を紐で縛り上げ、部屋の片隅へと追いやる。途中、目に入ったちゃぶ台の上には涼の言葉の通り俺のマグカップが置いてあり、優し気な香りと湯気を立てていた。


 ちゃぶ台の前に座り込み、もう一度大きく長いあくびと共に体を伸ばす。目を開けると涼は自分のマグカップを持ってちゃぶ台の向かいに座っていた。


「頂きます」

「どうぞ」


 そう言って二人でゆっくりとコーヒーを飲み始める。豆は近所の喫茶店の自家焙煎の物だ。マスターがサイフォンで入れるあの一品には敵わないが、自宅で楽しむ分には十二分に美味しいと言えるものだ。

 因みに、ハンドドリップでは涼の入れてくれるコーヒーの方がなぜか美味しい。本人にコツを一度聞いてみたところ、にやりと音が聞こえる様な笑みを浮かべるだけで教えてくれなかった。その後は聞いていない。


「雪残ってるかな」


 マグカップから口を離した涼がポツリと漏らす。

 その言葉で何となく涼が突然帰ってきた理由に思い当たる。


「境内の日陰なら残ってるかもな」


 俺はそれを表に出さないように気を付けて、マグカップから口を離したタイミングでそう言った。


「残ってれば良いなぁ。……初雪」

「その内嫌でも見ることになるよ。雪なんて」

「……まぁね」


 半眼でこちらを見ながら発せられた、やけに歯切れの悪い涼の言葉に思わずそっぽを向く。目に入った時計の時間は6:13。レースのカーテン越しに青空が見え、その隙間から光芒が床に刺さる様に伸びていた。


「融けちゃう前に出かけようか」

「うん。そうしよう」

「先にシャワー浴びてくるわ」

「そのあと私ね」


 意外とロマンティックな涼は、きっと初雪を一緒に見たくて急いで帰って来たんだろう。生憎、空から降る雪を一緒に目にすることは叶わなかったけど、口には出さない意地っ張りのために。

 朝日がその初雪の残滓を融かし切ってしまわない内に、少しだけでもその思いに報いて上げられればいいなと思い、少し冷めてきたコーヒーを飲み干した。

鈍感ではない。

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