ペンキ絵師「菅野涼」16 初雪と宝石
快晴の冬の朝、俺は涼と一緒にこの町にある神社に向かって歩いていた。
師走の冷たく澄んだ空気に少し背を丸めている涼の一歩先の背中を眺めながら、ほぅ、と息を吐けば、吐息は白く変わり直ぐに霧散する。
お互い無言で道を進み、ユーラシアトランクの車輪が立てるガラガラという音だけが、まだシャッターが上がらない無人のアーケードに響いては消えてゆく。
案の定、昨日薄く積もった初雪はアスファルトの上には残っていなかった。途中で見てみた空き地の草の上には、もとは初雪の残滓であったみぞれだけが残されていた。きっと遮るものがない朝の日差しが融かしてしまったのだろう。
それを見て少しだけ歩調を速めた涼を追いかけながら、ただひたすらに道を進む。アーケードを抜け、線路に沿って並ぶ赤くさびたフェンスの横を通り、小さな駅を過ぎれば目的の神社はもうすぐだ。更に歩調を速める涼に遅れないようにベースボールキャップから流れる黒髪を追うと、目的の神社の敷地が見えてくる。早朝の散歩帰りだろう幾人とすれ違い、軽く二人で挨拶を交わした。
拝殿までは約30メートル。最後に上ることになる階段はそれなりの段数と角度を誇っているが、この町の高齢者にとっての良いリハビリ施設となっている。何時まで経っても若者扱いされる俺が弱音を吐けるはずもなく、涼が手放したユーラシアトランクを浮かべて階段を上ってゆく。
次第に青々とした鋭い葉を残す松の木が視界に入ってくる。二段先を軽やかに進む涼が一段飛ばして階段を上りだし、黒髪がバサバサと揺れるのが目に入る。俺はそれを見て「転ぶなよ」と念を飛ばす。
階段を昇りきった涼は「あ」と声を上げて子供のように駆けだした。慌てて俺も階段を一段飛ばしで上ってゆくと、拝殿の近くで地面に足を投げ出し座り込んでいる姿を見つけ、速足で近づいて行く。
「あったよ初雪」
「みたいだな」
その視線の先には松の木で日差しから辛うじて守られた、今にも融け出しそうな初雪が白く残っていたが、俺は少し紅潮した涼の横顔を見つめてしまっていた。
「んー。直ぐに融けちゃいそうだよ」
「うん」
糸のような木漏れ日に照らされて、宝石みたいに輝いている。
「綺麗だな」
「うん」
ゆっくりと太陽が昇り、じわりじわりと初雪は溶けてゆく。その様子を暫くただ眺めていた。長い様な短い様な時間だった。
「うん。満足した」
そう言って、差し出しだされた手を握り涼の体を引き起こす。
「ズボン汚れてないの?」
「ん?払えば大丈夫だって」
「自由だよなぁ」
「まぁね。あたしだし」
確信犯めいてにっこりと笑う涼は、繋がれたままの俺の手を引いて階段の方へと歩を進める。
目に映る高台からの景色は見事な快晴。澄み切った空気は遠方の山まで見渡せる。
「おー。綺麗だねぇ」
「うん。綺麗だね」
今度は駆けださずにゆっくりと階段を下ってゆく。
「そろそろ食堂空いてるかな?」
「もうちょっとかかるんじゃない?」
「じゃあもう少しぶらつこうか」
「そうしよう。暖かい缶コーヒーでも買おうか」
「このコーヒー中毒」
手は繋いだまま。
最近は階段を上ると膝から音が鳴ります




