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婚約破棄してほしいと頼んできた令嬢から決闘を申し込まれました  作者: 佐倉 百


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14/30

即位、侵略の夏


 コルヴィエ国の王である父上は、執務室に俺を呼び寄せた。


 身内である俺が言うのもなんだが、若い頃は侵攻する敵国に対し、勇猛果敢に戦い抜いた稀代の将でもある。コルヴィエ国が現在まで存続しているのも、父上の政治手腕が優れているお陰だと称える者は多い。


 初夏の熱気を帯びた風が吹く中、俺と父上は向かいあって座っていた。強者の風格を纏わせた王は、低い声音で俺に告げる。


「王太子として、お前は十分に働いているようだ。もう子供ではない。王位を」

「イヤです」


 俺は食い気味に拒否した。


「……最後まで聞け。いいか、もうお前を王位継承者と認めない者はいない。ならば今こそ王位を」

「イヤですってば」


 カラリとコップの中の氷が溶けた。弟が作った製氷箱は、今日も元気に氷を作ってくれている。暑い時期に冷たい飲み物が楽しめるなんて、この上なく贅沢だ。


「クリストフよ。王の言葉を二度も遮るとは、いい度胸だな」

「遮らないと父親の仕事を押し付けられるからでしょうが。何が悲しくて二十代で王にならないといけないんですか」

「若い王なんて珍しくないだろう。フィラーレン国の王は十歳で王位を継いだんだぞ」

「それは先代が不慮の事故で亡くなったからです。父上は五体満足でボケてもいない」

「あー今すぐ倒れそうな気がするなー! もしかしたら明日にでも馬車ごと谷底に落ちそうな予感がするなー!」


 父上(こいつ)ウザいな。血の繋がった親と思いたくない。世間では賢王と名高い父上だが、他人の目がないとダメ親父に成り下がる。


「谷へ突き落とされても生きて帰ってきた人が、何を言っているんですか」


 俺は見慣れた父上の醜態にため息をついた。


 今言ったことは実話だ。王位継承を争っていた異母兄弟に殺されかけたらしいが、ちょっと膝を擦りむく軽傷で済んだという。エクトルの頑強さは、きっと父上譲りだ。二人とも人外に片足を突っ込んでいる。


「いつか継ぐなら、早い方がいいだろう。万が一、反発する勢力が現れても王と先王の二人がかりで押さえ込める」


 俺の反対など、まるっと無視して父上が仰る。今なら俺が反発する勢力の筆頭なんですが、よろしいか。


「建前は良く分かりました。では、本音は?」

「レ――王妃には散々苦労をかけたからな……そろそろ、自由にさせてもいいんじゃないかと」

「父上……」


 父上と母上は政略結婚にも関わらず、夫婦仲は良好だ。プライベートではお互いにジェラルド君、レティちゃんと呼び合うぐらい仲良しだ。うっかり現場を目撃した時は引いたが。


 母上は陰日向にと王を支えている。王権を狙う異母兄弟の刺客から父上を匿ったり、政治基盤が盤石となるよう貴族の間を取り持ったりしている。他にも平民の生活を向上させるよう王に進言するなど、王とは別の視点から国の発展に貢献していた。


 俺は妻を思いやる男の顔をした父上に、あえて深く切り込む。


「父上、正直に仰った方が身のためですよ。母上との時間を増やしたいんでしょう?」

「当たり前だろ。臣下が新婚旅行だの結婚何十年かの旅行で仲良くしてる最中に、こっちは仕事しかしてないんだぞ。愛想を尽かされたら誰が責任を取ってくれるんだ」


 正直に言いやがった。少しは隠せ。


「母上なら、それも納得済みだと推測しますが」

「だからって甘え続けるわけにはいかないのだ、息子よ」

「なるほど」


 仕事を理由に家族の時間を犠牲にして、妻子に逃げられた男の話はよく聞く。先人の間違いを知り、同じことを繰り返すのは愚者の行いだ。


「ではアドリエンヌとの新婚旅行へ、心置きなく出発できますね。陛下が私に投げ――教育資料として与えてくださった仕事も、遠慮なく返納いたします」

「あっ。しまった」

「聡明な妻に甘え続けるわけにはいかない、でしたっけ。いやぁ、父上の教えは偉大だなぁ。思いっきりアドリエンヌへ家族サービスができますね! じゃ、旅行の準備に戻りますので」

「ク、クリストフ」

「父上へのお土産は母上と揃いのグラスでも買ってきましょうか。楽しみだなあ、新婚旅行。父上が健在なお陰で、ゆっくり羽を伸ばせるなぁ!」


 俺は王太子の仮面で父上を黙らせると、反論されないうちに執務室を出て行った。


 何やら背後で喚かれたような気もするが、無視だ無視。遊びたいがために王位を継がされる俺の身にもなってほしい。



 *



 俺とアドリエンヌが旅行から帰ると、即位の準備が全て終わっていた。俺以外の者には根回し済みだったらしく、王城へ入った瞬間に護衛に担がれて部屋まで連行される。


「は? え?」

「すいませんね、クリストフ様。逃したら減給って言われたもので」


 申し訳なさなど微塵も感じない笑顔で、護衛のケヴィンが言いやがった。完全に損得で動いている裏切り者だ。持ち前の身体能力と強化魔法で、俺を軽々と肩に担いでいる。


「生きているうちに即位式を見られるなんて光栄です!」


 俺に容赦なく拘束の魔法をかけておきながら、オーギュストが瞳を輝かせている。魔法の才覚を見込んで採用した男だ。俺がどんなに魔法を解除しようとしても、毛ほども揺るがない。


「クリストフ様、私は先に行ってお待ちしております」


 妻となったアドリエンヌは、今日も美しく微笑んでいる。


「ア、アドリエンヌは知っていたのか……? その、今日が即位式だって」

「はい。結婚式の後に国王陛下よりお聞きしました」


 知らなかったのは俺だけか。主役が知らされていないって、どうなの。誕生日パーティーじゃないんだから、こんなサプライズいらない。


 楚々と立ち去るアドリエンヌを虚しく見送り、俺は着替えのための部屋へと放り込まれた。そこでは従僕が慣れた様子で外出着を脱がせてゆく。


「おいローラン、お前も知っていたな?」

「はい」


 即答だ。

 さすが遠慮を返品して生まれてきた男は違う。切れ味が鋭過ぎて俺の心が砕けそうだ。


「俺は知らなかったぞ」

「クリストフ様がご結婚される前より決まっていたことです。旅行へ行く前に国王陛下よりお話があったはずですが」

「あれは断ったはず」


 少なくとも了承していない。


「……クリストフ様」


 ローランは着替え終わった俺を哀れみの目で見つめ、子供に言い聞かせるような声音で言った。


「既に、クリストフ様以外の方は即位されることを了承されております。臣下も、国民も、クリストフ様の即位を疑っておりません。それを、今更、クリストフ様のわがままで覆すつもりですか?」


 俺のわがままではないが。むしろ父上のわがままだろう。


「こんな即位式があってたまるか。もっとこう、俺が自ら動いて地盤を固める時間を作ってからじゃないのか」

「陛下が十分だと判断なさったのでしょう。執務室でどのような『話し合い』がなされたのか、臣下は推測することしかできませんので」

「……あのクソ親父、ハメやがったな!」


 つまり話し合いの結果、俺が了承したと捏造したわけだ。旅行の直前に場を設けたのも、俺がいない間に計画を進めるためだろう。


 汚い。さすが国王だ。為政者として尊敬と軽蔑するほどの汚さだ。己の有利になるよう、とことん状況を利用している。


「ま、諦めて下さい。外堀はしっかり埋まっております。殿下――いえ、これからは陛下とお呼びすべきですね。クリストフ様一人で無かったことにはできないのですよ」

「……国が滅びても文句言うなよ、お前たち」

「仕方ありませんので、共に断頭台の露となりますよ。仕方ありませんので」

「二回言うな」


 こうして俺は王になった。

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