結婚、暗殺の春 蛇足
結婚式の翌日、俺は悪戯と知恵の神の祠に来ていた。貢物の桃を優しく祭壇に積んでゆく。
「新婚初夜のベッドの上で、妻から『子供はキャベツ畑で授かるのでしょう? 不思議ですわね』って言われたんですが。俺はどうすればいいんですかね」
どう返せばいいのか迷っている俺を、アドリエンヌは疲れていると思ったらしい。俺をうつ伏せに転がすと、肩のマッサージを始めた。お陰で俺は朝まで爆睡、肩こりも綺麗に消滅している。
いい話だな。
いや良くない。
博識なアドリエンヌだが、そちらの知識は年齢一桁の子供並みとは思わなかった。ついに出番かと臨戦態勢に移行しようとしていた俺の相棒も、戦闘意欲を失って萎びている。
すまんな相棒、お前の出番はまだまだ先だ。
無垢な子供に大人の世界を見せる勇気は出せなかった。アドリエンヌにドン引きされたり泣かれたら、きっと一生立ち直れない。
「……神に言ったところで解決するようなことでもないか」
桃を並べ終わった俺は、やり場のない感情を抱えていた。誰も悪くない。強いて言うなら公爵夫妻だろうか。いやしかし繊細な問題だから無理もないと、堂々巡りに陥っている。
ふと水の音が止んだ。水盆に流れ込む水は、山から引いている湧水だ。清らかな流れは悪しきものを寄せ付けないという考えから、他の神を祀る祠にも同じものが設置されている。
この水が止まる原因は、主に二種類ある。一つは山や水路に異変があった時。もう一つは神の信託がある時だと言われている。
祠内部に魔力の高まりを感じた。
どこからか地鳴りが響き、何らかの大きな力が降りてくる気配がする。
まさか。
俺を憐れんだ神が、奇跡を起こそうとしているのか。悪戯と知恵の神の名に相応しい言葉を授けてやろうと。
強い力は俺に圧力となってのしかかる。神にとって、人間など紙切れのように脆い。簡単に踏み潰される幻視が心を削る中で、俺は神へ問いかけた。
「……でも悪戯の神、だろ?」
一度こぼれた言葉は止まらない。
「悪戯止まりじゃ意味ないんだよ。俺は本当の意味でアドリエンヌと夫婦になりたい。アドリエンヌの尊厳を傷付けずに、キャベツ畑から先のことを、どう伝えたらいいんだ」
すっと魔力が霧散した。何事も無かったかのように、水盆に水が流れている。
「あのさ」
びしゃりと水が跳ねて教典に染みを作った。
やはり濡れている文字を拾うと、文章になる。
――我、男神。女心知らず。ゴメン。
俺は黙ってクッキーの包みを祭壇に捧げた。
こっちこそ無理言ってゴメン。
アドリエンヌの教育は、彼女の母親に丸投げするよ。
色々あったけれど夫婦になれました。




