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婚約破棄してほしいと頼んできた令嬢から決闘を申し込まれました  作者: 佐倉 百


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12/30

ローラン


 王太子の補佐をしていると、あらゆる誘惑が降りかかってくる。未来の王に取り入り、少しでも良い立場になろうとする不届き者がいるからだ。


 ローランは恋文に偽装した『誘惑』を握り潰した。若く独身であるローランをあの手この手で己の陣営に引き込むつもりか、最近では女を使って接触しようとしてくる。誘いに乗ったら最後、弱みを握られて不正に加担させられることは容易に想像がつく。


「いい加減、鬱陶しいな。燃やしてくれ」


 護衛に丸めた手紙を手渡した。この護衛――オーギュストはローランがあらゆる方向からハニートラップを仕掛けられていることを知っている。いつも大変ですねと言ってから、青い炎で灰も残さず焼き捨てた。


「殿下の結婚式当日にこんなものを渡すとは。いよいよ汚職が隠せなくなってきたか。俺を簡単に買収できると考えているところが愚かだ」


 ローランは恋文を寄越してきた令嬢の実家を徹底的に洗おうと決め、屋根がない馬車に乗り込む。補佐兼護衛である彼は、サーベルを足の間に立てて保持した。隣に座ったオーギュストもまた、同じように姿勢を正す。


 並んで待機していた馬車の群がゆっくりと動き出し、王城の門を目指した。

 すぐ前を行く馬車には瑞々しい花が飾り付けられている。乗っているのは煌びやかな衣装のクリストフとアドリエンヌ。今日の主役だ。王城内にある王族専用の聖堂で結婚の誓約を済ませ、ようやく二人は夫妻となった。


「アドリエンヌ様は、今日は一段と綺麗ですよね。クリストフ様が羨ましい」


 オーギュストが花嫁の姿を羨望の眼差しで見ている。


「まあ、見た目はな」


 ローランはそっけなく同意した。

 見た目で勝てる令嬢はいないだろう。コルヴィエ王国一の美女と称えられ、礼儀作法も教養も非の打ち所がない。王妃になるために生まれてきたと言っても過言ではない令嬢。それでいて恋の相手はクリストフただ一人という一途さで、同性にも人気だ。


「見慣れているはずのクリストフ様だって、今日は珍しく固まってましたね」


 それはいつものことだという言葉を飲み込んだ。アドリエンヌにベタ惚れしているクリストフは、エスコートをするために控え室に迎えに行き、そこで動けなくなっていた。


 妻となるアドリエンヌが想像よりも美しくて、脳の処理能力を上回ったらしい。


 ――窓から差し込む朝日が、純白の花嫁衣装を着たアドリエンヌを女神に変えていた。あまりの神々しさに俺が動けなくなったのは仕方あるまい。我が国は女神に守護されているのだ。


 後日、民衆向けに発行する結婚式のメモリアルブックに記載される予定のセリフだ。


 ローランに聞こえてきたつぶやきは『どうしよう、綺麗すぎて鼻血出そう』という最低な部類のものだったはずだが。何十人ぐらいで伝言ゲームをしたら、ここまで詩的になるのだろう。


 ただ『女神』という表現には同意する。アドリエンヌの事情を知っているローランから見れば、神は神でも金属臭い戦女神の類だが。


 馬車が橋を通り、城下町へと入ってゆく。道の両側で待っていた民衆は、二人の姿が見えた途端に歓声をあげ、色とりどりの紙吹雪を空へ投げた。舞い落ちる紙吹雪の中で、王太子夫婦は民衆へ穏やかに微笑みかけ、手を振っている。


 クリストフの補佐であるローランには分かる。あれは完全に舞い上がっている男の顔だ。表情筋が異次元の仕事をして王子らしい爽やかな笑顔に見えるが、頭の中は花嫁姿のアドリエンヌにのぼせている。鼻血対策として襟の裏に止血効果のある魔石を忍ばせておいて正解だったようだ。


 にやけているにも関わらず、いやらしさの欠片も感じられないのは、さすが王子と言うべきか。正直、イケメンは滅びろという呪詛(感想)しか出てこない。


 アドリエンヌは建物の窓から手を振る民衆にも視線を向け、飾りの花など霞むような笑顔を振りまいている。護衛として剣の腕を磨いてきたローランには分かる。あれは上空からの襲撃を警戒している騎士の動きだ。常にクリストフの安全に気を使うのはいいが、今日はお前も主役だろうがと言いたくなる。


 獲物を探す目をしているくせに、民衆に気取らせないのは流石としか言いようがない。男として生まれていたら、歴史に名を残す騎士になっていただろう。


 ――近くで見ていると頭痛がしてくるような夫婦だな。


 アドリエンヌの視線が、ある建物の窓で止まった。にこやかに見下ろしている老夫婦がいる。釣られるように眺めていたローランは、彼らの目が笑っていないことに気付いた。


「あれは……」


 護衛として鍛えてきた直感が働く。

 老人がカゴに手を入れた。紙吹雪を撒くかのような、自然な動き。けれど手に握られていたのは、小さな金属――投擲用のナイフだ。


 ローランは襟に仕込んでいた通信用の道具に手を添えた。飾りボタンに偽装しており、警備本部と連絡をとることができる。不審者との距離がある場合は、情報の伝達を優先している。民衆を混乱させないように、秘密裏に障害を排除するためだ。


 隣に座っているオーギュストは、ナイフが投擲された場合に備えて結界の準備をしていた。魔法の腕を買われて護衛に採用されただけあって、長い呪文を使わずとも発動できる。馬車本体にも仕掛けを施しているが、万が一に備えているようだ。


 老人の腕が肩の高さまで上がる。大きく振りかぶらないのは、奇襲に慣れているためか。


 ローランの視界の端で、アドリエンヌの手が止まった。人形師の最高傑作のような白い手が、すっと横に動かされる。


「なっ!?」


 老人の腕に縄状の拘束具が絡みついた。握ったナイフごと室内に倒れ込み、それっきり姿が見えなくなる。同時に民衆と同じ格好で紛れ込んでいた騎士達が、建物内へと静かに突入していった。


 アドリエンヌは何事もなかったかのように、慈愛あふれる笑顔で反対側の建物を見上げた。屋上にいる兵士へ向かって、一度だけ手を振る。屋上の兵士はいい笑顔でサムズアップし、馬車を見送った。着ている制服は、アドリエンヌの生家ルヴィエ公爵の私兵のものだった。


「オーギュスト。君は先ほど、クリストフ殿下のことを羨ましいと言っていたが」

「……そんなこと言いましたっけ?」


 オーギュストは死んだ魚のような目でつぶやいた。笑顔を振りまく美貌の花嫁が歴戦の猛者であると思い知らされたようだ。ローランが再三、言っていたにも関わらず信じていなかったのだろう。


「あの様子だと軍部を掌握される日も近いな」

「全く冗談に聞こえなくて怖いんですが」


 ――神は神でも、死神の方だったか。


 ローランは仕えている主人(クリストフ)が浮気性ではなかったことを深く感謝した。脇目をふれば誰かの血が流れることは間違いない。



 *



 お披露目パレードはつつがなく終了し、馬車は王城へと戻ってきた。先に馬車を降りたクリストフが、アドリエンヌへ手を貸して降ろしている。出迎えたメイドの中には、その様子をうっとりと眺めている者もいた。


 この一場面だけなら、絵に残したいと願う画家が殺到するに違いない。知らないということは、幸せなのだとローランは思う。


 ローランが目撃した襲撃は、あの老人に変装した者のみだった。ローランは軍部から、事前に大掃除をしたと聞いている。花嫁がどれほど関与しているのかは知らないが、彼女の手勢が屋上にいた兵士一人だけとは言い難い。


 ――早かれ遅かれ、彼女がただの令嬢でないことは明らかになる。その時までに受け入れられる下地が出来ていなければ、孤立するだろうな。


 社交会で遠巻きにされるか、プライドが高い軍部から反発されるか。クリストフが王となった時に、弱体化させるような王妃は困る。


 ――しかし、ある意味では女であって良かったと言うべきか。


 これが弟のエクトルだったなら、と思うとゾッとする。エクトルを次期王にと推す声は以前からあった。彼が早々に継承権を破棄すると宣言したために沈静化したように見えているだけだ。


 第一王子のクリストフと第二王子のエクトル。貴族の派閥争いで勝手に両陣営の旗印にされていた。本人達の意思など聞かないままに。


 もしエクトルが研究肌の人間でなく、騎士の鑑のような人物だったなら――中立を保とうとしていた騎士団を巻き込んで、争いは更に加熱していただろう。


 ――そして、決定づけたのがアドリエンヌ嬢、と。


 エクトル派の筆頭とも言うべき存在だったルヴィエ公爵。彼が娘のアドリエンヌをクリストフへ嫁がせたことで、反クリストフ派だった貴族が全面的に彼に協力すると示したのだ。


 婚約が正式に発表された当初は、さまざまな憶測が飛び交っていた。

 クリストフが王座に就けば真っ向から反発すると思われていたルヴィエ公爵を、どのような密約でたらし込んだのか。彼女ならばその美貌で外国の要人へ嫁ぎ、外交の要としても活躍したであろう。弱みを握られたのか、それとも――


 ――案外、アドリエンヌのような『規格外の令嬢』を娶ってくれる物好きなど、クリストフ様しかいないと諦めたのかもしれないが。


 ローランはそう結論づけた。

 自分がルヴィエ公爵なら、外国で好き勝手にされるよりは、目が届く国内にいてくれた方が安心できる。しかも王子や国王ともなれば、簡単には離婚できない立場だ。そして娘を熱心に口説く男なら、粗末な扱いはしないだろう。


「パレードは楽しんでくれたかな?」


 馬車から降りてすぐ、クリストフは新妻となったアドリエンヌをそっと抱き寄せた。王子教育の賜物か、それともイケメン補正か、下心など微塵も感じられない。初めての公務で疲れている王太子妃を気遣う、優しい夫そのものに見えた。


「はい。クリストフ様のお姿を民衆の脳裏に刻む、記念すべき日でしたね」

「いや、君も主役だからね? 護衛じゃなくて花嫁だから。俺は君の花嫁姿を存分に自慢できて満足だよ。できることなら、ずっとアドリエンヌの姿を眺めていたい」

「そんな……クリストフ様に見つめられると照れてしまいます」


 二人だけの世界が構築されようとしている。周囲の者達は微笑ましく見守っているが、そろそろご退場願いたい。


 ローランは己に与えられた仕事を全うすることにした。


「いちゃつくなら部屋に戻ってからやってもらえませんかね、クリストフ様。こんな場所で突っ立ってると、皆が次の業務へ移行できませんので」


 さっさと引っ込めバカップル――ローランは心の中で盛大に罵った。

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