第二十七話 ユズと、十巡目延長戦
構成が下手すぎていきなり回想シーン内で回想シーン挟んでしまった……
補足しておくと、回想シーンは第十七話『ユズと、一巡目』のその後(時系列的には第二十話よりも後)
回想の回想シーンは第十五話『ユズと、お出口はあちらです』の直後です
勇者ラゼとそのオマケのユズ、対するは魔王シュカの戦い。
そこから時はしばらく遡る。
菊池玲奈と炎魔姫フラメリとの戦いにユズが乱入。場を荒らしまくった末に、フラメリを退けることに成功した。
その後、心に深い傷を負った菊池は、ユズの防具にしてゴーレム、アマハと共に戦線離脱している最中だった。
全身鎧のモンスターとはとても思えない、揺れの少ない繊細な抱え方をされながら木々の間を抜け、菊池は無言で運ばれていた。
しかし、目線は常に同じ方向を向いている。
その方向は、今走ってきた方向――――ユズと別れた方向だ。
「主様が心配ですか?」
「えっ?」
唐突にアマハに話しかけられて僅かに驚くが、誰の話をしているのか察した菊池は頷く。
「うん、そう……だね。一人で行っちゃったから」
呪いで殺意が肥大化し、制御が聞きづらくなったらしいユズ。その殺意を発散するために一人で再び戦場へと向かっていった。
その意図も、正当性も分かる。しかし菊池には、その行動に少し思うところがあった。
しかし、それを言語化することはしない。まだ菊池自身にも、その感情が咀嚼できていないからだ。
その微妙な間を感じてか、アマハは続ける。
「主様も、皆様に心配をかけたくてあのような行動をしているわけではないので……あまり責めないでやってください」
「別に、責めはしないし……」
頭の中では分かっている。ユズの行動は、誰かを救う尊ぶべき行動だ。
何より、その行動にこそ救われた菊池玲奈が、感謝こそすれど、文句を言うなどありえない。
しかし、その身に呪いを刻まれながら、一人で走り去っていったその後ろ姿が、いやに菊池の脳内に焼き付いて離れなかった。
そうこうしている間にも、徐々に目的地が近づいて来る。
そこは、ラゼたちが拠点としていた神殿とは、少し離れた位置にある第二拠点。
リルティアやメイドたち、そして直接戦闘に向かないクラスメイトたちが避難している場所でもある。
もし何かあれば、その第二拠点で落ち合う算段だった。
その第二拠点が見えてきたとき、アマハが再び発声する。
「…………これは主様に、できれば内緒にしろと言われた話なのですが」
「えっ?」
「あなたには明かした方がいいと判断したため、話します」
アマハがあっさりと主様への裏切りを表明した。
菊池玲奈は、基本的に他人との距離感を間違えない人間だ。他人の内緒話を、第三者から聞くようなことはしたくない。
しかし、『自分には聞かせるべき』というその意味に、僅かに興味を持つ。
その逡巡のうちに、アマハは内緒話を明かした。
「先程、主様にお聞きしたのです。何故、そこまで焦っているのかと」
「えっと……そりゃ、焦るでしょ」
そもそもここは戦場だ。
自分や友達が、命の危機に瀕している。焦りもするだろう。
「それは当然です。しかし、主様は貴女方クラスメイトたちに全幅の信頼を置いている。主様自身など比べ物にならないほど、ずっと強い者ばかりであると考えていたのです。私はそこに矛盾を覚えた」
ユズから他者への評価の高さは、少し話しただけでもすぐに分かった。
恐らく、この世界に来た直後に、実力で見放されたことからも起因しているのだろう。
実際は、自分たちクラスメイトも、追放を画策したラゼたちさえも、誰も見放していなかったわけだが、それで許されるような話ではない。自分たちも含めた全員が忘れてはならない、決して消えない傷だ。
そんなユズが作り出した、幻影。実力以上に評価された、菊池たちの強さ。
その評価とは裏腹に、今ユズは、皆を救うべく戦場を駆け回っている。
しかし。
「ううん、やっぱりそういうもんでしょ。どれだけ頼れると思っても、心配なもんは心配だよ。友達なんだから」
やはり、その矛盾には、矛盾を覚えない。
信頼していることと、手を差し伸べないことは、イコールで繋ぐことはできないのだ。
だが、その言葉を聞いてもなお、アマハは伽藍堂の首を横に張った。
「ええ。私も、その答えが返ってくることを期待していました。しかし主様は、こう言ったのです」
一つ間を置いて、ないはずの目で菊池を一瞥したような気がした。
「――――『自分だけが戦えばいいと思う』、と」
まるで、音が、世界が、遠くなるような感覚だった。
頭の中がまるで煤だらけになったみたいで、拾った言葉を、正しく意味を持つ文章へと組み立ててくれない。
「どういう、こと?」
「主様曰く、ですが…………」
その時の会話を、アマハは菊池へと語りかける。
(そりゃ、皆は俺なんかよりずっと頼りになるわけだし、一緒に戦ってくれたら心強いよ? どのみち外の世界に帰るためには、多分戦いは避けて通れないだろうし)
(でも、ラゼに味方することだけは、俺のエゴだ)
(この世界から出たいだけなら、別にラゼじゃない他の誰かと組んでもよかったと思うんだよ。ラゼと戦う意義があるのは、俺だけだ。皆は、この戦場で血を流していい道理がねえんだ)
(だから、戦うのは俺一人でいい。傷つくのは、俺の身体だけでいい。潰えるのは、俺の命だけでいい)
(それが、俺が今、必死に皆を助けようとしてる理由ね)
(いやまあ、進んで死んでやる気なんてさらさらないから! あんま気にしないで!)
――――絶句した。
アマハから顛末を聞いた菊池は、その腕の中で静かに拳を握りしめる。
紛れもなく、ユズが持つそれは善意なのだろう。
彼は今、自分以外の誰かが傷つかないように必死だ。
だが、ダメなのだ。
他人から共に在る理由を奪い取って、独りになろうとしてはダメなのだ。
「……第二拠点に到着します。詮無いことをお伝えしました」
その声に視線を上げると、鬱蒼とした森が開け、そこに古びた小さな屋敷が見えた。
第二拠点。
ラゼの固有スキルにより神殿と繋がっているそこは、老朽化により居住には向かないが、生産職のクラスメイトたちが用いる工房としての役割を果たしている。
現在、避難組はここで待機しているはずだ。他にも戦場から離脱した者がいれば、着々とここに集まってくるだろう。
だが。
「……ダメ」
「レナ様?」
「戻らなきゃ。ユズと一緒に、戦わなきゃ」
数分前まで泣いて怯えて、抱えられて運ばれていたとは思えない決意に、アマハは思わず一瞬面食らう。
その時、別の声がした。
「ふふ。なら、あっちの方にある大樹へと向かうのがいい、わ……」
「真紀! …………と、下村!?」
目を向けた先にいたのは、名塚真紀と下村上。
二人とも傷だらけであり、激戦を潜り抜けてきたのだと確信する。
特に下村は作戦開始時点で行方不明になっていたのだから、安堵もひとしおだ。
しかし、今はその安堵を横に置いておき、名塚が指差す方を見る。
「あっちの大樹に、何かあるの?」
「僕がハピアに変身して、シュカに連絡した。上手くいってたら、誘導できてるはず」
「ふふ、ユズがどこにいるかは分からないけれど、シュカと戦っているラゼのもとへ行く可能性は高い、わ…………」
「…………! ありがとう」
有力な情報を耳にし、早速踵を返す。そして、背後のアマハに呼びかけた。
「私、やっぱり戻る。アマハはどうする?」
「ご一緒しましょう。私は、主様の防具ですから」
一も二もなく頷くアマハと共に、菊池は走り出す。
決意に背を押され、まるで自分の体じゃないかのように、軽やかに木々の間を抜ける。
「…………私は、ただの主様の防具にすぎません」
「え?」
しばらく進んだ後、アマハが徐に、ない口を開いた。
「ですから、私はあの人を変える言葉を持たない。変えられるとしたら、貴女方に他なりません。そして、貴女は特に主様の在り方に疑問を抱いているようだった」
恐らく、菊池のユズに対する鬱々とした想いを感じ取っていたのだろう、アマハは語る。
「レナ・キクチ様。主様を、どうかよろしくお願い致します」
「……任せて」
そうして、菊池玲奈は、戦場へと復活した。
件の大樹に、魔王シュカと勇者ラゼ、そしてユズの姿を見つけ、菊池は風属性魔法を使って飛行し、先んじて戦場へと突入し――――
――――今に至る。
●
菊池の姉御。
彼女が突いた本質は、まさしく俺の盲点だった。
俺は、俺の中からしか、足りない一手を探していなかった。
けど、この状況なら、俺以外も大樹に誘導されている可能性もあるに決まっているよな!
戦場へと舞い戻った菊池は、あれほど不安定な精神状態だったのが嘘のように、勇気に満ちた表情をして――――俺を見てくる。
うん、なんで俺?
この状況、絶対敵のシュカか大将のラゼをみた方がいいシチュエーションでしょ。
「あーあ、君が連れてきた援軍だ?」
「あ? 違うけど?」
「いいや、多分君が連れてきたんだよ。やっぱ嫌な風向きだと思ったんだよなー」
ほらー、なんか釣られてシュカまで変なこと言い出してるじゃん。俺と姉御が別れたの、随分前だよ?
まあ言動が支離滅裂なのはともかく、窮地であることは把握しているらしい。
「これで三対一なわけだけど。どう、降参とかしてみる?」
「ふっ、冗談!」
俺の提案を、シュカは不敵に笑って返した。
「嫌な流れごとぶっ壊してこそ、魔王だ、よっと!」
再び左手で金属片を掴み、『手離』で発射する。
「……! 『八魔変革』!」
一瞬ぎょっとした様子の菊池だったが、冷静に固有スキルを使用する。
放たれたピンク色の泡にいとも容易く金属片が弾かれ、地面に落ちた。
そして、俺とラゼは。
「失礼します」
物腰低く乱入したソレに、金属片の射線から守られた。
その身を以って金属片を弾き返した、鎧のような強度をした鎧が、俺たちへと振り返る。
「アマハ!」
「お久しぶりです、主様」
でかした! 耐久力にものを言わせて金属片を防げる人材は、この状況で喉から手が出るほど欲しかったんだよ!
「アマハ、ラゼを頼む! 姉御と俺が前衛だ!」
そう叫びながら、抱えていたラゼを降ろす。アマハはラゼを守るように立ちはだかり、俺はアマハと入れ替わるように前に出た。
前衛と言われ、抜き身の仕込み杖を構えた菊池を一瞥する。
菊池も、俺をちらりと見た。
「いけるか? 無理すんなよ」
「そっちこそだよ!」
売り言葉に買い言葉のように菊池が反応する。
まあ確かに客観的に見て俺は無理してるかもだけど。
とりあえず金属片が刺さった足は簡単に止血したので、一旦問題なしということで。
俺とラゼが弾かれるように二手に分かれて走り出し、同時にシュカが両手を振るう。
迫り来る鞭を潜り抜け、金属片を躱わす。
状況としては先程までの似通っているが、決定的に違う。
今の俺たちは、出し惜しみなしで魔法が使えるんだよ!
「『エアル・トレジア』!」
風属性魔法の詠唱と共に、吹き荒れる風が顕現する。その狙いは――――金属片の山。
「あっぶな!?」
「うわ、バレちゃった」
厄介な金属片を蹴散らさんと轟く突風は、すんでのところで振るわれた鞭――――黒絡鞭ニグラスに阻まれ、魔力を食われる。
菊池は思わず惜しんでいるが、実のところファインプレーだ。なんせ、鞭が既に振るわれているから。
それはつまり、二撃目を防ぐ術がないということ。
ぱん、と小気味いい音を立てて、金属片の山が弾け飛び、バラバラになって遠くへと散乱した。
まるで見えない何かに衝突したかのように吹き飛ばされた金属片。
その犯人にすぐさま思い当たったシュカが叫ぶ。
「ラぁゼえええぇぇぇぇっ!」
アマハの後ろから、ラゼがこちらの様子を窺っていた。
フォーメーションが変わり、アマハの後ろで魔力の回復を待っている間も、ラゼは俺たちのサポート、魔撃の発射準備を継続していた。
菊池の魔法の対応に鞭が使われた瞬間を狙って、金属片の山を攻撃したのだ。
アマハも入れたら四対一のこの現状だ。戦力の対価としてももちろん、単純に手数でシュカの把握能力を飽和させられる。
それだけでも、俺たちが参戦した意味はあった。
だが、それだけでは終わらせてやらない。
「ヒュハハハァ! いただきィ!」
「あっ、ちょっとぉ!?」
ラゼに意識が向いた一瞬の隙を突き、俺は鞭に飛びかかり、しっかりと掴み取った。
黒絡鞭ニグラスは、打ちつけた相手の魔力を奪う鞭だ。
ラゼや菊池が魔法主体で戦う以上、誰かが鞭の対策をしなければならない。
その点、俺なら実質ノーリスクで鞭を押さえられる。魔力がなくて、いいこともあるんだなあ。
少し俺と拮抗して、鞭を取り返すのが難しいと判断するや否や、シュカは鞭を持つ右手を開き、手放した。損切りの判断が早え。
だが、時すでに遅し。
俺の手の中で暴れ回る鞭を押し込めつつ、叫ぶ。
「姉御!」
「『エアル・トレペオ・カルヴェ・ネクト・ウル・トレペオ・カルヴェ・シェイクソーダ・トレジア』」
澱みなく詠唱を終えた菊池が、柄として残っている仕込み杖の杖部分を掲げる。
放たれた激流が、隙を晒したシュカ諸共、押し流そうとして――――
「――――『罅面』」
世界が、ひび割れた。
シュカが差し出した右手を中心に、空間に亀裂が入り、そこから何もない世界の裏側から覗く。
そして、世界の裏へ引き摺り込まんとする引力が、ヒビの前に広がる全てを吸い込んでいく。
それは、菊池が放った水属性魔法も例外ではなかった。
まるで重力に絡め取られたように激流が亀裂へと吸い込まれ、消えた。
そして、時が経つにつれ、パズルのピースを埋めていくかのように、空間のヒビが修繕されていき、裏の世界が閉じて、元の空間に戻った。
「うえ〜。知ってても、実際に見るととんでもねえな……」
魔王シュカの固有スキル、『罅面』。
空間に、引力のあるヒビを発生させるスキルだ。
普通の物質はもちろん、魔力のような不可思議エネルギーまでも、引力に勝てる質量を持っていない限り、容赦なく裏世界へと吸い込まれる。
生物は吸い込まれこそしないものの、ヒビ割れが閉じるまでの間は継続的にダメージを受け続ける。
さらに、ヒビに近付けば近付くほど、即ち引力に屈すれば屈するほど、受けるダメージは大きくなる。
見た目も派手だし強力なスキル。
であるならば、何故今までシュカは固有スキルを使用しなかったのか。
理由は単純。
「うぐぅ……」
ヒビが消え、現れたシュカは、足元が少しふらついていた。
何を隠そう、『罅面』は、固有スキルにしては珍しく、使用者本人も巻き込むタイプ。
なんなら固有スキルの仕様上、ヒビは使用者の手から発生させるらしいし、一番ヒビからの距離が近くなるのは、ほぼ確実にシュカ自身だ。
それに、ヒビを維持するためには、本人は離脱ができないらしい。
実際のところ、使用者へのダメージは他者へのダメージより低く設定されているらしいのだが、かなり近距離で相手を巻き込めないと、リターンがリスクを超えない。
更に言うならこの固有スキル、ラゼとの相性がメチャクチャ悪い。
引力とか関係なく固有スキルでヒビの範囲外に逃げてしまえるラゼと違って、シュカはヒビから離脱できないのだ。つーかラゼの固有スキルが強すぎる。
だからシュカは、基本的に固有スキルを使わない。
逆に言えば、今は使わざるを得ないほどに追い詰められているというわけだ。
ならば、方向性は間違っていない。やることは同じだ。
「攻めて攻めて攻めまくる!」
とりあえずいいことを思いついたのでラゼに共有したいのだが、流石にアイコンタクトにも限界がある。直接説明したいが…………あ、そうだ。
「姉御! 十秒足止めして!」
「しょうがないなあ、特別に十五秒粘ってあげる!」
「えっ、いいんすか!?」
とんでもないサービス精神を見せてくれる菊池にシュカを任せ、俺はラゼとアマハのもとへと駆け寄る。
そして、なんとか暴れる鞭を片手で押さえ込みながら、ステータスウィンドウを操作し、アマハを俺のインベントリへと収納した。
「とりあえず、最後の一撃はやっぱりラゼに任せたい。細かいことはアマハに聞いて」
「分かった」
異常に理解が早いラゼに手短に伝えつつ、待つこと五秒ほど。
再びアマハをインベントリから取り出す。
「ほんじゃアマハ、あと頼むわ」
「承知しました」
「あ、あとコレ持っててくんね?」
「…………承知しました」
ものすごく何か言いたげなアマハに、黒絡鞭ニグラスを手渡す。
所有者の俺と違って、アマハはその身に魔力を持っている。
だが、この戦いにおいて、その魔力は使わない。舐めプではなく、多分使えないと思う。
つまりは、魔力をいくら鞭に吸われたところで実質ノーダメージということだ。
人間や魔族は、本来あるはずの魔力を大きく失うと気分が悪くなるらしいが、鎧のゴーレムであるアマハにそんな弱点はない。
むしろ、アマハにしか出来ないことがあるのだ。
アマハは、俺を主座とさて認識する過程で、インベントリ内にて俺の脳内を解析している。
つまり、俺のインベントリ内であれば、俺が話さずとも考えていることがアマハに伝わるということだ。
いちいち俺がラゼに話すことを考えると、一度アマハに思考ごと見せ、アマハに説明してもらう方が、時間を有効活用できる。
ラゼには、アマハから俺のアイデアを伝えてくれているはず。あとは、俺から姉御の方にも共有せねば。
そう思い、菊池とシュカに意識を向けると、何やら悲痛な声が聞こえた。
「あっ、あーっ! あぁーっ、ちょっと!」
声がした方を見ると、シュカが菊池の攻撃を掻い潜りながら、自身のインベントリから取り出したポーションらしき何かを飲んでいた。
マジかよ、姉御レベルでも一人が相手なら、片手間で回復まで出来んの!?
コイツ器用すぎるだろ、どの辺が『天運の魔王』なんだよ。
「ごめん、ユズ、あたし、また、一人で、失敗して…………」
「しゃーない切り替えていけ!」
顔を真っ青にしながら俺を見る菊池だが、正直今ネガティブの沼に落ちられるとマジで困る。
今はとにかく畳み掛けることが最優先なのだ。
なんだかんだ俺も復帰するのに二十秒はかかっていたし、姉御の言葉もギリギリ嘘にはなっていない。
恐らくシュカが接種したのは回復用のポーションではあるようだが、見たところ全回復はしてなさそうだ。
というわけでセーフ。最終的に勝って官軍になりゃあいいんだよ!
ともあれ情報共有をしなければ。
とはいえシュカの前に突っ立って話すわけにもいかないし…………
…………などと考えたのは、一瞬。
何故なら、シュカがもう一つインベントリから取り出していたソレに、目を奪われたから。
シュカの手から伸びるその刃は、殺意の輝きで鈍く光る。
嘘だろ、剣出してきやがった!
「ズバーンっ!」
俺らの胴を一刀両断せんとする水平の軌跡を描いて、シュカが剣を振るう。
俺と菊池は、同時に後ろへと跳んで、なんとか斬撃を回避した。
「ヒュハハ、なんで剣なんて扱えんだよ!?」
「運良くめちゃくちゃ強い剣装備を手に入れた時のために練習してたんだ!」
「もう二つ名返上しろよ!」
ことごとく本人の努力でどうにかしてるじゃねーか!
俺自身、てんで素人なので正確なところは分からないが、シュカの剣の腕前は多分、並以上にあるといったところだ。
俺が対峙した剣士で言うと、直近だと魔王ヴィラン、遡ればフォールンセイント辺りには劣る、
だが、一つ一つの動作がどうにも様になっているように見えるのだ。恐らく剣士と称しても差し支えない。
そして、ただの剣士に留まらない。
シュカは剣を右手に持ち、左手で懐からナイフを取り出し、投擲した。
狙っているのは、軌道からして菊池の方だ。それなりに近い距離からの投擲に、俺は一瞬肝を冷やす。
だが、姉御はしっかりとナイフを見切り、杖で迎撃、叩き落とした。
すげー、流石だ。よく考えたら、近接特化の俺よりも基本的にステータスすら上位互換なんだもんなあ。
まあ俺はダントツでパフォーマンスにムラがあるので単純に比較できないのだが。
「『ソリル・ネクト・メラル・トレペオ…………』」
仕込み杖を構え、菊池が詠唱を開始する。今が攻め時だと感じたのだろう。
それは俺も同意だ。現に今、詠唱中に投げられたナイフも、姉御はきちんと目で追えているし、迎撃の準備もしている。
体感ではあるが、さっきの金属片と鞭が暴れ回る地獄より、投げナイフと剣が舞う今の方が、対処はずっと楽だ。
シュカが右手に持つ武器も、ただの剣と黒絡鞭ニグラスではリーチも効果も段違いだし、左手だって、ただナイフを投げるのと、手甲で金属片を射出するのでは…………あれ?
「やっ、ばくないか……!?」
最悪の予感に、俺は思わず焦りを口にする。
俺は、シュカがナイフを『手離』で射出しない……ではなく、できないのだと鷹を括っていた。
どの部分が当たっても有効打になり得る金属片と違って、ナイフは一方向しか有効打になり得ない。その調整が難しいから、投擲で妥協しているのだと勝手に思っていた。
そうでないとしたら?
使えないんじゃなく、使っていないだけなんだとしたら?
わざわざ『手離』を使わずに投げること、それ自体には恐らくメリットはない。手甲を使えば、投げるよりも簡単に、投げるよりも速く放てるはずだから。
――――否、やはりメリットだ。
射出速度が遅いということは、着弾のタイミングをズラせるということ。
その瞬間、菊池に迫る投擲されたナイフを、もう一つのナイフが、三倍の速度で追い越した。
恐らく眉間付近を狙って爆速で飛翔するナイフは、完全に菊池の虚を突いていた。仕込み杖も、射出されたナイフを防げる軌道にない。
俺は咄嗟に菊池へと手を伸ばした。
この距離ならギリギリ菊池に届くが、いけるか!?
かろうじて菊池の手を掴み、無理やりに引き寄せる。
菊池の重心が思い切り後ろへと傾き、ひっくり返った眉間の先の数センチほど先を、ナイフが翔け抜けた。
この瞬間の危機は脱したが、すぐさま第二陣の投げナイフも迫る。無理やり引き倒したはいいものの、投げナイフの回避を考えていなかった。
まあいいや、さっきと同じ感じでいこう。
左手で倒れゆく菊池の足を抱え、右手で肩を抱え直し、持ち上げる。
「ど、え、ふあ!?」
姉御――――いや、お姫様が形容し難い悲鳴をあげるが、俺はナイフを避けるので文字通り手一杯なので一旦置いておく。
「ごめんだけど、訴訟は後にしてくれねえ?」
「いや、しないけど!」
菊池を抱えたまま、二撃目のナイフをかわし、続け様に襲う剣の追撃を避ける。
ちょうどよかった。俺は、慌ただしい顔色をしている菊池の耳元へと口を寄せる。
「ちょいと耳貸して」
「んえ?」
「――――」
アマハに共有した俺の作戦を、手元の菊池に耳打ちで伝える。
時間がないので伝えられる情報は最低限だ。だが、意図はともかく、内容は伝わっただろう。
「何なのキミ、女の子抱えるのが趣味なの?」
「んなわけあるかい」
真顔で問うシュカに真顔で返す。緊急時でもなければこんなセクハラしねーよ。
「んじゃそういうことで頼む。さっき詠唱してたっしょ? 俺が前に出るわ」
「分かった、『ソリル・ネクト……』」
先ほど中断した詠唱を再開した菊池をそっと地面に下ろし、シュカに単騎で突撃する。姉御の邪魔はさせないぜぇー?
そして、俺の拳と、シュカの掌が交差した。
「『罅面』」
「や、やらかしたぁーっ!?」
何が『罅面』は近距離で相手を巻き込めないとメリットが少ない、だよ!
俺とかいう格好の獲物がいるじゃねーか! だって俺近距離で殴る蹴るしかできねーもん!
「あばばばばばばぼぁーっ!?」
眼前に刻まれた世界の裂け目に引き寄せられ、俺はダメージを受け続ける。
不思議と痛みはほとんどないが、それなのに死への余白がギョリギョリと削られていくような奇妙な感覚だけがあった。
ヤバいヤバいヤバいこれマジで死ぬ! テンションで誤魔化していたけど体力的に余裕ねえよ!
まだヒビが修復されるまでの時間の感覚が俺の中で定まってねえから、耐え切れるかが全く分からん!
そして、その懸念は最悪の意味で杞憂だった。
トドメと言わんばかりに、シュカが右手に握る剣で俺の首を狙う。
その時、背後から声が駆けた。
「『……ネクト……』ぉっ!!!」
ゆっくりと詠唱を続けながら全力疾走というある意味ちぐはぐな言動で、姉御が俺たちへと迫る。
その速度は、俺を以てしても残像を追うのがやっとなほどだった。
いや待て、いくら姉御が強いっつっても、あんな速度出せるか?
しかも今まさに詠唱中ってことは、風属性魔法による飛行みたいな、加速用の魔法は使っていない可能性が高い。
まさか、この引力で加速してんのか!?
引力に乗るということは、より多くのダメージを負うことを意味する。
姉御は今、火の海に向かって走っているようなものだ。並の覚悟じゃない。
そして姉御は猛スピードで、俺の前へと躍り出て――――ヒビの傍を突破する。
引力の加速を以て、引力を突破したのだ。
ヒビの向こう側で唖然とするシュカの剣を仕込み杖で弾きつつ、そして同時に、
「『エアァァァァル――――』ッ!」
詠唱と気合が混ざった声とともに、繰り出された姉御渾身の蹴りが、シュカの腹部にめり込んだ。
「ごえっ!?」
魔王とはいえ、女性があまり出してはいけないえずき方でシュカが吹っ飛んでいった。
その瞬間、俺を捕らえていた引力が止み、ヒビが急速に塞がっていく。
そして、世界があるべき姿に戻った。
なるほど、『罅面』で作ったヒビは、シュカ本人がずっとそばで維持し続ける必要がある。
より正確に言うなら、シュカがヒビ付近にいる間は強制的に維持され続けるし、そのシュカは引力に絡め取られたまま動けなくなるのだが、逆にシュカをヒビから無理やり引き剥がしてしまえば、固有スキルは強制的に解除される。
そして、姉御は俺を助けるだけに留まらず、追撃の手を緩めない。
「『――――チョコファウンテン・トレジア』!」
ゆっくり詠唱することで発動を遅らせていた魔法を、ヒビが消えた今、発動させる。
瞬間、シュカの真下の地面から流砂が噴き出した。
よほどの高温なのか、蒸気を纏いながら荒れ狂う流砂は、シュカを包み込むように圧縮されていき、固められた。
高温の砂に閉じ込めて拘束するというなかなかにエグい魔法だが、効果はテキメンだったらしい。
「『罅面』」
再び世界がヒビ割れ、シュカの固有スキルが流砂の一部を食い尽くし、甘くなった拘束からシュカが抜け出す。
本日三度目、しかもほとんど連続で使用したようなもの、その上誰も他者を巻き込まないときた。
そんな状況でも使うのだから、姉御の魔法で相当追い込んだと見ていいだろう。
流砂に炙られ、引力に食われ、かなりのダメージを負ったシュカは――――その手に、ナイフではない何かを握っていた。
いつの間に……ヒビの向こう側ででインベントリをこっそり操作してやがったのか。
よく目を凝らすと、手に持つそれは、どこかで見覚えのある――――羊皮紙だった。
「魔法、じんっ!?」
俺が牢獄迷宮で使ったそれや、うちの数学ジェンヌが作っているらしい魔法陣。
その存在に思い至った瞬間、眼前に炎が広がった。
回避はしたのでちょっと熱いくらいで済んでいるが、非常にマズいことになった。
俺にとっても菊池にとっても、状況はかなりよろしくない。
特に菊池に関しては、より致命的だった。
「…………ひ、ぁ…………」
その顔から血の気が引き、喉からか細い悲鳴があがる。明らかに過剰に炎を恐れていた。
無理もない。俺も途中から参戦したぢけだかは詳しいことは知らないが、フラメリとの戦闘で炎がトラウマになっているのだろう。
思い返せば、さっきの高温の流砂だってもっと早いタイミングで使っても良かった気がするが、土壇場まで使うことを忌避していたのだろう。
幸い、魔法陣の狙いは俺だったので菊池にダメージはないようだが、メンタルに多大な負担がかかっていることは明白だ。
そしてついでに俺もピンチだ。今の魔法、そして魔法に対する俺の回避で、菊池と分断させられた。
シュカは、ナイフを菊池へと射出して牽制しながら、俺へと剣を振りかぶる。クソッ、ここぞとばかりに……!
正直に言おう、今の俺はシュカから集中砲火されると結構ヤバい。さっきの『罅面』をモロに食らったのが効いている。
何でもない風で暴れてみてはいるものの、かなりの頻度で意識が遠のきかけているし、ちょいちょい幻覚も見えている。何この洞窟みたいな場所……?
それを分かっていて、シュカは俺に狙いを絞っているのだろう。図星だが、ムカつく。
俺なら楽に殺せそうってか? 舐めやがって。
上等だよ、意地でも生き延びてやらァ――――!
――――そして、時は到達する。
「『プレスティージウィザー』」
「ッ、姉御ぉ!」
「『八魔変革』っ!」
ラゼの詠唱と、俺の合図と、姉御の宣誓が響く。
俺と菊池、そして魔王シュカを、夥しい数の魔法陣が囲んだ。
同時に、菊池が固有スキルで巨大な泡を生成し、自身を覆う。
俺の作戦は非常にシンプル。『罅面』でも対処できないように、全方位から攻撃しちゃおうぜ、というものだ。
シュカの固有スキル『罅面』は周囲を無差別に吸い込んでいるように見えて、意外と一方向しか作用しない。
じゃなかったら、さっきの流砂もすべて吸いこめていたはずだ。
だが実際は一部だけを吸い込んで、残りはシュカ自身で破壊していた。
つまり、固有スキルでも対応できないほどの方向からの攻撃なら、確実にシュカに届く。
俺の背後にいるアマハのさらに背後で杖を構えるラゼが使った魔法は、牢獄迷宮の最下層で使っていた魔法だ。
大量の魔法陣を呼び出して、その数の水属性魔法で攻撃するやつだ。
そして、その魔法は俺たちも巻き込む。
より確実にシュカに命中させるため、念には念をだ。
当然、対策はしている。姉御の固有スキルがそれだ。
指定した対象から受けるダメージを完全に無効化するとかいう割と頭のおかしい性能をした泡を生み出す『八魔変革』。
姉御には、俺が合図したら、ラゼの水属性魔法を無効化する泡で自分を覆うように伝えてある。
あとは、俺がその泡に飛び込めば作戦成功だ。
俺は合図と同時に既に菊池に向かって走り出している。
だが。
「させない!」
「バレんの早ぁ!?」
こちらの意図を瞬時に見破ったシュカが俺に続いて駆け出していた。
だが、当然俺の方が早いし速い。姉御の泡に先に入り込んでしまえばこっちのものだ――――
「『エアル・トレジア』」
「は?」
その詠唱が聞こえたのは、俺のすぐ近くからだった。
魔法シュカが、その手を向けて、俺へと狙いを定めている。
「ぼばぁ!?」
突如として発生した爆発的な風が、俺の身体を容易く吹き飛ばした。
完全に油断していた。シュカって魔法使えんのかよ。魔力が多い奴から狙う鞭とか持っているんだから、てっきり魔力はないのだとばかり。
まあ実際多用していないのだから、本当に一、二回しか使えないのかもしれないが、どうあれ今魔法を使ってきたことが事実だ。
しかも結構な高威力。
ダメージ自体はギリギリ許容範囲内だが、この吹っ飛ばし方は問題だ。
俺は今、ラゼとアマハの方向、つまり菊池と逆方向に吹っ飛ばされている。
そりゃそうだ。シュカからしたら、俺は菊池から引き離した方が都合がいい。
そして、今の菊池は既に固有スキルをラゼの魔法を対象として発動している。シュカの攻撃の対策には使えない。手札が一枚減っているのだ。
迎撃自体は可能だろうが、固有スキルを維持しつつ攻撃をいなし切れるかは五分五分といったところだろう。
他人の命を賭けるには、分が悪すぎる。
ならば、逆転の発想。これは引き離されているのではない、加速しているのだ。
「スプ、リントおおぉぉぉっ!」
どうにか空中で体制を立て直し、着地と同時に地を蹴る。
俺を吹き飛ばした風属性魔法の斥力をそのままに、俺は菊池に背を向けて走った。
今、俺とシュカは、互いに逆方向へと全力疾走している。
ここから先はスピード勝負。どちらが先に互いのゴールに辿り着くかだ。
この一瞬だけは、菊池のことも、シュカのことも、意識から外す。
とにかく、一心不乱に、走って、走って、走って――――そのまま、俺たちを囲うように宙に留まっていた魔法陣を突破した。
目に映るのは、アマハ、その背後のラゼ――――そして、ラゼから伸びて、シュカへと繋がる黒いモヤ。
細かいことは忘れたが、これがラゼを拘束している『呪い』なんだろ?
見えてはいるものの、呪いである以上は当然普通の人には触れもしない。
だが、ラゼを距離に応じて拘束しているのなら、半分実体はあるんだろ?
少なくとも、ラゼとシュカを繋ぐ形状を保ち続けるくらいにはなァ!
「『接触』ぉ!」
俺の固有スキルに、掴めないものなどない。
俺は傍らの黒いモヤを掴み、ラゼの方へと全力で引っ張る。
まるでロープのように、呪いがぴんと張り詰める。
その手の呪い越しに、何かを張力で絡め取った感覚があった。
振り返ると、魔法陣の向こう側で、手甲を装着した左腕を引かれるような姿勢で、シュカが菊池の僅か手前で静止している。
そして、その左腕から伸びる呪いと、その呪いを引っ張って動きを封じた俺を、驚愕の表情で見た。
「は……?」
「魔王シュカ、お前の敗因はただ一つ」
恐れ多くもラゼの玉肌にいつくもの傷をつけた大罪人に、俺は宣告する。
「ラゼを呪ったりするからさ」
「うわムカつくぅ〜!」
今俺にできる最大限の煽りをお見舞いすると同時に、
「『――――トレジア』」
ラゼが魔法を発動させ、四方八方の魔法陣から激流が放たれる。
その瞬間も、シュカはその手に持っていた剣を姉御に向けて投擲していたが、容赦なく仕込み杖で叩き落とされていた。
姉御パねえ、あの距離の投擲に反応できるんだ。
そして、文字通り雨のように襲いかかった激流が、シュカの身体を無慈悲に押し潰した。
水が地面を抉る激しい轟音が響き、土が吸いきれなかった水が溢れ、俺たちの足元まで流れてくる。
やがて、激流が止み、舞い上がった土埃が風になって薄れていく。
そして、そこには固有スキルを解除した姉御と、倒れ伏す魔王シュカが残された。
「姉御! 大丈夫!?」
「ちょっと待ってて!」
俺は菊池の無事を確かめるべく叫んだのだが、当の本人はその場にしゃがみ込み、倒れているシュカの様子を手早く伺い始めた。コミュニケーション失敗。
「生きてる! 気を失ってるだけみたい」
「よかったぁ……」
ともかく、それは何よりである。
味方に引き入れる可能性のあるシュカを殺していなかった安堵と、シュカをなんとか倒せた安堵が同時に湧き起こる。
すると、俺が握っていた黒いモヤ――――呪いが手の中で解け、消えた。
咄嗟に振り返ると、ラゼを縛っていた呪いも同様に消失している。
「ラゼ! 無事!?」
「……ありがとう、大丈夫だよ」
俺が駆け寄ると、ラゼが頷いた。
多少の負傷はあるものの、軽症ではあるみたいだ。ただ、彼女はラゼ・カルミアなので情状酌量の余地はないのだが。
「今のって、シュカが気絶したから消えた的なこと?」
「近いけど、少し惜しい」
消えた呪いについて菊池が尋ねると、ラゼは首を横に張った。
ラゼの説明によると、なんでも呪術の媒介? がシュカの手甲に組み込んであったらしく、それが壊れたことによって呪術が解除されたらしい。
よく見ると、確かに手甲『手離』はバラバラに砕けていた。ついでに中の媒介とやらも壊れているのだろう。
「主様」
「おう、アマハ……あ、忘れてた! 預かっとくわ」
アマハの呼びかけで思い出した。黒絡鞭ニグラスを持たせっぱなしだったんだ。
動きを封じてしまえば、あとは魔力を食われるだけなので、アマハにそれほど危険性はないのだが、それでも俺が持っているのが一番安全だろう。
鞭の先端をどうにか片手で押さえ、もう片方の手でインベントリを操作する。俺のインベントリに入れられたりしねえかな……。
「ちょっ、大丈夫なの!?」
「大丈夫っしょ、こいつ魔力そのもの以外にはそこまで強くないっぽいし」
そう、余裕を見せた瞬間。
「――――っ、ユズ君、レナ、避けて!」
「え…………んがっ!?」
俺がラゼの言葉の意味を確かめるより早く、顎に衝撃が走った。
相当な威力の衝撃が襲い、油断もあって、俺の脳は呆気なく揺れる。
あっ、ヤバい、これ気絶コースだ。しかも一時間以上はかかりそうなやつ。
気絶慣れでそこまで分かるようになってきたが、それですぐ起きることができるかは別。
それでもどうにか目線を下ろすと、地面に真っ暗な闇が覗く穴が開いている。
その穴から這い出た何者かが、俺の顎を剣の柄で殴りながら、俺の手からこぼれ落ちた鞭を奪い取った。
そんな芸当ができるのは、そういない。
殺意がなかったから気付けなかったぜ。有吾とニンカは無事なんだろうな!?
「ヴィ、ラン…………!」
魔王シュカとの戦いを終えた俺たちに、魔王ヴィランが襲来した。
視線を横に向けると、青白い肌の軍団が同様に地から這い出て、菊池に襲いかかっていた。
姉御は咄嗟に飛び退いて回避していたが、その隙に倒れていたシュカが地面に引き込まれていく。
よく見ると、シュカの周囲にキラキラと光る何かが纏わりついているように見える。
目に見えないほど細く、しなやかなそれは糸だ。
クソッ、ヴィラン以外にも配下が何人もいやがるな。
ここへきてクソ厄介な真似しやがって。
「ユズ君!」
「ユズ!」
「主様!」
声が、いくつも聞こえた。
ひとまずアマハは出しっぱなしにして、俺が出来ることは終わりだ。後はどうにかなることを祈るしかない。
だが、ラゼと菊池を少しでも傷つけてみろ。テメエらの喉笛片っ端から引き裂いてやるからなァ!
…………まあ一旦寝るけども! おやすみなさい!
【悲報】十の戦巡り編、巡り終わるまで三年以上かかる
⭐︎罅面
基本的に魔王シュカは手数に特化しており火力が低めのため、かなり希少な火力技……
……なのだが、実はラゼと同じく神々との謁見のために使うことができる固有スキル。
⭐︎遅延詠唱
魔法発動のタイミングをあえて遅らせる際に用いられるテクニック。菊池の姉御が使っていたやつ。
事前に魔法を発動させ始めておいて、狙い澄ましたタイミングで魔法を速射する使い方がメジャー。
その実態はなんてことない、ただゆっくりと詠唱するだけ。
…………なのだが、あえてゆっくり魔法を構築していくという特殊な魔力操作を行わなければならない関係上、繊細な魔力操作能力を必要とし、見た目よりも難しい。
一言で遅延詠唱と言っても、詠唱全体をゆっくりと行うパターンと、詠唱の最終節手前で完全に止めるパターンがある。
魔法使いの感覚的な問題だが、後者の方が圧倒的に難しいと感じる場合が多いらしく、さすがの菊池の姉御も前者しか使えないらしい。
…………そう、ラゼが最後に使った魔法、あれが後者の例です。さすラゼ!
⭐︎数学ジェンヌ
「魔法陣とは法則性の権化! 理論の軌跡! 幾何学の芸術! まさしく数学なのだよ! 君も見たまえ、この円環を! 記されているのはまるで無秩序な文字のように見えて、その実詠唱に基づきながら、それでいて魔力が均等に分配されている! マニフィック! 規則、幾何学、美学、数学! これほどまでに美しい概念に新たに出会うことが叶うとは! 私はなんて幸運なんだ!」
こんな感じの人です。なんかキラキラしてる……




