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第二十六話 ユズと、十巡目


なんかリアクション機能とかできたらしいっすね(見識が化石)(不誠実)(お久しぶりです)(申し訳ありません)(ごめんなさい)(許してください)




※※※※※重要な変更点※※※※※

諸事情により、キャラクター名を一部変更いたします。


ハイパーな魔法使い

海原かもめ→海守うなもりかもめ


盾使いの先生

金崎大五郎→金島大五郎


です。多分今までの話に関しても変更できた、はず。


 

 

『シュカ様、撤退! 南西の大樹に向かって!』

 

 そんなハピアの声が、携帯している羽根から聞こえてきたのが、十分ほど前。

 その通信が入った瞬間、魔王シュカは自らの敗北を悟り、嘆息する。

 

 何故か魔王連合の襲撃が読まれていた時点で、厳しい戦いになることは予想していた。

 しかし、戦い慣れないはずの異界の部下たちを相手に、ここまであっさりと負けるのは予想外。

 

 何はともあれ、撤退するには必須条件がある。


 鮮血を思わせる赤い髪、黒いローブ、そして感情の読みづらい凍てつく表情。

 勇者、ラゼ・カルミア。

 上空に佇むあの恐ろしい怪物を撒かなければ話にならない。

 

 はっきり言って、シュカの直接的な戦闘能力は、魔王の中でも低い方だ。

 最強と謳われる『強欲の魔王』とは比べるまでもなく、自分より後発で魔王となったヴィランにも劣る。

 

 そんな彼女が魔族の闘争を勝ち抜き、魔王の座を手にすることができたのは、今もなお友達としてそばにいる部下と、右手に持つ鞭のおかげ。

 つまるところ、シュカは幸運に恵まれただけ。

 その幸運がなければ今の自分はないと、彼女自身が自己分析している。

 

 対して、ラゼ・カルミアは魔法の天才。

 弱冠五歳で勇者に選ばれ、魔導の最前線を(ひた)走る怪物だ。

 

「ヤバいヤバい危ない怖い怖い怖い死ぬ死ぬ死ぬ……!?」

 

 小細工で撹乱しようにも、圧倒的な物量の前にはなす術もない。全速力で逃走するシュカに、水流が、風刃が、土塊が、魔撃が降り注ぐ。

 

「このっ……!」

 

 シュカは背後に向かって、その手に持つ黒い鞭を振るう。

 今まさにシュカを狙い撃たんとしていた魔撃と鞭が衝突し、魔撃が()()()()()

 

 衝突した魔撃が、魔力となって霧散したのとはまた違う。明らかに鞭にぶつかった魔力が消滅したのを、ラゼも感じ取っただろう。

 

 今シュカが持っている鞭――――『黒喰鞭ニグラス』は、()()()()()性質を持っている。

 その実態が魔法であろうが、魔撃であろうが、その他魔力を持つ何かであろうが、その鞭は対象に絡み、魔力を吸い尽くす。

 潤沢な魔力を思いのままに操り、行使するラゼには、非常に相性のいい武器だ。

 

 より正確に言おう。()()()()()()()()()()()

 

「ぼばばば――――あぁッ!」

 

 降り注いだ水流に飲み込まれ、地上で溺れかけたものの、鞭が水を消滅させたおかげで間一髪脱出する。

 

 幼き頃から勇者として魔族との戦いを経験しているラゼ。故に、その情報は魔族の間にも出回っている。

 つまり実のところ、シュカはラゼの手の内のほとんどを知っていると言っていい。

 さらに、一方的に魔力を奪えるこちらの方が、相性も有利。

 ――――なのに、勝てない。

 

 会ったことはあるものの、直接矛を構えたことがないシュカは、今まさに思い知る。

 これが、ラゼ・カルミア。初代勇者ヴァンリーと双壁を成す、人間の魔法使い。

 

 よろけながらも足は止めず、なるべく魔法が当たらないように木々を縫うように全力で走る。

 仲間とともに無事に逃げ切るために、決して足を止めてはならないという想いが、シュカの身体を支えている…………からこそ。

 

 ――――足が、止まった。

 必死に逃げて辿り着いた、合流地点の南西の大樹に、仲間の姿が見当たらないという事実に。

 

 身を潜めているというわけでもない。仮にそうだとしても、シュカには何らかの形で存在を知らせるはずだ。

 だが現状はそうではなく、もっと根本的に、影も形もないような。

 

「あー、そういうこと……」

 

 全てを察した瞬間、シュカの身体が宙を舞う。

 一瞬の硬直を見逃すはずもなかったラゼに、魔撃で射抜かれたのだ。

 

 落下、地が彼女の身体を叩く。

 体内が衝撃で撹拌されるような感覚が襲い、目眩で平衡感覚を失う。

 鞭を握っていたはずの手は、空になってしまっている。どこかに取り落としてしまったのか。

 

 なんとか上体を起こして抵抗しようとするも、地面から隆起した土塊が身体の自由を奪う。

 実に手早く効率的な拘束。いっそ称賛の気持ちすら湧き上がった。

 

「ったく、ハピアは無事なんだろうね……!?」

「……?」

 

 思わずシュカは悪態をつくが、対するラゼは『何を言っているのか分からない』と言わんばかりに首を傾げた。

 ラゼはしらを切っているのか、本当に把握していないのか。雰囲気からして後者な気もするが、ともかくシュカは見抜いている。

 

 羽根の向こうから、南西の大樹に向かうように指示したハピアは――――声を模した偽物だ。

 

 ●

 

「あ、変身解けた」

「ふふ、気付かれたみたい、ね……」

「まあ騙せたのも奇跡みたいなもんだしねえ」

「ふふ、ニンカさんは上手く誘導できたかし、ら……」

 

 ●

 

 

「マジかぁ……」

 

 うなだれるシュカだったが、ラゼが地面に降り立ったのを視認し、尋ねる。

 

「それで?」

「え」

「何か話したいことがあるんでしょ?」

 

 ラゼは意外なように目を瞬かせていたが、シュカとしては出来ることがないので仕方がない。

 今シュカに可能なことは、会話による時間稼ぎだけだ。

 

 内容として考えられるのは、大方『内通者として魔族の情報を提供してほしい』あたりだろうか。


 否、ラゼが魔族との戦いに積極的でないことは察している。

 魔法での飛行、そして固有スキルの瞬間移動を持つラゼ・カルミアにとって、人間領と魔族領を分かつ『人魔山脈』の突破は容易だ。

 しかしながら、ラゼから魔族に交戦を仕掛けたという報告は聞いたことがない。

 そのことから推察するに、恐らくラゼは魔族と積極的に戦おうとしていないのだ。


 その理由について、ラゼと同じく神から『魔族と人間の戦いを扇動すること』を託されているシュカは、『ラゼ陣営の戦力増強がまだ十分でないから』であると考えていた。

 異界からの転移者を戦力として育成しているという情報からも、この予想はつじつまが合う。

 

 しかし、この邂逅、交戦、会話から漂う空気感に、シュカは違和感を覚えた。明確に言語化できるわけでもない、その場にいてようやく察せられるような、小さな違和感。

 そして、もしや『人間と魔族の戦いを止めるのに協力してほしい』くらいの狂ったことは言うのではないか、と思い至る。

 

 それくらいのことでなければ、人間が魔族に――――それどころではない、勇者が魔王に『お願い』など、普通に考えてあり得ない。

 しかし、その『あり得ない』が引き起こされるくらいには、今の勇者たちは異様なのだ。

 ラゼを含めた、今を生きる三人の勇者は特に。

 

 そして、その答えは、

 

「私たちと一緒に、神々を殺さない?」

 

 おおよそ的中していたものの、衝撃的な形容とともに明かされる。

 

「うっ、わぁ……正気で言ってる……?」

 

 魔王として少なからず修羅場を乗り越えてきたシュカといえども、その爆弾発言には思考に空白が生まれた。

 

 理屈は分かる。シュカもまた、ラゼと同じ立場に立たされた存在。

 

 この世界の外側にある、『本物の世界』。

 その『本物の世界』をめぐって争う、魔神クールと女神ビューティー。

 この世界は、神々の遊戯盤の上。

 魔王も、勇者も、この世界で言うティチッカの駒に過ぎない。

 

 その現状に、思うことが全くないとは言わない。

 だが、それで神々に抗い、殺したいと思うかはまた別の話だ。

 

 魔神と会い、この目で見たからこそ分かる、存在の次元が違う感覚。創造物と創造主の間を阻む、絶対的な壁。

 絵画が画家を殺せないように、駒は神を殺せない。

 そう信じさせられるだけの何かがあったはずだ。

 

 故に、魔王も勇者も、神に抗わないのだ。

 恐らく歴代の魔王や勇者たちの中にも存在した、真実を伝えられた者たちも同様に。

 

 だが、ラゼ・カルミアは――――女神の駒は、女神を、魔神を殺さんと決意した。

 なるほど、並大抵ではない覚悟だ。敵とはいえ、称賛に値する。

 

 ラゼの望みも、覚悟も、このたった一つの問答で理解できてしまったが故に。

 シュカは、真摯に、

 

「ねえ、ラゼ。『エクソシスト』って知ってる?」

 

 あまり文脈の読めない、唐突な質問で返した。

 ラゼは訝しんでいる様子だったが、恐らく自分の知識を素直に答える。

 

「――――初代勇者の時代から続く、()()()()

「お、当たり〜。まあ続くって言っても、今は滅亡寸前らしいけどね」

 

 数百年前は、現在よりも悪魔の数は多く、まさに全盛期といってもいい時代だった。

 魂を弄び、破滅させる。そんな悪魔たちを危険視した人間は、悪魔を殺すスペシャリストの集団を発足した。

 それが、エクソシストである。

 

 しかし、そのエクソシストも、今は数を減らしている。

 それは、悪魔全盛の時代の終焉――――エクソシストが悪魔の数を大きく減らしたからだ。

 悪魔を減らしたのはエクソシストであり、その煽りを受けたのもまた、エクソシストだったのである。

 

「生き残った数少ない悪魔は、大きく二分されたんだって。今まで通り契約で魂を食らい続ける個体と、エクソシストを恐れて契約を結ばず生きる個体にね」

 

 たとえ他者との契約がなくとも、悪魔は生きていける。

 契約で魂を奪うのは、あくまで自らの悪魔としての序列を上げるための行為に過ぎない。それは、魔族や人間でいう食事とはまた異なる概念。

 故に、悪魔としての序列を投げ捨て、慎ましく生きることを選んだ悪魔も、少なからず存在したのだ。

 

「フラメリとサティスの本当の親はね、後者だったんだよ。人の魂を侵すことをしない、無害な悪魔だったんだ。それでも現代のエクソシストに殺された」

 

 しかし、そんな事情は、今を生きる人間たちの知ったことではない。

 たとえ契約を結ぶことをやめていたとしても、魂を奪う危険性を持った存在である以上、エクソシストが動かない理由にはならなかった。

 

 そうして、フラメリは、サティスは、親を失ったのだ。

 

「ま、それが正しいか正しくないかはどうだっていい。でも少なくともあの子たちは、エクステラに拾われてから生き方を変えた。サティスの方はよく知らないけど、少なくともフラメリは明確に人間に憎悪を抱いてる」

 

 シュカは、淡々と語る。

 配下の過去を。

 

「セレンは元々、海岸にあった人間の村と仲良く交流してた特殊個体。でも、突如現れた海龍に生贄を求められて、恐れをなした村人は、セレンを騙して差し出した」

 

 配下の――――仲間の過去を。

 

「ハピアは実験動物として、人間の呪術師に飼われてた。身も心もボロボロになるまで弄られてる。今ではだいぶマシになってきてるけど、未だに頭が半分ずつしか寝てくれないんだってさ」

 

 仲間の――――友達の過去を。

 

「ミラは人間が運営していたモンスター闘技場の見せ物。家族も同胞も手にかけた過去がある。最後は運営の人間を皆殺しにして脱走したらしいけどね。ガッツあるよねえ」

 

 ラゼは、言葉を紡がない。

 単に黙っているだけなのか、それとも少しは動揺を誘えているのか。後者ならば少しばかりいい気味だとシュカは思う。

 

「私はね、偶然力を手に入れて、偶然仲間に恵まれて、偶然魔王の座につけたからついただけ。目的なんかない」

 

 友とは違い、ただただ空虚なだけの過去を、シュカは語る。

 

 魔神から魔族を導くように言われたのも、魔王になった後だ。

 魔王シュカには、魔王としての望みは何一つとして持っていない。

 

「でもね。私の大切な友達は、戦う理由がある。私の大切な配下は、命を賭して戦うことを望んでる」

 

 たとえ自分が持っていなくとも、理由は与えられたのだ。

 魔王シュカがここにいる理由は、ここで戦う理由はたった一つ。

 たとえ自分の内側から生まれ出たものでなくとも、その理由を振りかざして、人間と戦うと決めたのだ。

 

 ――――全ては、友の想いを晴らすため。

 

「私はシュカ。あの子たちの主にして、人間を滅ぼす『天運の魔王』」

 

 それは、名乗り。

 それは、宣言。

 ――――それは、決裂の合図。

 

「だから私は、皆の想いに乗っかって、ついでに命を賭けてやるのさ!」

 

 ()()()()()()()()()黒喰鞭ニグラスが、ラゼの身体に巻き付いて拘束した。

 

「――――!」

 

 鞭によるラゼの拘束が為されるのと、逆に土によるシュカの拘束が内側から破壊されるのは、同時の出来事。

 しかし、それは偶然ではない。シュカの起死回生の策が、実を結んだのである。

 

 黒喰鞭ニグラスは、対象の魔力を喰らう性質がある。

 通常は、所有者のシュカが命中させた対象の魔力のみを狙う鞭だが、所有者の手から離れた場合、自動的に最も魔力の濃度の高い地点へと飛び込み、魔力を喰らわんと絡みつく。

 

 そして、その対象がこの場においてラゼであることはシュカの読み通り。

 故に、ラゼへの一瞬の隙を作りだすため、勝手に友達の過去を長々と喋りながら、ニグラスが到達するまでの時間稼ぎをしていた。

 

 シュカは、その好機を見逃さない。奥歯に仕込んでいた薬を噛む。

 一時的に、使用者のステータスに上方補正をかける薬だ。少しばかり命を削るが、ラゼとの戦いであれば必要経費のうち。

 逃亡時でさえ使わなかった薬を、今が正念場だと察して迷いなく使用する。

 

 向上したステータスで無理やり拘束を内側から破壊し、間髪入れず左手の掌をラゼへと向ける。

 それは、あたかも照準を合わせるかのように。

 

 その左腕に装着しているのは、機構のついたガントレット。

 魔具『手離(シャ・バリス)』。手に掴んだものを射出することができる装備である。

 

 そして掌の先には、懐から取り出した一本の釘が浮いている。

 呪具『パレットネイル』。シュカとフラメリの共同開発により作成された、魔物の呪いを充填できる釘である。

 それを、左腕に力を籠め、射出する。

 

 魔具『手離(シャ・バリス)』の射出速度は、使用者に依存する。

 使用者が、射出する対象を全力で投げたと仮定した場合の最高速度――――その三倍の速度で射出する。

 

 なお、使用者が左腕に装着した場合、左手で投げたシチュエーションを想定して最高速度を計算する。

 使用者が右利きの場合、左腕に装着すれば速度はかなり落ちるだろう。

 

 だから、魔王シュカは両利きになった。

 魔具を、与えられた手札を強化するための努力を重ねた。

 

 魔王シュカは、『天運の魔王』である。

 自他ともに認めるほどに、彼女は運に恵まれてきた。

 たまたま大切な友達と出会い、偶然にも強力な武器と出会い、運よく魔王の座に挑戦する機会と出会った。

 

 そしていつだって、運を掴み取るための努力を惜しまなかった。

 運を掴むためなら、手札になるものは何でも増やす。何でも学ぶ。何でも習得する。

 自分の望みは何もないのに、それでも足を止めない努力の鬼。

 

 ――――『天運の魔王』シュカは、運だけの魔王ではない。

 確たる研鑽を基盤とした、大いなる魔王である。

 

 まるで吶喊のように、鋭利な鋼の棘が宙を裂く音が聞こえた。

 豪速で放たれた釘が、ラゼの腹部に着弾する。

 

「ッう」

 

 ラゼが痛みに呻くが、状況の変化はそれだけでは終わらない。

 

 釘の着弾部から黒い靄が立ち上る。靄は線となって伸びていき、シュカの左手につながった。

 ロープを張るかのように、ラゼとシュカが黒い靄で接続される。

 それこそが、呪いが発動した証。

 

 黒い鞭に囚われ、黒い靄に侵されたラゼに、シュカが追撃のため駆ける。

 

 ステータスにバフがかかっている今、ここからは下手に小細工をするよりも直接ダメージを与える方が強い。

 懐からナイフを取り出し、助走の勢いを乗せて、へたり込むラゼへと振り下ろす。

 

 瞬間、ラゼの姿がかき消える。

 当然、かき消えたラゼを狙っていた刃は、手ごたえを感じるはずもなく空を切った。

 

 魔法ではない。恐らくラゼが固有スキルを使ったのだろう。

 瞬間的に、圧倒的な距離であろうが移動できる破格のスキルだ。どうやら少しばかり条件があるようだが、それでもその無法っぷりは不変だろう。

 

 しかし。

 

「――――っ」

 

 背後から、声にならない音が聞こえる。

 声の聞こえた方へと振り返ると、消えたラゼが息を吐きながら横たわり、周囲を見渡していた。

 

「ふふん、可哀想に。もっと遠くまで行きたかったんだね」

 

 ラゼの腹部から血を滴らせながら屹立する『パレットネイル』が、呪いをかけ続けている。

 その効果は、発動者を中心とした一定の範囲内に拘束し続けるというもの。

 

 半物理的拘束とでも呼ぶべきか。黒い靄のロープは他者には物理的接触ができないが、呪いをかけた側とかけられた側のみに干渉する。

 しかし、干渉するだけで破壊は不可能。条件を満たさない限り、ラゼはシュカから距離をとれない。

 すなわち、ラゼの固有スキルの強みのほとんどが奪われたと同義である。

 

 ロープの長さは、およそ五メートル。

 ラゼはシュカから五メートルの範囲にしか転移はできないが、逆にシュカはラゼから五メートルの範囲に居続ける。

 その距離に、ステータスの高い接近戦タイプが常にいる恐ろしさを、魔法使いたるラゼはよく知っている筈だ。

 

 固有スキルの大部分を封じ、攻撃手段である魔力を奪い続ける。

 この状況に引き込むために、ひたすら打ち続けた策が結実した。

 

「後手に回ったねえ、ラゼ!」

 

 五メートルの距離を詰め、再び接近する。

 すると、息も絶え絶えなラゼに口が、言葉を紡いだ。

 

「――――『ソリル・トレジア』」

 

 それは、詠唱。

 瞬間、シュカの眼前に巨岩が迫った。

 

「わあああぁぁあっ!?」

 

 反射的にナイフを捨てて両手を空にし、土属性魔法で作ったのであろう巨岩に真っ向から立ち向かった。

 圧倒的な質量の衝突に吹き飛ばされそうになりながらも、何とか勢いを殺す。

 バフがかかっていなければ、今の魔法で意識を刈り取られていただろう。

 

「マジか、天才がよぉ……」

 

 はっきり言ってシュカは、今のラゼが魔法を使えるとは思っていなかった。

 普通、『黒喰鞭ニグラス』が巻き付いた状態で、魔法など使えない。

 外部から魔力を吸われ、体内の魔力を乱されている状態で、精巧な魔力操作や魔法の構築など、本来できるはずもない。実質的に魔法を封じたつもりでいた。

 

 しかし、ラゼは魔法を使った。まだラゼへの認識が甘かったといえる。

 考察するにラゼは、体内で自身の魔力を分割したのだ。鞭に吸わせる魔力と、魔法に使う魔力の二つに。

 あえて一部の魔力を鞭へと完全に譲り渡すことで、魔法に使う魔力を乱されるのを防いだのだと考えられる。

 

 信じられないが、そうとしか考えられない。

 魔力のない者に対して説明するのなら、血管内の血液を二つに分割して、片方だけを逆流させるような芸当、という例えが近いだろうか。

 意識しても、普通の生物が出来るようなことではない。

 詰ませるつもりが、想像以上の化け物であることを暴いてしまった。

 

 しかも、最悪は続く。

 

「『エアル・トレジア』」

 

 再びの詠唱。同時に、巨岩を貫通して向こう側のラゼとを繋ぐ黒い靄が動き出す。

 それは、ラゼが巨岩を回り込んでくる証左。

 

 巨岩の脇から、飛行するラゼが視界に入った。やはり、移動用の風魔法であったらしい。

 そして、目に映ったラゼからは、()()()()()()()

 

 ラゼが土属性魔法を放った真の目的は、シュカへの攻撃ではない。鞭による拘束の解除だ。

 恐らくこの巨岩には、魔法発動前のラゼが持っていた魔力の()()()()が込められている。

 ニグラスは自動で動いている場合、その場で最も魔力量の多いものを自動的に判別し、捕らえる。

 ラゼは、自身の魔力を半分以上魔法に消費することで、この場のニグラスの攻撃対象をラゼから魔法そのものに変えたのだ。

 自力で動くニグラスは便利ではあるが、弱点は多い。

 それほど俊敏に動ける訳ではないし、その動きも単調だ。何より、このような囮を回避することができない。

 初見殺しとしては優秀だが、既に知られている相手に対して使い続けるのは得策ではないのだ。

 

「厄介なことしてく――――ぎゃっ!?」

 

 瞬間、ラゼから放たれた魔撃が、シュカの全身を強かに打ち、後退させる。

 一切の予備動作なく放たれた魔撃に、シュカは思わず歯噛みする。

 この芸当ができる魔法使いも、この世界には片手で優に足りる程度しかいないだろう。

 

 しかし、だ。

 

「あんまり強くないねえ……?」

 

 それこそバフがなかったら十分なダメージになったかもしれないが、今のシュカ相手では、少し相手を吹っ飛ばすくらいの威力しか出ていない。

 その後退も、呪いがピンと張る程度で、連動するシュカはほとんど動いていないようだ。

 鞭による魔力減少、そして土属性魔法が、勇者ラゼの底を見せたのだ。

 

 よく見たら、刺さっていたはずの『パレットネイル』が既に見当たらない。

 恐らくシュカが巨岩に対処していた瞬間に、釘を引き抜いたのだ。血が止まっているあたり、既に傷は塞がっているのだろう。

 それは回復魔法か、もしくは何らかの別の手段か。後者の可能性も十分あるが、前者であればなお良し。

 ラゼは回復魔法をそれほど得意としていないという噂がある。得意でない魔法は、使用した際の魔力の消費も大きい。

 

 しかも、『パレットネイル』を引き抜いたところで、呪いは解除されない。

 黒い靄が未だシュカとラゼを繋いでいるのが証拠。

 

「いい風吹いてきた、ね!」

「っ!?」

 

 左腕を斜めに振り下ろした瞬間、ガクン、とラゼの身体がブレる。

 動かした腕と連動する靄は、張力のままにラゼの身体を引っ張り、体勢を崩させる。

 同時に、シュカのすぐ左方の何もない空間を、ラゼの放った魔撃が抉った。

 

 ラゼの魔撃を回避すると同時に、隙を作るための一手。

 これもまた、二度は通用しない思考の外側からの初見殺し。

 しかし、初見で通用すればよいのだ。

 

 強い一歩が、シュカとラゼの距離を縮める。

 駆ける感性を乗せ、渾身の右拳を突き出した。

 

「――――っ!」

「あらま?」

 

 的確にラゼを捉えたはずの拳から返ってきた思いのほか軽い手応えに、シュカは呆けた声を出す。

 しかし、衝撃で吹き飛ぶラゼの姿は、手応えからなる逆算の結果よりも派手なもので。

 そこまで考察し、原因にたどり着く。

 

「これだから魔法使いは、便利そうでいいなぁ」

 

 ラゼは魔撃を用いて自分の身体を吹き飛ばすことで、シュカの攻撃のダメージを軽減させたのだ。

 ここへきて、ラゼの対応速度が上がっている。

 

 その瞬間、シュカとラゼが同時に目を動かした。

 

 視界は、シュカの背後から奔る黒い何かに吸い寄せられる。

 背後から顕現するそれを視界に収めた瞬間、咄嗟にシュカは手を伸ばし、自在に動こうとするそれを掴み取る。

 

「タイミング最っ高!」

 

 次なる標的のラゼを狙って飛翔する、土属性魔法を喰い尽くした黒喰鞭ニグラス。

 掴まれたニグラスは、制御権を再びシュカに譲り渡す。

 

「便利そうだから、台無しにしてやる!」

 

 そして、ラゼへ向かって再び鞭を振るう。

 今度は、魔法で囮を作り出す隙も与えない。

 

 魔力を喰い殺す凶撃が、驚愕に目を見開くラゼを射程圏内に捉える。

 ダメージを軽減する程度の魔撃による回避では、ニグラスは振り切れない。迎撃も、もちろん無効。

 固有スキルを使おうと、呪いで制限した範囲内であればいくらでも対応できる。

 

「ほら、すました顔しなよ。ラゼ・カルミア」

 

 その呟きが、果たしてラゼ本人に聞こえたのか知る由もなく。

 再びラゼを、魔法使いを、勇者を、魔王の恐ろしき鞭が容赦なく打ち付け――――

 

「ちょいと失礼」

 

 ――――なかった。

 

 断りを入れた闖入者は、ラゼを両腕で掬い上げると、ニグラスの鞭打を掻い潜る。

 赤い稲妻のような残像が首から伸びる奇怪な横槍は、シュカを一瞥すると、その腕に抱くラゼに向き直る。

 

「ちなみになんだけど、これってどういう状況?」

「――――ユズ君」

 

 呆気にとられたような眼をしたラゼ、そしてユズと呼ばれた男の登場に、シュカは天運の風向きが変わるのを微かに感じた。

 

 ●

 

 なんか邪悪を浄化する聖なる光が世界をまばゆく照らしていると思ったらラゼだった。

 

 ほんの数時間くらい会わなかっただけだけど、改めて見たら美人すぎる。

 男子三日会わざればなんとやら何とやらというが、ラゼは数時間で美貌に磨きがかかっていないか?

 これはもう世界七不思議に名を連ねるだろ。いや、謎としての格が違いすぎるから世界一不思議として君臨することになるな。

 

 ――――じゃなくて、勝手に割り込んでしまったが、良かったのだろうか。

 

 ラゼの目的は、神々との戦いについてシュカと話すことのはずだ。

 人間と魔族が争い合う現状を良しとせず、その運命を仕組んだ神を殺す。

 それを打ち明け、シュカにも協力してもらうつもりだったのだろう。

 

 最大にして禁断の機密をそんなにあっさり話してもいいのか、しかも暫定宿敵の魔王に…………とは思わないでもないが、そこは神々に通じるもの同士。ラゼの感覚的に、最悪の展開にはならないという確信があったのだろう。

 

 だが、その話し合いの経緯を知らない俺が、戦いに割り込んでしまった。

 まあ、流石にラゼがピンチっぽかったし、いいよね?

 

 それより、咄嗟の行動とはいえ、ラゼの御身に触れちゃっているんだけど、大丈夫かな?

 両手とか切り落とした方がいい?

 というか体重軽すぎない?

 ちゃんとご飯とか食べてる?

 

 ……我ながら、いちいち脳裏に浮かぶ言葉がキモいな。

 流石に普段からここまで極端な思考をしているわけじゃない、と思う。

 そろそろお馴染み、フラメリの呪術が効いているのだろう。

 つーわけで全部フラメリのせいです、そうに決まっています。

 

「ちなみになんだけど、これってどういう状況?」

 

 …………という思考は表情に出さず、極めて冷静にラゼに問う。

 なんか黒い影みたいなモヤモヤがシュカと繋がってるしな。これ何?

 事前に教えられていたような気もするが、俺もう頭回ってないんだよな。思い出せない。

 

 そもそも赤い稲妻みたいなバチバチが首と繋がってる俺が言えることじゃねえしな。

 

「――――ユズ君」

 

 俺の登場に呆気に取られたのは一瞬、すぐさまインベントリを操作しながら、情報を伝えてくれる。

 

「頼みは失敗、私は魔力をかなり削られた上に、これのせいでシュカから離れられなくなってる」

「あー、あったなそんなの」

 

 シュカの手札の中に、発動者から一定の範囲内に相手を縛り付けるやつがあったような。確か呪い系列とかだった気がする。

 

「ちなみにその呪いってどうやったら解けるわけ?」

「多分、あれを壊したら……」

 

 そう言ってラゼが視線を送る先は、シュカが左手に装着している手甲。

 そりゃそうか。確かに、ラゼを捕えてる黒い靄が明らかにあの手甲に繋がってるもんな。

 つまり、シュカをブチ倒すか、あの手甲をブチ壊せばいいってこったな。

 

「ユズ君、口開けて」

「え……おごぉ!?」

 

 唐突に口に何かを突っ込まれた。その一瞬後、あふれんばかりの液体が喉を通り始める。

 おや、この感覚はこの短時間で何回か覚えがある。ポーションだ。

 もしやこれって、慈悲深いラゼ様が自らのポーションを私めに分け与えてくださったのでは? えっ、ひょっとして勇者兼聖女なの?

 …………というかこの癒えていく感覚、『超回復ポーション』の方じゃねーか?

 

「いいのか、ラゼ。そっちは自分で使った方が……」

「私は、ダメージ自体はそれほどでもないから。ユズ君が使って」

 

 拝啓、お父さんお母さん。好きな人が優しすぎて、素直に嬉しいし素直に心配です。

 

 準備を終え、何故か手出しをしてこないシュカに向き直る。

 しかし、ただ呆けていたわけでもなさそうだ。

 その視線は、俺を観察しているというか、値踏みしている?

 

「キミ、ユズって名前なの?」

「あん? んー、まあ、そうね」

 

 本名がユヅキ・ヒガミであることは、この文脈ではどうでもいいだろう。

 俺の問答に納得したのか、シュカが呟く。

 

「ふーん…………もしかして、キミのことだったりするのかな」

「は? 何が?」

「――――なんでもない。はい、休憩おしまい! 全員殺す!」

 

 あまりにも物騒に話を切り上げたシュカが、物騒に鞭を翻す。


 その瞬間、ラゼが俺の耳元に口を寄せた。


「ユズ君」

「ぎょぴ」

「五分粘って」

「…………了解!」


 唐突に耳元で囁かれて変な声が出たが、最終的に格好つけ切れたと信じたい。



 唸りをあげて空気を斬り、地を打ち付ける鞭が、破裂音にも似た打撃音を鳴らしながら暴れ狂う。

 

「ヒュハハぁぁぉぉぉ!?」

 

 唐突に殺意に満ちた攻撃を連打してくる様に少し面食らいながらも、足をフル回転させて躱し続ける。

 

「というかラゼごめん! なんか降ろすタイミング逃した!」

「それは構わないけど」

 

 ラゼを抱えたまま戦闘が始まってしまった。振り返ってみれば降ろすタイミングは何回でもあったな…………。

 まあ鞭でそこそこ遠距離まで対応できるシュカから離れられないうえに、魔力が削られているのなら、俺が運んだ方が安全ではあるか。

 ステータス様様だな。女の子一人抱えても何の支障もねえ。

 

 空を割り、木を倒し、地を抉る猛攻をかい潜る。

 そして、俺の足を狙った低めの鞭打を躱し、タイミングよく踏みつけた。

 

「うっわ」

「ヒュハハ、できるもんだな」

 

 俺の足の下で地に縫い留められ、動かなくなった鞭を、シュカは腕を大きく振るって無理やり引っ張り出す。

 うーむ、流石に俺の全体重だけでは、鞭を完全には止められないか。

 

「キミらみたいな近接特化タイプはさあ、こういう私たちの常識を越えることを簡単にやるから嫌なんだ」

 

 そう言いながら、シュカは左手でウィンドウを操作する。

 空中に穴が開き、ジャラジャラと金属質な音を立てながら、何かが山のように降り積もっていく。

 シュカは降り積もったそれを無造作に左手で掴み、弄んだ。

 そして、握った左手を開き、照準を俺たちに合わせる。

 

「だからこっちは色々試してみないと、魔王やってけないの!」

 

 シュカからいくつもの金属片が射出される。

 左腕に装着した魔道具の力により、かなり目を見張るスピードで、細かな刃が飛来した。

 

「揺れるぞ、ラゼ!」

 

 ヤバそうな気配を察知し、俺は咄嗟に横に飛ぶ。

 さっきまで俺がいた空間を金属片が切り裂いた。

 視界の端で、射出された金属片が木に突き刺さり、幹の奥深くまで埋もれて見えなくなる。

 シンプルだけどヤバいなアレ。威力からして、下手に指先とかに当たったら吹き飛ぶんじゃねーの?

 

 続けざまにシュカは再び金属片の山に手を伸ばし、装填、射出する。

 

「うーわマジか、えげつねえ……!?」

 

 しかも、向こうはこの攻撃をほぼ無尽蔵に出せるときた。

 掴んでこちらに掌を向ける、それだけの動作で即座に弾幕を張れる。

 

 装填時はシュカにとって明確な隙ではあるのだが、動作が短すぎて距離を詰め切れない。むしろ中途半端に近付けば、装填後に被弾するリスクが増える。

 となればラゼの魔法で狙い撃つしかないのだが、そこで鞭が効いてくる。

 

 あれ、結構詰んでいるのでは?

 

 シュカが二回目の装填を行った。

 そして、発射と同時に左腕を大きく振るう。

 

「ヒュハハハ、やっば……!」

 

 まるで薙ぎ払うかのように金属片が広範囲にばらまかれる。

 俺の回避を見て、直接狙うよりも効率がいいと判断したらしい。

 大正解だ。一部は確実に俺に命中する。

 

 こうなったら固有スキルで空中に…………ダメじゃん、今の俺は両手が塞がっている。今この手にある存在の方が、俺よりも大事だ。

 よし、俺の身体を盾にしよう。

 

「大丈夫」

 

 そう考えた瞬間、ラゼが白い腕を前方に伸ばした。

 俺たちに一直線に向かっていた金属片が、何か見えないものに跳ね飛ばされる。


 ラゼの放った魔撃が、迫りくる金属片を吹き飛ばしたのだ。

 

「ラゼ!」

「避けられない攻撃は、私が止める」

 

 魔力が不足し、十全に魔法を使えない今も、せめて防御はと参戦してくれている。流石だ。ラゼの慈悲の前には万物が頭を垂れる。

 しかし、この魔撃防御はあまり使わせないようにしなければいけない。

 

 今の攻防で分かった。現状持っている手札でシュカを倒せるとしたら、それは恐らくラゼの魔法だ。思ったより俺は相性が悪い。

 それはラゼも理解しているのだろう。だからこそ、できるだけ魔法を温存している。

 本当ならこの金属片も風魔法による飛行で避けられるはずだ。それをしないということは、そういうことだろう。


 だが逆に、俺が避けられないと察すれば、躊躇いなく防御を発動させる。そういう確信があった。

 その優しさは間違いなくラゼの美徳だが、それだとジリ貧だ。

 

 つまり俺の役割は、この金属片をできるだけ自力で潜り抜け、魔力を吸う鞭をなんとかして、ラゼの魔法のお膳立てを全力ですることだ。

 …………それ難しくない?

 

「でも、やんなきゃだよなぁ!」

 

 シュカが再び金属片を掴み、薙ぎ払う。

 さっきは避けきれなかったがためにラゼの魔力を借りてしまった攻撃。だが、今回は違う。

 

「ラゼ、ちょっとふわっとするよ」

「……ふわっと?」

 

 まずは横抱きにしていたラゼを投げ上げる。金属片の攻撃範囲に対して、上方向へと回避させた。

 すぐさま固有スキルを発動。空中を両手で掴み、這い上がる。俺も弾幕から逃れた。

 そして、固有スキルを解除し、空中でラゼをキャッチ。

 

 実にスマートかつ完璧な回避方法だ。

 …………普通に俺の片足に金属片が刺さっていることを除けば。

 

「痛ってッ、あれぇー!?」

 

 うん。まあ驚いてみてはいるけど、正直自分でも「あれっ? なんか想定より高度低くね?」とは思ったよね。

 明らかに俺のパフォーマンスが落ちている。恐らくこれは、珍しく殺意とかとは関係がない。なんせ今もシュカは、ぼちぼちの殺意を振りまいてくれている。

 じゃあ何故だ?

 

 ――――もしかして、俺の身体って限界に近いのか?

 ガオウと殴り合って、呪いでハッスルして、水の檻を止めて、空中で大車輪して、ニンカの無茶に付き合って、エクステラに殺意向けられて、アンデッド軍団から変態を救出して、糸で斬られまくって、喉枯れるかってくらい応援して、勇者に喧嘩売って、その間にもずっと走り続けてただけなのに!?

 いや、まあ確かに働き詰めではあるけど、ラゼがこの場にいる限り些事だろ……。

 

 とはいえ俺のコンディションがどうであろうと、そのコンディションをもってこの場を切り抜けるしかないのだ。

 

 着地した瞬間には、シュカは既に次に発射する金属片を掴んでいた。

 バカの一つ覚えかよ。有効打ばかり連発しやがって。極めて効果的だよコンチクショウ。

 この着地の瞬間から、即座に回避することは不可能だ。


 せめてラゼだけでも逃さなければ。俺は間に合わないが、先程の要領で投げ上げれば射程範囲外へとラゼを送れるはずだ。

 と思い、俺が腕に力を込めたのも束の間。


「…………ダメっ」


 ラゼを抱える俺の手を、ラゼの片手が包み込む。

 それは、俺がラゼだけを逃そうとしたことを察した上での、拒否の表れだった。


 迫り来る金属片に向かって、ラゼはもう片方の腕を伸ばす。


 ラゼは、俺には見えない魔力を操作し、金属片を迎撃すべくその伸ばした掌から魔撃を放ち――――シュカが同時に振るった漆黒の鞭が、縦真っ二つに魔撃を断ち切った。


「――やっば」


 俺の勘が、大音量で警鐘を鳴らした。反射的に、ラゼを守るように背を向けながら、横へと全力で倒れる。

 次の瞬間、鞭の軌道を通過するように、縦一直線の金属片群が、俺の腿へと突き刺さった。


「――――っづぅ!?」

「ユズ君」


 可能な限り押し殺した俺の苦悶の声に、ラゼが僅かに目を見開く。

 でも俺には分かる。表情変化の乏しいラゼからしたら、相当な驚愕だ。

 ()()()()()、最悪だ。


 ラゼの魔力操作は、人類最高峰だ。

 その実力は、一切の予備動作を行わず、身体のどこからでも魔撃を射出できるほど。その脅威的な性能は、俺も牢獄迷宮で身に染みている。


 そんな圧倒的に撃ち得のノーモーション魔撃を、今のラゼはしていない。わざわざ腕を伸ばして、掌で照準を定めて撃っている。


 一体それは何故だ?

 決まっている。俺のためだ。


 俺との連携を図ることを考えると、ノーモーション魔撃はむしろ悪手だ。何故なら、予備動作無しで放たれた魔撃は、魔力が感じ取れない俺が、軌道を把握できない。

 例えば、ラゼが魔撃で右半分の金属片を蹴散らしたとしても、俺が同時に左方向へと回避してしまう可能性があるのだ。

 その食い違いを避けるために、ラゼはわざわざ掌をかざし、俺に魔撃の軌道を分かるようにしてくれているのだ。


 そして、シュカはそこを突いた。ラゼの魔撃の動作から軌道を読み切り、その魔撃の軌道上に鞭を振るうことで、金属片を無理やり貫通させたのだ。

 俺でさえなければ、起こり得ない反撃だっただろう。


 何より、ラゼが投げ上げられることを拒否したことが問題だ。

 魔撃の軌道に鞭を合わせてくる離れ業を考慮しなかったとしたら、投げ上げられること自体は悪い手じゃなかった。


 それこそ射程範囲外の空中から、同じように魔撃で吹き飛ばせば良かったのだから。

 ラゼが魔撃を撃つにしろ撃たないにしろ、あくまで投げ上げの退避は保険として使えばいい。


 だが、ラゼはそれを良しとしなかった。何故だ?

 ラゼの性格からしたら簡単だ。ラゼはあの一瞬で、俺と一蓮托生であることを選んだのだ。

 自分だけ安全圏にいて、俺だけにリスクを負わせることを良しとしなかった。

 その精神は、間違いなく美点だ。俺からしたらラゼには美点しかないから当然だけどね?


 だが、欠点と捉える者がいることも理解している。

 なんせ、あの瞬間のラゼの選択は、戦術的な合理性はない。共に金属片の射程圏内に残ることは、ただ共倒れの可能性を増やすだけの、ラゼの意地とさえ解釈できるのだから。


 俺という援軍がもたらすメリットが、デメリットによって相殺されている。

 流石に、俺が足を引っ張っている、ということはないと思う。だが、プラマイゼロだと言うのなら、おそらくマイナスとほぼ結末が変わらない。


 ラゼは、俺だけがリスクを抱えるより、二人でリスクを抱えることを選んだ。

 なら、その段階すら通り過ぎたら?

 二人でリスクを抱えるより、ラゼだけがリスクを抱えることを選ぶに決まっている。

 だって、呪いでシュカに繋がれているラゼと違って、俺は確実に離脱ができるから。


 恐らく今この瞬間に、ラゼとシュカが一対一で戦うことになったとしても、ラゼには勝つポテンシャルがある。

 だが、現状のダメージレースを鑑みるに、そこにはどうしても死の気配が横たわっているはずだ。


 そうでなくとも、再びシュカとの交渉にまで場を巻き戻せる可能性が格段に減る。

 シュカとの話し合いが、ラゼの望みだったのに。

 俺が、俺たちが、ラゼの望みを叶えると、そう誓ったのに。


 だから、その言葉は。

 その言葉は、ラゼに、決して言わせてはいけない。


「――――ユズ君、」


 だって俺は、ラゼの全てを肯定するイエスマンだ。

 ラゼに、自分を見捨てるように命令されたらどうするか、俺自身が分からない。


「私を置いて、」


 あと一手だ。

 俺とラゼとは別の一手さえあれば、たぶんシュカには勝てる気がする。

 だが、その一手が足りない。


「逃げ、」


 やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ!

 俺を、ラゼのいない世界に、生かさないでくれ――――













「――――シェイクソーダ・トレジア』ぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!!」


 詠唱が、空を、ラゼの言葉を切り裂いた。

 圧縮された水流が、シュカを目掛けて射出される。


 ギリギリで不意打ちを回避したシュカは、一瞬驚愕の表情を見せた後、納得と憂鬱が織り混ざったため息をついた。


「たはぁ〜、やっぱ風向き変わってたかぁ」


 微妙にニュアンスの分からないことを言ったシュカは、その魔法の発射点へと目を向けた。

 反射的に俺もその視線を追う。


 その人は、風魔法による飛行でここへ近付いてきていた。

 魔法を解除して着地したその人は、泣き腫らしたような赤い目で、こちらを見る。


 その手には、一端が魔法の杖、もう一端が刃物でできた武器を握りしめていた。

 それは、仕込み杖。鞘が失われたが故に、刃を剥き出しにしているのだ。


「……菊池?」

「ユズ!!!!!」


 戦線離脱したと思われていた菊池(きくち)玲奈(れな)が、この土壇場に参上した。

 唐突に俺を大声で呼んだ菊池は、さらに言葉を紡いだ。

 それは、まるで己を決意で鼓舞するかのように。


「一人になんて、させない! あたしがいる!」


 その言葉の正確な意図は、俺には分からなかった。

 だが、確かに俺の心に響き渡って、光る。


 菊池に充てられた俺は、思わずテンションのままに叫んだ。


「最高だ! 姉御ぉ!」


 この土壇場で、これ以上ない『一手』が来たぞ!



☆『手離(シャ・バリス)』、『パレットネイル』

『パレットネイル』自体は、魔物の呪いを組み込む器として機能する、シュカとフラメリが作った釘の総称。フラメリの固有スキル獲得から数日しか経ってないので割と突貫工事で作られた。そのため現時点では在庫なし。今は一種の呪いしか存在していないが、またシュカとの戦闘があれば、その時は色んな呪いが込められたパレットネイルが出てくるかもしれない。

呪い自体は発動者からの一定範囲から出られなくなるものだが、呪いの発動者が近くにいない呪具の場合はどうなるのか…………本来であれば失敗する。

今回の場合、実は釘が二本で1ペアになっていて、片方の釘の呪いが発動すると、もう片方の釘の呪いが疑似的な発動者となり、その釘から一定範囲内に囚われる仕様。釘がインベントリに入っている状態でも失敗するので、色々考えた結果『手離(シャ・バリス)』の機構に釘を組み込んだ。黒い靄が繋がったのはそのせい。


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