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第4話 第三の力(4)

「どういう原理で動いているかわからない――故に危険なのです。機動甲冑という存在そのものが――」

 思わず息を呑み、続きを聞く。

「私以前にも多くの技術者、研究者、魔術師がいましたが、その誰もが数百年単位で調べ続けても解明できなかったモノが突如として人の手によって動いている……それも未だ理由もわからないままに」

 それはわかったが、まだ釈然としないことがある。

 シャルルにはカリスが「危険」とまで警告を発する理由が理解できないでいた。

 先ほどの火の譬えだってそうだ。火がどのような原理で点くのか――それを知る者はおそらくこの国でも少ないだろう。火をどう使うのかを知っているだけの者の方がずっと世の中にありふれているはずだというのは自明の話だ。

「だが、しかし……あれを動かさなきゃ、あの湊町はメチャクチャな事になっていたよな。ドラゴンを討伐できる連中などこの国にも、そうそういないんだろう?」

「そのメチャクチャに出来てしまう竜を、あなたはあの機動甲冑を用いて討伐できてしまった」

 可憐な年頃にしては少女らしからぬ無表情な目。

「――ということは、使いようによっては同じように街一つ壊滅させるなんて簡単なことなのではないですか?」

「それは……」

 シャルルにその気がなくとも、カリスの問いかけには即座に返答が出来なかった。

「……いじわるな言い方をしました。ごめんなさい」

 しばらく言葉に詰まっている間に彼は自分の立場に思いを巡らせていた。

「いや、お前の言ってることは正しいよ。“ケイローン”と俺がその気になれば、王都を火の海にするくらい造作もないんだろうさ……」

 彼自身、あまり気には留めていなかったが、時に火というのは山一つ、森一つ焼いても、なお勢いが収まらない。野火の広がる速さは彼も、そして自らを農村出身だというカリスもよくわかっているからこそ選んだ言葉なのだろうと推察する。 

(それほどに強大な力だってことか、機動甲冑とは……んっ、待てよ)

 短剣の構造の解析をアルス・マグナの関係者が特に重視していた理由に今さら彼は思い至った。機動甲冑は複数あることを前に聞き及んでいるが、それらを使えるようにする『鍵』が彼女たちには必要だったのだろう。

 そして、ごく最近『鍵』を渡すにふさわしい人物としてオクタウィアを見出した。彼女たちの期待に応え、オクタウィアは機動甲冑の扱いに日ごとに習熟している。

 何かがつながった。

「だからか……オクタウィアに新しい機動甲冑を預けたのは!」

 カリスは否定せず、沈黙を保った。シャルルはそれを肯定と受け取った。

(なるほど、そういうことか……俺のような異邦人だけが機動甲冑を扱える。確かに気味が悪いだろうな……)

 ため息をついた彼にカリスはあえてこう言った。

「……殿下曰く、騎士殿はすでに何人かの貴族に疎まれる存在になりつつあります」

「殿下とは、王太子ベアトリクス殿下か?」

「ええ。ソフィア王女に取り入り、いずれ王国に反旗を翻すのでは、と殿下に耳打ちする者もいる――そう聞き及びます」

「俺はっ! そんなことは露も考えていないっ!」

 思わず机を叩いてしまった。すかさず少女が言う。

「わかります。そのようなおつもりは毛頭ないと。私個人の考えですが」

「じゃあ、なんでそんなこと言うんだよ?」

「この王国は私のような者ばかりではないからです」

 怪訝(けげん)な顔をする彼。少女は語る。

「騎士殿が竜と戦う場に居合わせた私は、騎士殿がオクタウィア様を守ろうとしたことも、できることなら湊町とその住民たちを巻き添えにしたくなかったことも、ソフィア王女殿下をはじめ私たちのところに竜を連れて行きたくなかったことも、全部知っています。この三日月勲は、過酷な戦いの一部始終を見届けた証でもあるのですから」

 カリスの胸にシャルルが賜ったものと同じ銀の勲章がきらめいている。

「ですが、この王国の皆がそうではありません。湊町の住民の中には竜と機動甲冑の戦いに巻き込まれて犠牲になった者がいます。それに近しい者の目から見れば、機動甲冑に乗って戦われた騎士殿は竜と同じくらい憎く見えるのではありませんか?」

 ほんの一瞬、呼吸が止まる。

 竜との戦いの最中、いくつかの家屋を踏みつぶして逃げ、盾にして身を守った。

 きっとそこには、つい先ほどまで生きていた家族の生活があったはずだ――そこに思い至ったからだ。

「別の見方をしましょう。この国の王侯貴族の大多数にとって、騎士殿は素性のよくわからない人間です。その者が竜の亡骸(なきがら)を手土産に王都へ参上して、王国への忠誠を誓い、爵位を得た――果たして真に信用することができるでしょうか?」

「……まあ、少なくとも諸手で称賛とはいかないだろうな」

 竜を討伐したくらいで、自分に対する世の中の見方が一変する――。

 そんな簡単なことではない。彼もそう理解している。しかし、それを赤の他人から突き付けられるのは正直よい気分ではない。

「そうした状況下で女王陛下は騎士殿に貴族の身分をお与えになりました。これを害することは容易ではありません。相応の大義名分が必要です」

「それが『王国に対する叛意(はんい)』というわけか……ふん、馬鹿馬鹿しい」

 腕組みしてふんぞり返る。

 そんな彼を目の前にしても、少女は変わらず淡々としていた。

「しかし、体面もあるのです。もうおわかりになるでしょう。エールセルジーが動かせない今、新たな機動甲冑を運用出来るようにする必要があるのも事実ですが、一方ではこういった政治的な理由もあったというわけです」

(政治的な理由ねぇ……)

 ある感情が渦巻く。

 この異国で改宗を果たし、騎士として、身命を惜しまず戦うことを誓ったし、実際瀕死の重傷を負ってまで竜を討伐した。それにもかかわらず、彼を疎外しようとする者たちに対する失望、そして苛立ちが募る。

「殿下はアルス・マグナの総裁であると同時に王太子でもあらせられます。陛下に代わって貴族たちを()()すお立場です。殿下は私たちアルス・マグナとその活動をあまり快く思わない保守的な王侯貴族たちの間で板挟みになっていらっしゃいます」

 適当に相槌を打つ。

「騎士殿を疎んでいる貴族たちは少なくないと申しましたが、『人類叡智の殿堂』を謳うアルス・マグナも似たようなものでして……貴族たちの一部がアルス・マグナの管掌する機動甲冑それ自体に難癖を付けてきたのですよ。騎士殿しか操れないエールセルジーが王国を滅ぼすかもしれない危険なものであるというわけです」

「いろいろと面倒な話になってきたな」

「まあまあ、もう少し我慢してください」

 うんざりといった彼をなだめつつ、少女は話を続けた。

「そこで殿下は軍務卿ユスティティア様のご令嬢で騎士殿とも一緒にエールセルジーに乗ったオクタウィア様をサイフィリオンの搭乗者に抜擢されました。それによって貴族たちの懸念を払拭するために……クラウディア家といえば古くからある名門貴族の血筋でもありますから、反対勢力に対する面目も立ちます」

(要するにうまく悪者にされたわけだ)

 拳を握り締めるも、彼の目の前にいる少女は淡々と事実を述べているに過ぎない。それだけに不愉快な気持ちのやり場がなくて仕方がなかった。

「……あらためて最初の質問に戻るが、いいか?」

 カリスが頷き、さらに問う彼。

機動甲冑(あれ)はどういう理屈で動いているんだ?」

「そうですね……魔術の扱えない騎士殿が完全に理解できるだけの説明をする自信はないのですが……」

 深いため息が漏れた。こめかみを押さえ、訴える。

「すまないがさっきから頭を使いすぎて、かなり疲れている……」

「顔色を見ればわかります」

 底流で逆巻く憤怒を抑えつけているような状況であるから難しい説明に耐えられるほどの確信が彼にはなかったのだ。

「勝手言って悪いが、しちめんどくさい用語は出来る限り省いてくれると助かる」

「もちろんです。善処します」

「ありがとう」

 こめかみを押さえたまま、深呼吸をして彼は肩の力を抜いた。

「お前のいう通り『理屈を知らないで道具を使う』のが危険なのも納得出来た。政治的な小難しい話が絡んでるってこともな。だが、それにしたって何もわからないまま機動甲冑(あれ)を使い続けるっていうのも、確かに気持ちの悪い話だ」

「わかりました。出来る限りでご説明いたしますが、一旦休憩しましょう」

 お茶を口にする少女。

 彼も渋みと香りのする飲み物をあおった。ほど良くぬるくなって飲みやすい。

 緊張がほんの少しだけ緩んだ頃合いに、彼女が再び口を開いた。

「騎士殿は魔力(マナ)というものが、私たちの身体や、あまねく空と大地と海に存在していることは承知しておりますね?」

「目には見えないし実感も出来ないが、そういう物だということは説明も受けたし、ある程度までは理解しているつもりだ」

「では、単純明快に。機動甲冑の動力となる物がそうした魔力(マナ)です。より正確に言えば、搭乗している『資格者』の持つ魔力(マナ)を吸い上げて動くように出来ています」

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