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第3話 第三の力(3)

「騎士殿はダイヤモンドはご存知で?」

 それまでの話題からすると唐突な問いに少し戸惑いつつ、シャルルは答えた。

「……ああ、知ってるさ。実物をしっかりと見たことはないがな」

「そうですか。では、これがダイヤモンドです」

 そう言ってカリスは奇妙な形をした鳥のようなアクセサリーを取り出し、シャルルに見せた。キラキラと光る結晶はたしかに話に聞いたことのあるダイヤモンドの特徴を備えていた。

「……こんな大粒のもの、一体どこで手に入れた!?」

「大粒? まぁ、たしかに大きめの石を使って作られた物ですが、そう珍しいものでもないですよ」

(おいおい、一体どうなってるんだよ……)

 シャルルの故国ではその粒の大きさだけで貴族のお家騒動が起こってしまうほど、ダイヤモンドは希少な宝石であった。しかし、カリスはにべもなく、このルナティアでは大して珍しいものでもないと口にするではないか。

「天然のダイヤモンドであれば、たしかに希少です。ですが……そうですね。騎士殿はこのダイヤモンドが木炭(きずみ)と全く同じである、と言われて信じますか?」

「何をバカな。炭焼き屋が作る木炭と同じものだと言われちゃ、命懸けてダイヤモンド掘り当てた坑夫が泣くぞ」

「そうですか……騎士殿は本当にまったく魔術が使えないのですね」

「……どういうことだよ?」

「結びつきが違う、と言うことです。この街を歩く誰に聞いても間違いなく『ダイヤモンドと木炭は同じ』と答えるでしょうね」

 小馬鹿にされているのかと感じるが、彼に魔術とやらがわからないのは事実なので不愉快なため息をこぼす以外どうしようもなかった。

「……俺は頭が混乱してきたぞ」

「本質的には同じものなのですよ。これはウソでも偽りでもないのです。百聞は一見に如かずですし、実例をお見せしましょうか」

 そう言うと彼女は書き物机から、まだ角を削ってもいない真新しい鉛筆を一本取り上げ、シャルルの目の前で軽く振った。

「それは鉛筆だよな?」

「はい。何の変哲もないただの鉛筆です。セット――ゲット・レディ――コンプレッション――」

 瞳を閉じ、細指の先が光りだす。まもなくして、ゆらゆらと揺れていた鉛筆が収縮を始めた。彼はそれをじっと凝視していたが、カリスは表情一つ変えないで呟いた。

「――デトネーション」

 やがて鉛筆の影も形も無くなって、カリスの指先には豆粒ほどの光る石が摘まれているだけであった。

「手を出してください」

 カリスに言われるままシャルルが差し出した手のひらの上に、コロンと硬質な感触が転がった。まさかと思い、彼は自分の手の上の石を、じっくりと観察する。

「……ッ!」

 驚嘆して言葉を失った。カットがされていない透き通った煌石がそこにあったからであった。

「……奇蹟か?」

「いいえ。これが魔術の本質です」

 以前、自らの持つ形見の短剣をアルス・マグナで周囲の技術者に初めて見せた際、『貴殿の剣の精巧な贋作を作るくらい造作もない』と言われたことを彼は思い出していた。()()()()()とやらは彼の到底考え及ばない領域にあるものかもしれない。

「鉛筆の芯は黒鉛と粘土から。周りを覆うのは硬質な木の端材です。いずれも主成分は炭素。ダイヤモンドも炭素です。今やってみせたのは、鉛筆の構造を取っている炭素を原子まで分解、整列、そして結合させただけです」

 少し前に彼の主人であるソフィアが『宝石は魔術によって人工的に精製できる』と口にしていたが、彼は今まさにそれを身を以って体験したのだと思い至った。

「……この国では、誰もがこんなことが出来るのか?」

「誰もが、と言うと語弊はありますが……それなりに魔術の研鑽を積んだ者であれば可能な術式をお見せしただけですよ」

 カリスの言葉は実質『やろうと思えば誰でも出来る』と言っているに等しかった。

「こんなことが出来るなら、それこそカネでも宝石でも作り放題じゃないか。あんなただの鉄の塊を作るのになんだって深刻そうな話をする? どうにも矛盾してるようにしか俺には思えんのだが」

 冷えてしまった茶をすすり、カリスは一息付いた。

「騎士殿は分子や原子、という概念は理解しておられますか?」

「家の者に少し習ったが……どうにもピンと来ていないというのが率直なところだ」

「なるほど」

 シャルルは以前、ヘレナにこの世界における魔術や、万物を構成する原子や分子といった概念について簡単な説明を受けていた。しかし、理解できたかというと大いに疑問が残る。芥子粒(けしつぶ)よりもなお小さな物があると言われても、目に見えない以上脳が理解を拒んでいたからだ。

「では単純明快に。この世界のありとあらゆる物を細かに砕いていくと最終的に行き着くのが原子と言われるものです。木や土、家も山も空気でさえもそうです。機動甲冑も例外ではありません」

「そこまでなら理解が出来る」

「例えば、騎士殿がいつも佩剣(はいけん)していらっしゃる長剣ですが、あれも鉄です。ですが原子の大きさまで砕いていくと、炭素や珪素と言った鉄以外の原子も含んでいるものです。これにより、強度や粘りなど性質そのものが変わってくるのですよ」

 これまでまるで理解が進まないでいたシャルルでも、具体例を挙げたカリスの説明には思わず頷く。確かに良質な剣を鍛える時には木炭を使うと聞き及んだことがあるが、おそらくそれのことだろうと目星を付けた。

「原子同士を組み合わせた物を分子、と言います。例えば水ですが、これは酸素と水素と言う原子の組み合わせで出来ています。単一の原子が持つ硬いとか、重いとか、どれだけの熱で溶けるとか、そういった特徴は分子になることでまた様変わりするのですが……」

「すまん、出来るだけ簡単に頼む」

 彼が音を上げると、彼女はすぐに思い直して別の表現を用いた。

「では、少々乱暴な説明になってしまいますが……先に剣で説明したように、鉄の中に何をどれだけ含有するかでその性質は大きく変わるのです。ウーツ鋼は中でも特殊な分子で作られている、と言うべきでしょうか。更には本来結びつかないはずの原子を結びつけ、定着させているのです」

「あー……それはつまり?」

「分子を形作るにはある一定の法則があることがわかっています――『世界の法則』と表現すべきなのでしょうか。この法則を破り、形として成立させるために、極めて複雑な魔術を使っている、ということまでは分かっています」

「例えば……水と油を混ぜるような?」

「その理解で大丈夫です。この法則を破るための魔術を我々魔術師や研究者は日々探求しているのです」

「――読めたぞ。ようするに、“ケイローン”の鎧に使う鉄を作るための法則がやっと見つかった、そういう話か?」

「そうです。まさにそういう話を回りくどく説明したんですよ」

「……嫌味か?」

「お気づきになられましたか」

「お前、いい性格してるよ」

「褒め言葉として受け取っておきます」

 冷めたお茶を再び口にして間を作り、カリスはその話を終わらせたのであった。


「さて、これでようやく本題なのですが……騎士殿には詳細ではなく、概要と具体的な数字で説明したほうが早そうなのでお伝えしましょう。端的に言えば『エールセルジー』の修理には約一年の時を要します」

「はぁ!?」

 椅子から転げ落ちそうになるほど驚いた彼にかまわず、彼女は話を続けた。

「当然、それに関わる費用も莫大な物となり、現在のアルス・マグナの年間予算だけではとても足りません。追加の資金と資材をどこから調達するかで執行部でも揉めている状態です。さらに装甲部材の修復や新造のためには多数の魔術師を要するため、人事部も火の車みたいですね」

「おいおい、まさか……」

 ウーツ鋼という特別な鋼を得るには莫大なお金と時間がかかる――先ほどカリスがそう言ったが、今耳にした具体的な数字はシャルルがおぼろげに想像していたよりもはるかに大きなものであった。

「しかしながら、エールセルジーは本来、博物館の所有物でありますし、ソフィア殿下や女王陛下の口添えもあってアルス・マグナと騎士殿に貸与されている状態であることには変わりません。このまま使うにせよ、返却するにせよ、いずれにしても原状回復する必要があるわけです」

 エールセルジーが自分の所有物でないことは理解していたが、あの怪物との死闘を繰り広げている最中は全く考え及ばないことであった。それほどに絶体絶命の戦いを彼が強いられたからである。

「そして、その博物館側は先の氷嵐竜(トルメンタドラゴン)の検体などに関しても色々とこちらに条件を付けて来た、ということまでは私も把握しています」

「……ようするに、俺をなんかキナ臭い話に巻き込むつもりだってことだろ?」

「まぁまぁ、話は続きます。私は一研究者、一魔術師ですから、そういう政治の話と言うのはよく分からないのですが……ともかく各組織に顔の効く方々が手を回してくれたおかげで、色々と都合が付きまして、先週までは『一年かかる』と言う話だったのですが『三ヶ月』にまで短縮出来るようになりました」

「……一気に四分の一になった部分だけ掻い摘んで説明してくれ」

 シャルルがそう要求することをあらかじめ織り込んでいたのか、カリスは(よど)みない口調をしてそれに応じた。

「先般の件で職にあぶれた方々が多くてですね。特にキエリオン郡で農業をしていた方々です。悪徳商人に弱みを握られた領主の命令で大麻草を作らされていただけ、と言うことも分かっていますから重罪に問われることもないでしょう。しかし、今さら元いた土地にも戻りづらい。そんな彼女らに新しい仕事を、ということです」

「昨日一昨日まで種まきや草刈りしかしてない人間に、いきなり魔術を使ってどうこうしろって、かなり無茶言ってねえか?」

「いいえ。彼女らにとっては魔術で鉄を扱うことは日常的でしたから」

 そう断言するカリスの今の説明は、シャルルにとってこれまで以上に飛躍したように感じられた。彼の表情を読んで、わかりやすい説明が必要と彼女は察したようだ。

「農具ですよ。鍬や鋤、鎌の手入れは当然でしょう。高度な魔術体系を学ばずとも、彼女たちは感覚で鉄の本質を理解しているんです。『理屈で考える』我々魔術師よりよっぽど効率が良いのは明白です」

 知識ではなく生活の知恵の一つとして鉄の扱いに慣れている分、彼女たちは働き手としてとても優秀なんだ――そのようにカリスは彼に説いた。

「当然、いくつかの専門的な魔術を教育する形にはなるでしょうが、機動甲冑の装甲に使うウーツ鋼は彼女らを動員することで一気に製造効率が上がります」

「なるほど、優秀な人員が確保出来たから、三ヶ月に短縮できたわけだな」

「はい、魔術師より安価ですが鉄の扱いに優れた労働力を確保できる見通しが立ち、工期が短縮できることに加え、単価も当初の見積もりより圧縮が図れるわけです」

「それはわかった……だが、材料はどうする?」

「川の上流にある鉄鉱山の方でも仕事はあるそうですから、ウーツ鋼の製造にかかる単価が圧縮できた分、鉱員を増員して採掘量を増やしてもらいます」

「最後はカネか……どうするんだ?」

「それについては今ご説明したように現実的な額まで費用圧縮が進んだこともあって目処がついたそうです。さて、お茶のおかわりはいかがですか?」

「ああ、頼む。どうも話はまだまだ終わりそうにないからな」


 お茶を沸かすために少女が席を立った数分の間、シャルルは頭痛を覚えるほど熱くなった頭を冷やしていた。手持ち無沙汰で手のひらの金剛石を弄んでいた彼は、彼女が持ってきた真新しい湯気の立つ茶を前にしても光る石をじっと見つめていた。

「……まだ何か信じられないような顔をしていますね?」

「『神の奇蹟』を唐突に見せられた気分だからな」

「先ほど申し上げたつもりでしたが、神の奇蹟でもなんでもなく、れっきとした学問と技術ですよ、魔術は」

「そうかい、俺はまるで『錬金術』を見せられた気分だよ」

「……錬金術、とは?」

「この国にはないのか……そうだな、鉄を金にするっていう手品みたいなものだ」

「――鉄を金にする……それはまた」

「もっとも、本物は見たこともない。自分を錬金術師だってうそぶくような詐欺師の類ならゴマンと見たがな」

「……」

「カリス?」

「……いえ、あながち不可能、とも言えない話ですので。ただ、それには途方も無い時間がかかる、ということは分かっていますから。騎士殿のいた国でそれが実現出来ていたのだとしたら、凄い技術ですよ、それ」

「言ったろ? 本物は誰も見たことがない。詐欺師のやる手品だよ」

 だからまともに取り合うもんじゃないんだとシャルルは肩をすくめるしぐさをしてみせたのだが、次にカリスの口から出た言葉に彼は面食らった。

「詐欺師じみている、という意味では騎士殿とエールセルジーも同じですよ」

「……いきなりなんだ?」

 動揺する気持ちを奥底に秘めつつ、彼はカリスの目をじっと睨む。しかし、彼女は微塵も動じずにこう言った。

「これまで長い王国の歴史の中で誰も動かすことの出来なかった鋼鉄の巨人。それを唐突に現れた異国の人間――それも男性が思うままに操る、なんていうのは夢物語としか言えないんです。でもそれが現実に起きてしまっている。だから騎士殿がおっしゃる『錬金術』とやらよりよほどこちらが厄介なんですよ」

「古代帝国時代の英雄アルトリウスが戦死を遂げて以降、誰も扱うことができなかった――ソフィア様も前にそんな話をおっしゃっていたな。あの甲冑はどういう理屈で動いている?」

「魔術ですよ。その部分はわかっています。ですが、説明の出来ない部分もあるのは事実です」

「そもそも、あれはこの国が生まれる以前、古代帝国が作って使っていたっていうんだから、わかっていない部分があるのはしょうがないだろう?」

「そもそも()()()()()()()()()()()()ことが危険なんですよ……騎士殿は松明に火をつけることは出来ますね?」

 まただ。唐突に別の話題を向けてくる――その質問に彼は至極当然と頷いた。

「ああ。この国では魔術で点けるのがほとんどみたいだが、火打ち石を打って点ける場合もあるし、俺もそうしている」

「では、どうして火は点くのですか?」

「それは……」

「そうです。人は理屈は知らなくても道具を扱うことは出来る。火はこうしてお茶を沸かすことにも使えますが、使いようによっては街一つを焼くことも出来る。火は便利な道具である反面、恐ろしい災厄をもたらすことだってあるんです」

 彼が言葉に窮した刹那、寸鉄(すんてつ)を突き立てる如く、鋭く急所を突かれてしまった。十四、五の少女が口にするにはあまりにも不釣り合いな、重すぎる言葉にシャルルはもはや動揺を隠せずにいた。

「カリス……いったい、お前は……何が言いたいんだ?」

 底知れぬ深淵をのぞかせた彼女に穏やかならざる何かを感じ取っていた彼は、そう切り返すのがやっとであった。

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